メニュー
閉じる

リレーコラム データサイエンスの新地平
~オルタナティブデータ活用最前線~
第8回 「TVメタデータ」によって可能になる

トレンド・シグナルの可視化

2022年7月20日
梅田 仁 / エム・データ ライフログ総合研究所(Life Log Lab.) 所長

「オルタナティブデータ」と呼ばれる非伝統的な情報を用いた資産運用の最新動向について、認知拡大や業界ルール整備などの活動を展開する、オルタナティブデータ推進協議会(JADAA)関係者によるリレーコラム。

第8回は、テレビで放送されるコンテンツなどの情報を統計的に分析する「TVメタデータ」をテーマに、エム・データ ライフログ総合研究所の所長を務める梅田仁氏に解説いただいた。

第7回「オルタナティブデータを活用した個別銘柄のボトムアップリサーチ」はこちら

「TVメタデータ」とは

「メタデータ」とは、データそのものではなく、元のデータの属性や概要を記述したデータのことです。たとえば電子書籍であればタイトルや出版社、著者名、作成日、あらすじなど、楽曲であればアーティスト名、アルバム、作曲者、ジャンル、トラック番号、歌詞、発表日など、元となるコンテンツやパッケージのサマリーやタグ情報などを記述したものが「メタデータ」に当たります。こうした「メタデータ」を利用することで、元となるデータの内容を全て閲覧しなくても、その概要を把握することが可能になります。

「TVメタデータ」は、テレビで放送された内容を要約し、主要な属性ごとに記述・正規化されたデータベースです。「TVメタデータ」を利用すれば、テレビで放送された内容を統計的な分析にかけることが可能になります。

オルタナティブデータとしてさまざまなデータの利用が進む今、テレビの放送内容をまとめたこの「TVメタデータ」の活用が注目されています。本稿では、「TVメタデータ」の活用例と可能性についてご紹介します。

「TVメタデータ」が持つ3つの特徴とは

「TVメタデータ」には、①テレビの放送内容をまとめた「業界標準」データである、②統計データとしての「品質・蓄積・可用性・速報性」がある、③「実績・評価」があるプロバイダーが提供するデータ、という3つの特徴があります。

1)テレビの放送内容をまとめた「業界標準」データ

「TVメタデータ」は、テレビ局をはじめ放送・広告・マーケティング業界で広く使用されている業界標準データです。関東の民放各局と大手広告会社の出資を受けた当社では、各テレビ局で放送されたテレビ番組やTV-CMを、テキスト・データベース化して「TVメタデータ」を構築しています。

2)統計データとしての「品質・蓄積・可用性・速報性」

「TVメタデータ」は、100名超の専任オペレータが地上波テレビと主要BS局で放送されたTV番組、TV-CMを、24時間365日体制で視聴しながら逐次記録し、テキスト化・正規化したデータベースです。

放送されたすべての番組、TV-CMを、話題やコーナー、TV-CM単位で細分化し、秒単位のタイムスタンプで区分、その番組名、コーナー名、提供スポンサー、出演者、テロップ(スーパー)、ナレーション、放送内容(要約)、紹介された企業名、ブランド名、商品名、店舗などをフォーマットに合わせて分類し、記録し続けています。

さらに人物、企業、商品・サービスブランド、番組名などの固有名詞を辞書化し、位置情報や商品情報、店舗情報、企業名や商品名、サービス名であれば、たとえば連結対象の親会社の銘柄を含めた証券コードなどの二次的情報もマスター化して付与することで、他のデータベースとの連携利用を容易にしています。

これにより、たとえば証券コードや企業名、製品名、サービス名、あるいは話題のトピックやテーマの名称などで検索、抽出することで、さまざまな意図に合わせた集計、分析などの二次利用が可能となります。すでに20年近い同一基準で構造化されたデータアーカイブがストックされており、さまざまな仮説に基づき株価のトレンドに重ねたバックテストを行うことが可能です。

また、メインのマーケティング利用では最短でオンエア数分後からのデータ利用に対応するなどスピードに優位性があり、速報性、高頻度、詳細粒度、多岐に渡る情報のカバレッジ、集計の容易度、過去遡及、定型規格、定性情報の定量化、他データの統合性など、独自性の高いオルタナティブデータです。

3)「実績・評価」があるプロバイダーが提供するデータ

「TVメタデータ」は、日本のテレビ放送の標準記録統計データとしてすでに多くの企業・団体で活用されており、テレビ局(キー/ローカル各局)のほか、広告/調査/コンサル/広告スポンサー(メーカー)、ネット系企業/アプリ/デジタルサービス、テレビデバイス、分析ツール/データクラウド/DMP(Data Management Platform)、一般企業、団体など、多様なユーザーが活用しています。

オルタナティブデータとしての「TVメタデータ」の可能性

「TVメタデータ」を用いることで、データ分析にテレビの放送内容を加えることが可能になります。オルタナティブデータ活用の重要性に注目が集まる今、特に金融業界にとってテレビの放送内容からどのような可能性が得られるのか、見ていきましょう。

・テレビを「株式銘柄別の情報量計測手段」として使う
テレビといえば視聴率に注目が集まります。放送されたテレビのコンテンツを、どのような属性の集団が、どのくらいの量、どのような態度で見ていたのかといったテレビの視聴に関わるデータは、実際にテレビのコンテンツに接触したクラスターに対して何らかのアクションを行ったり、それをフィルタリング条件として次の施策を行ったりといったマーケティング・キャンペーンの運用面においては極めて重要です。このようにテレビの価値をその直接視聴者に限定した場合、視聴率は、広告媒体としてのテレビの接触規模を評価し、広告費用の算出根拠として用いるに有用です。

一方で、テレビという媒体が放送したコンテンツそのものの価値を評価する考え方があります。それはテレビで放送された「情報」の持つ、社会学的、あるいは統計学的な評価です。

金融業界におけるオルタナティブデータとしてのテレビデータの活用は、テレビの直接視聴者に重点を置いた視聴率による媒体評価ではなく、テレビを「日本の大手報道機関が取材・編集・要約した株式銘柄別の情報量の統計的な計測手段」として利用するところから始まります。

・「MECEであるテレビ放送」は情報量の計測に理想的な手段
ロジカルシンキング(論理的思考)において基本とされている概念であるMECE(”Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive”)、すなわち「モレなく、ダブりなく、全体が包含されている状態」は、テレビ放送と非常に親和性が高いといえますが、テレビが情報量の統計的な計測手段として有用である理由を具体的に見ていきましょう。

1)「包含性」
テレビの放送時間(24時間)と放送局数(NHK+5民放+BS)には上限があります。テレビ放送から得られる情報量は有限であり、常に一定の総容量の中で全体が包括された状態にあります。これは、たとえば株式銘柄単位で情報量の相互比較をしたり、時系列単位でトレンドの評価をしたりする上で極めて有用です。

2)「網羅性」
テレビの放送は、それぞれに重複しない独立した機関である日本の大手報道機関系列の放送局により運営されており、日本を代表する全国規模の全ての大手報道機関が網羅されている状態にあります。

3)「総括性」
テレビの番組は、独立した各放送局が独自に取材編集した内容を、時々の情報価値、視聴者の興味価値、報道の優先価値が高いものなど合理的な編成基準から選定されたものをその重要度に合わせて放送し続けることで、放送データにはその時々の社会の興味、関心、話題の総体が適切に配分され記録されていると評価することができます。

以上のように、テレビはMECEの要件を満たしており、日本国内に流通する情報量の計測手段として有用であると考えられます。

・株式銘柄別の「情報量を抽出・集計」する
「TVメタデータ」の総体は、日本国内に流通する情報量の総体(=情報総量)と見なすことができます。このテレビの全放送記録(情報総量)の中から、たとえば特定の株式銘柄別の放送データを切り出していけば、銘柄別の情報量を特定することできます。これで他の銘柄との比較や、時系列での変化を検証すれば、銘柄別の情報量インデックスとして活用することが可能になります。

特定の株式銘柄や、さまざまなトピック、テーマなどの情報量とその変化、情報の露出が継続する期間を定量的、定性的に計測できるので、既存の財務データ分析に新たなディメンションを加えることが可能になります。

「マーケットでは何が起きるのか」「業種別の情報量の変化はどうか」「情報量の変化に敏感な銘柄とそうでない銘柄には違いがあるのか」「予兆段階から暴騰までのマーケットサイクルの中で、『情報』は量的に、質的に、どのような変化、傾向を見せるのか」といった点について、「TVメタデータ」から得られる銘柄別の情報量の変化を分析することで示唆を得ることが可能になるのです。

「TVメタデータ」によるトレンドの可視化

「TVメタデータ」を企業の投資判断に活用する例を具体的に見ていきましょう。図1は、ソニーグループ(6758)のテレビでの情報量と株価の時系列推移を表したグラフです。

図1:「ソニーグループのTVトレンドと株価」


出所:エム・データ ライフログ総合研究所作成


いちばん上の棒グラフ(青)はソニーグループの企業、ブランド、製品に関連したすべての情報の週あたりのテレビ番組露出秒数、上から2つ目(オレンジ)はソニーグループのテレビCM露出秒数、3つ目の折れ線グラフは番組CMの情報量を中期(ピンク)と長期(緑)のトレンド(移動平均)に置き換えたもの、4つ目は情報トレンドの中期線と長期線の差分、いちばん下の赤線はソニーグループの株価(週の終値)です。(中期と長期の期間設定は、当社独自にパフォーマンスのフィッティングポイントで設定)

ピンクのエリアで示したのは、中期線が長期線を上回る情報トレンドの上昇期間です。3つある情報トレンドの上昇期のうち、最後の2020年10月から始まる上昇期は9週間続き、この期間内では26.6%の株価の上昇が見られたことが示されています。

この上昇期前は約200件だった週あたりのソニーグループの番組露出は、この上昇期間中には週平均300件と、約50%も増加しています。この期間の情報増の主な要因はソニーグループが出資するアニメ映画の全国公開ですが、それ以外にも他の洋画、映画と同じIPビジネスである音楽コンテンツ、ソニーのコアビジネスであったエレキ関連、イメージセンサー、半導体、収益の他方の柱である金融系、新規事業になるEV関連など、多彩なトピックが取り上げられています。

また、9週間の間にたとえばアニメ映画の全国公開の話題も、予告編を使った番宣的な紹介(映画の公開というファクトの紹介)から、「声優のトーク」や「泣けるシーンの魅力」など細部や裏話といったより深い内容(話題の深化)、さらに「チケット予約が困難」、「作品に類似のスポットが聖地化」といった局所的なブームの発生(バズの拡大)、便乗グッズやイベントの紹介(参加・体験機会)など、ファクトの伝達から始まった情報に徐々に人々が巻き込まれていく状況の描写へとその質が変化していきます。さらに、劇場公開を迎えた後は「数字」が畳み掛けてきます。「単館で1日42回も上映」、「都内だけで上映が1日850回超え」、「2日間の観客動員が251万人」、「興行収入33億円」、「最高記録達成」、「観客動員が歴代最高342万人」、「興行収入46億円超え」、「主題歌が配信チャートで55冠達成」、「100万ダウンロード達成」、「16年6カ月ぶりの快挙」、といった具合です。数字というファクトで裏打ちされた「流行」が社会的に伝えられ、「記録的大ヒット」というヘッドラインが各ワイドショーで使われ始め、番組の内容も大ヒットという事実を前提とした「人気の秘密」などの解説へと深化していきます。ヒットが既成事実化されるのです。

人々は最新の流行現象に乗り遅れまいと熱狂し、子どもたちの日々の話題の中心となり、この情報トレンドの上昇シグナルが点灯した20年10月4日週から3週間後に、ソニーグループは決算の上方修正を発表、株価が一段と高騰することになります。これは株価が高騰する前の情報量の変化を「TVメタデータ」が捉えていた例です。

このシンプルなモデルで東京証券取引所の全銘柄のうち、時価総額と流動性が特に高い上位30銘柄の過去244週、約5年の期間でバックテストを行ったところ、テレビの情報量の中期トレンドが長期トレンドを上抜く上昇シグナルが得られたのが計675回、シグナル点灯後2週間以内に株価の上昇がみられたのが532回、約8割(78.8%)の確率と、多くのケースで情報トレンドの上昇シグナル点灯後、株価の上昇が見られたという結果が得られました。

テレビの情報トレンドの変化が、株式市場での評価に先行してシグナルとして得られていたのです。「TVメタデータ」は、「情報量」という観点で企業の活動量を可視化するオルタナティブデータとして活用できるのではないでしょうか。

「情報指数」で財務データに現れる前の先行トレンドを可視化する

「TVメタデータ」を活用する簡単な方法は、銘柄別や業種別の「情報指数」(テレビ露出量前年比、前期比)を確認することです。これにより情報量のトレンドに変化が現れた銘柄、業種などを簡単に絞り込むことができます。

図2は、2021年10-12月期の「TV-CM指数」、業種別の前年比、前期比TV-CM露出量の比較です。オミクロン株による感染再拡大に備えながらも、年明け以降の経済の正常化に向けて、業界ごとにどのような取り組みの違いがあるのかがわかります。(これを企業(銘柄)別、サービス・商品別に細分化することも可能で、TV-CMだけでなく番組の中で紹介された企業(銘柄)、サービス・商品の放送量を加えることもでき、企業にとってポジティブな報道だけでなく、事件・事故などのネガティブな報道まで調査可能)

図2:「TV-CM四季報 2021 Q4」


出所:エム・データ ライフログ総合研究所作成


TV-CMを放映する費用は販管費に該当し、常に利益との相反が課題になります。特にコロナ禍のようなビジネス環境の変動期にあっては、その費用が需要や利益を創出する投資となるのか、それとも財務的なリターンが不明確な単なる経費支出として終わってしまうのかが問われます。TV-CMを拡大する企業や業界は、コロナによる環境変化の中に商機を見出したグループであり、反対にTV-CMを縮小したグループは、厳しい経営判断を行っているのかもしれません。TV-CM量の増減動向(CM指数)は個別企業や産業別の業績に対するセンチメントを反映しています。このように企業別や産業別の「TV-CM指数」を利用すれば、決算に反映される前にいち早く個別企業や産業別の経費動向や経営環境を推測することが可能になるのです。

オルタナデータの活用は、従来は不可能であった「情報」という新たなディメンションの利用を可能にします。「TVメタデータ」は、「情報」という企業や業界の活動量を表す指標を提供します。これにより、企業活動によって得られた利益が市場に評価されるよりも前の段階で、そのトレンドが可視化されるのです。「TVメタデータ」を金融業界で活用するイメージが、ご理解いただけたでしょうか。

われわれエム・データでは、TVメタデータを企業のマーケティングの活動量として、株価変動のシグナルを捕捉する金融情報を目指し、オルタナティブデータ推進協議会会員社との研究を進めています。多くのデータプロバイダーやプラットフォーマー、アナリティクス、サイエンスの企業と連携し、オルタナティブデータの普及に寄与できればと思います。

梅田 仁

エム・データ ライフログ総合研究所(Life Log Lab.) 所長

元アップルのシニアマーケティングプロデューサーとして、iPhone、iPod、iTunes、Mac、Apple Storeのデジタル・マーケティングを統括、Apple(AAPL)を時価総額世界一のブランドに育て上げることに貢献。2013年、ライフログ総合研究所を設立、TV Rank、Talent Rankのサービスを展開、テレビデータを活用したトレンド分析、ブランド評価、ビジネス予測を多く手がける。アップル以前はIBMでThinkPad、Aptivaのブランディング、マーケティング・コミュニケーションを統括。

よく見られている記事ランキング