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企業年金担当者が知っておきたい 海外DC最新事情 
第11回 オランダ

2026年8月10日
樋渡靖一郎 /  野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング株式会社 投資戦略部 シニア・ポートフォリオ・マネージャー
DBの普及が頭打ちになるなか、同じ企業年金としてDBとDCが連携強化を図る動きがある。また、日本のDCが海外の制度を参考に創設されたことを踏まえると、海外のDC事情についてアンテナを張っておくことは、企業年金の今後を考える上でも非常に有意義だろう。そこで、DC制度の調査を進める野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティングの樋渡靖一郎氏から、海外DCの事例を紹介していただく。

はじめに

今回は、オランダの確定拠出年金(以下「DC」)について取り上げます。

オランダは、長年にわたって確定給付型年金(以下「DB」)を中心に、高水準の老後保障を築いてきました。公的年金に加え、職域年金の加入率は約9割に達し、年金資産の規模もGDPを上回っています。
その充実した制度は、国際的な年金ランキングでも常に上位に位置付けられてきました。

そのオランダで、2023年に将来年金法が施行され、職域年金を中心に、従来のDBからDCの考え方を取り入れた新しい制度への移行が始まりました。ただし、年金基金が資産運用を担うため、個人が運用判断を行う一般的なDCとは異なります。

では、DBが広く普及し、高い加入率と大規模な積立資産を実現してきたオランダは、なぜ制度の転換に踏み切ったのでしょうか。その背景を理解するため、まずオランダの年金制度全体を確認します。

オランダの年金制度

多くの先進国と同様に、「3本の柱」で構成されています。

・第一の柱は、全国民を対象とする公的基礎年金(AOW)です。

「居住期間」や「単身か同居・配偶者ありか」などに応じて給付額が決まる定額制で、賦課方式によって運営されています。老後の最低限の生活を支える土台としての役割を果たしますが、それだけで十分な所得水準を確保できるわけではありません。

・第二の柱は、オランダ年金の中核をなす職域年金です。

労使協定に基づき、ほとんどの被用者が自動的に加入する仕組みとなっており、加入率は9割を超えます。伝統的に確定給付型(DB)が主流で、給与と加入期間に応じた給付を約束する形態が一般的でした。年金基金に積み立てられた資産はGDPを上回り、専門的な運用と厳格な財政ルールのもとで高い健全性を維持してきた点が大きな特徴です。現在進められている改革の主戦場も、中心はこの第二の柱です。

・第三の柱は、個人が任意で加入する私的な年金や貯蓄です。

税優遇措置は用意されているものの、第二の柱が広範かつ手厚く機能しているため、相対的な比重は小さくなっています。

この三本柱のうち、公的年金(第1の柱)が薄めのセーフティネットで、それを強力な職域年金(第2の柱)が支えるという役割分担が、オランダモデルの特徴と言えます。
老後所得の多くを、賦課方式の公的年金ではなく、積立方式の職域年金で賄っている点は、公的年金への依存度が高い日本とは異なっています。

DC的枠組みへ移行した背景

高い評価を受けてきたオランダの職域年金(第二の柱)が、2020年代に入って本格的な制度改革に踏み切った直接的な背景は、長期にわたる低金利と長寿化でした。この二つは多くの国のDB制度を苦しめた要因であり、オランダも例外ではありませんでした。しかし、オランダが評価の高かったDBを手放す判断に至った背景には、他にも要因がありました。

第一のポイントは、オランダの基金に厳格な財政健全性ルールが課せられていた点です。基金は将来の給付を市場金利で厳密に評価し、財政指標(積立比率)が基準を下回れば、給付の削減や保険料の引き上げを迫られる仕組みです。しかし、低金利下では負債の評価額が膨らんだため、加入者に給付削減の危機が訪れたのです。加入者を守る制度設計が、かえって加入者の首を絞めることになりました。

加えて、「確定給付」という言葉への信頼が失われたことが挙げられます。オランダのDBは、賃金・物価に連動した調整が、財政に余裕のあるときにだけ行われる仕組みでした。低金利によってその余裕が失われると、この調整は長期にわたって凍結されます。名目上の給付額は守られても、インフレによって実質的な価値は目減りしました。加入者にとっては、「確定給付といいながら、約束された購買力が守られていない」という不満が募ったのです。

さらに、世代間の不公平感が社会問題化したことも挙げられます。高齢世代は比較的高水準の給付を、若い世代が高い拠出で支え、自分の番では削減されるリスクを負うという不公平感は、多くの他の国でも見られます。しかし、オランダでは厳格な指標で財政状況が可視化されていたことに加え、労使自治の伝統が強く、若い世代の不満が協議の場に上がりやすかったため、社会問題化しました。

制度改革の内容

こうした背景を踏まえ、オランダでは2019年、労使と政府が「年金協約(Pension Agreement)」で改革の大枠に合意しました。その内容は、2023年に施行された「将来年金法(Wet toekomst pensioenen)」によって具体化されています。既存制度から新制度への移行期限は原則として2028年までとされ、現在、各年金基金が新たな年金契約への移行を進めています。

新制度の最大の特徴は、伝統的な確定給付型(DB)から、拠出を基礎とする制度へ転換し、加入者ごとの年金資産をより明確に把握する仕組みに改めた点です。
運用成果や金利など市場環境の変化は、従来よりも直接的に加入者の年金資産や将来の給付額に反映されます。
ただし、加入者が自ら金融商品を選択し、すべての運用責任を負う通常のDCとは異なり、資産運用は引き続き年金基金などが集団的に担います。

新制度には、主に二つの契約形態があります。

一つは「連帯型」で、加入者全体で運用リスクや長寿リスクを一定程度共有します。市場の急変時における給付への備えや世代間のリスク分担などに用いる「連帯準備金」が組み込まれています。

もう一つは「柔軟型」で、加入者に選択の余地をより大きく認める制度です。例えば、受給開始時には固定給付と変動給付のいずれかを選べ、制度設計によっては積立期に一定の運用選択が認められる場合もあります。

ただし、こちらも専門機関による運用を基本としており、個人がすべての投資判断を行う仕組みではありません。いずれの契約形態でも、積み立てた資産を退職後に生涯にわたる年金として受け取ることが基本となります。加入者ごとの拠出と運用結果を明確にして透明性を高める一方、DBが備えていた集団運用やリスク共有の機能も残している点が、オランダの改革の特徴です。

オランダの経験が示しているのは、制度改革では、法律や制度の枠組みを変更するだけでなく、既存の加入者が持つ期待や権利をどのように扱うかが極めて重要だということです。改革の必要性を説明し、世代ごとの影響を示し、必要であれば補償や経過措置を設ける。こうした丁寧な移行がなければ、制度への信頼を維持することは難しくなります。

オランダは、DBが機能しなかったためにDCへ移行したのではありません。DBを長く機能させてきた結果として、世代間移転や給付と積立の関係の不透明さが、制度上の課題として意識されました。

日本への示唆

・DBとDCの両立の試み

日本では2017年に「リスク分担型企業年金」が導入されていますが、個人にすべてのリスクを負わせる純粋なDCと、企業が重い約束を背負うDBの、その中間を探る発想は、日本の企業年金の将来像を考えるうえで参考になります。オランダの事例は、既存制度の特長を生かしながら、環境変化に応じて制度を見直すことの重要性を示しています。

・移行の「進め方」の丁寧さ

オランダでは政府がトップダウンで決めるのではなく、労使が危機感を共有し、長い時間をかけて合意を積み重ね、社会全体で足並みをそろえて移行を進めています。
日本の企業年金も労使協議が基盤です。制度変更時の既得権保護や世代間の公平性への目配り、加入者への丁寧な説明といったプロセス面の配慮は、日本でも実践的な学びとなり得ます。

 

樋渡靖一郎

 野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング株式会社 投資戦略部 シニア・ポートフォリオ・マネージャー

マルチアセット分析部(現ファンド分析部)にて、機関投資家(年金含む)向けのファンドの評価業務を行う。現在は投資戦略部でファンドオブファンズの投資助言及びそれに関する調査・分析業務に従事。