「オルタナティブデータ」と呼ばれる非伝統的な情報を用いた資産運用の最新動向について、認知拡大や業界ルール整備などの活動を展開する、オルタナティブデータ推進協議会(JADAA)関係者によるリレーコラム。
第7回は、オルタナティブデータを活用した個別銘柄のボトムアップリサーチをテーマに、株式会社handsのCOOで、ヘッジファンド向けオルタナティブデータサービス「PERAGARU」の事業責任者、門脇蒔人氏に解説いただいた。
第6回「不動産投資におけるオルタナティブデータ活用」はこちら。
オルタナティブデータの分類
オルタナティブデータは欧米やシンガポール、香港などのヘッジファンドを中心に活用が進んでいますが、運用者によってその活用方法はさまざまです。本稿ではボトムアップリサーチにおいてどのようにオルタナティブデータが活用されているかについてご紹介します。
活用事例の紹介前に、オルタナティブデータにはどのような種類があるかを整理します。オルタナティブデータの分析対象とデータの紐付けの観点から4つの象限に分類することが可能です。
図1は、鳥貴族ホールディングス(3193)傘下企業が展開する居酒屋チェーン「鳥貴族」と外食産業全般の分析事例です。待ち時間のデータは個別銘柄に紐づいたデータですが、鳥貴族の分析だけでなく、新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言解除後の外食需要の回復度合いの調査にも活用できます。一方で、全国の人流データは特定の銘柄に紐づいていませんが、外食需要全体を捉えるだけでなくこうした個別企業の分析にも活用できます。
図1:分析対象とデータの紐付けの関係性(「鳥貴族」のケース)
オルタナティブデータを活用したボトムアップリサーチ1:
ウォンテッドリー(3991)
ここからは、オルタナティブデータを使って個別企業をどのように分析するか、具体例を紹介します。
最初のケースは、ウォンテッドリー(3991)です。同社はオンラインでダイレクトリクルーティングができる人材SNSを運営しています。月額課金で求人広告を掲載できるプランを提供して得るストック収入と、スカウト等ができるオプションによるフロー収入が主な収益源で、ストック比率は8割程度です。同社の売上高は有料プラン契約企業数と1企業あたりの契約単価の積で推定可能で、契約単価については利用者へのヒアリングや同社への資料請求等で知ることができます。また、有料プラン契約企業数(図2)についてはオルタナティブデータのプロバイダーから購入するなどを通じて利用可能です。
図2:ウォンテッドリーの有料プラン契約企業数推移
PERAGARU提供のチャート
有料プラン契約企業数と契約単価の推定ができた後は、財務モデルの作成によりトップラインの予測ができます。図3内の青色部分が実績値の手入力、緑色部分が独自の予測値の手入力、黒色部分が計算によって導出される値です。有料プラン契約企業数(図2)と同社のフロー・ストック収益の比は5万2000円前後で推移していることが読み取れます。これは、料金プランの変更などがなければ顧客の支払う金額が一部のオプションを除いて変わらないことに起因していると考えられます。したがって、料金プランの変更がない四半期については有料プラン契約数に一定の金額をかけることでフロー・ストック収益を算出できると言えます。
以上がオルタナティブデータを活用したウォンテッドリーの売上高の導出方法の解説でしたが、同様の方法で費用の計算も可能です。同社の費用のうち、大きな割合を占めているのは人件費と広告宣伝費です。
人件費については同社の平均給与に社会保険料の会社負担分を考慮した倍率をかけた値と従業員数の積を求めることで予測が可能です。なお、平均給与や従業員数については有価証券報告書に記載がありますが、より即時性を求める場合はウォンテッドリー(求人プラットフォーム)上の同社のメンバー数をカウントするなど、オルタナティブデータの活用が可能です。
広告宣伝費について、同社はテレビCMやタクシー広告、web広告など多様な手法で顧客獲得を狙っているため、それらのデータをより多く集めることでより精緻な業績予測が可能になります。
オルタナティブデータを活用したボトムアップリサーチ2:
ネクステージ(3186)
続いて、ネクステージ(3186)についてオルタナティブデータを活用した分析プロセスを紹介します。同社は中古車販売の大手企業として知られ、他にも新車販売、中古車買い取り、整備事業などを展開しており、車に関するガソリン給油以外のすべてのビジネスをカバーしています。2022年4月4日に発表された2022年11月期・第1四半期決算では、純利益で前年同期比を54.6%上回る30.3億円に着地しました。
ここからは同社の第1四半期の決算予測と実際の決算を見比べてオルタナティブデータの活用方法と注意点についてご紹介します。
図4は同社の中古車販売金額の月次推定値です。同データを利用すると、図5のようなモデルが作成できます。
図4:ネクステージの中古車販売金額の月次推定値
PERAGARU提供のチャート
21年度通期の中古車売却金額/売上高の倍率がおよそ66%であるため、ここでは21年11月期・第4四半期の66.6%の割合を、今期第1四半期にも適用します。すると、売上高はおよそ886億円、経常利益でおよそ43億円と予想できます。図6はこの数値を実際の今期第1四半期の決算と見比べたシートです。
今期第1四半期の実績値とオルタナティブデータを用いた予測値を比べると、その乖離は売上高ではおよそ8%、経常利益では2%でした。
オルタナティブデータによる予測値ほど実際の売上高が伸びなかった要因としては、データ取得時点と売上高計上日に差異があることが考えられます。同計測値はネクステージの中古車販売webサイトで車両が非掲載になった時点を「販売された」とみなして集計されていますが、実際に担当者がwebサイトの掲載を取り下げてから顧客に引き渡すまでには時間差があります。そのため、2022年1~2月にサイト非掲載になった中古車分の売上高が第2四半期の売上高の増加に寄与する可能性があります。
このように、オルタナティブデータと決算数値の比を取って直近期の業績の予測自体は可能です。しかし、同社のように倍率を多少変更するだけで、トップラインの予測が大きく変化してしまうケースもあり、データの使い方は銘柄ごとに検討する必要があると言えます。
オルタナティブデータを活用したボトムアップリサーチ3:
MRT(6034)
ここまでは、業績数値の概算にそのまま利用可能なデータを紹介してきましたが、オルタナティブデータの中には直接業績予想には使えなくても投資判断に活かせるデータがあります。その例がMRT(6034)です。これはマーケットが求人数のモメンタムに注目しているケースです。
同社は東大附属病院の互助会を母体として設立され、非常勤医師紹介サイト「Gaikin」を中心に医療従事者の職業紹介事業を展開しています。求人を行う医療機関からの紹介手数料を主な収益源とし、雇用契約成立数は年間15万件にのぼります。
また、2021年12月期・第2四半期から売上高が大幅成長を記録し、2021年12月期・通期では前期比74.4%の増収となりました。このように急激に売上高を伸ばしている企業の業績予想の難易度は高いですが、オルタナティブデータを用いて成長度合いのモメンタムを捉えることは可能です。
図7は同社プラットフォーム掲載の求人数データをもとに作成した財務モデルです。単価の算出については成約率を一定と仮定し、売上高を求人数で割ることでみなし単価を概算しています。
上記のオルタナティブデータを用いることでMRTに登録されている医師のアルバイト・バイト(スポット)の月間求人数を把握することができます。
MRTの業績予想では「売上高=求人数×成約率×平均単価」と要素分解することが可能です。しかし、求人数データを用いて、仮に成約率を一定として求めたみなし単価は大きく変動していることがわかります。つまり、上述の要素分解した式では、仮にオルタナティブデータである求人数を把握できたとしても、成約率や平均単価を正確に求めることはできないため、業績予想の誤差を許容可能な範囲に収めることが難しいと言えます。
一方で、過去の求人数の傾向を見ると、求人単価や成約率の変動要素を考えることができます。2020年12月期・第2四半期は1回目の緊急事態宣言と重なり、一時的に医師の求人が少なくなってしまったことによる異常値をデータが示しています(図8)。コロナ禍による求人の減少や、ワクチン接種の開始による需要増加のような突発的な事象により求人単価や成約率が変動します。
図8:医師のアルバイト求人数推移
PERAGARU提供のチャート
以上、本稿では3銘柄のオルタナティブデータ活用事例をご紹介しました。ほぼ正確な業績予測を可能とするデータや、モメンタムの観測によって投資判断に活用できるデータがあることがおわかりいただけたのではないかと思います。本稿がオルタナティブデータの活用方法について検討している方の一助になれば幸いです。
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