はじめに
今回は、カナダについて取り上げます。
これまで取り上げた国の多くと同様に、確定給付年金(以下「DB」)からDCへ移行していった国ですが、単なる「自己責任への転換」にとどまらない独自の進化を遂げてきました。国際的に注目されるの資産運用ガバナンスを背景に、公的年金と柔軟な私的DC制度を共存させています。その特徴について詳しく見ていきましょう。
カナダの年金制度
まずはカナダの年金制度の全体像ですが、下記の図表のような3層に分かれています。図表1 制度の全体像(3層構造)
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層 |
制度 |
説明 |
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1階 |
OAS(老齢保障年金)+GIS(低所得者補足) |
税財源。居住歴と所得に基づく基礎的保障 |
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2階 |
CPP(カナダ年金制度)/QPP(ケベック州独自) |
強制加入の所得比例年金。部分積立方式で市場運用 |
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3階 |
RPP(DB/DC)、グループRRSP、DPSP、PRPP、個人のRRSP・TFSA |
任意加入。税制優遇枠は一部連動 |
第1層は、税を財源とする老後の基礎的な所得保障です。一定の居住要件を満たす高齢者に支給される老齢保障年金(OAS)と、低所得者に上乗せされる所得保障補足給付(GIS)が中心で、現役時代の就労や保険料納付ではなく、居住歴や所得に基づいて給付されます。
第2層は、就労所得に応じた強制加入の公的年金です。ケベック州以外ではカナダ年金制度(CPP)が適用され、被用者と事業主が保険料を折半します。自営業者は両者分を負担します。2019年からの目標所得代替率を25%から33.3%へ段階的に引き上げる拡充が進められ、公的保障の柱が強化されています。
なお、ケベック州はCPPに参加せず、独自のケベック年金制度(QPP)を運営しています。給付水準や拠出率はCPPと細部は異なりますがほぼ同等に保たれ、両制度間の通算も確保されています。(ここでは原則としてCPPを中心に説明し、重要な相違がある場合にQPPを取り上げることとします。)
第3層は、個人や企業による「私的年金・退職貯蓄」です。個人向けは、任意拠出の税制優遇口座であるRRSPがあり、日本のiDeCoに近い制度です。拠出時に所得控除を受けられ、運用益は非課税で、受給時に課税されます。その他に、拠出時の控除はないものの運用益と引き出しが非課税となるTFSAを利用できます。もっとも、TFSAは老後資金に限定された制度ではありません。
企業年金向けには事業主が提供する職域年金のRPPがあります。従来主流だったDB型と運用リスクを個人が負うDC型があり、DC型へのシフトが進んでいます。このほか、個人向けのRRSPを事業主が給与控除で束ねて提供する形態のグループRRSPや、事業主が利益の一部を従業員名義で積み立てる制度のDPSPがあります。
中小企業や自営業者向けには、複数の加入者をまとめて運用するDC型のPRPPも設けられましたが、後述のとおり普及は限定的です。
改革の経緯
(1)1997~1999年:CPPの財政改革とCPPIBの創設
CPPは1966年の創設以来長らく、低い保険料率と限定的な積立金しか持たない、賦課方式に近い制度でした。しかし少子高齢化による将来の財源不足が明らかになったため、1997年、当面の給付額を大きく上回る保険料収入を確保して余剰分を将来の給付費がピークを迎える時期に備えて積み立てる「部分積立方式」へ移行し、保険料率を引き上げました。
同時に、政治から独立して積立金を運用するCPP投資委員会(CPPIB、現CPP Investments)が設立され、1999年から本格的な市場運用が始まりました。なお、QPPでは、創設当初から積立金の運用をケベック州貯蓄投資公庫(CDPQ)が担っています。
(2)2000年代:民間DBの縮小とDCへのシフト
2000年代には、長寿化、低金利、運用環境の変化により、民間企業のDBで積立不足や会計上の負担が過大化しました。その結果、DBの新規加入停止や制度閉鎖が進み、DCやグループRRSPへの移行が広がりました。
ただし、公的セクター(連邦・州・自治体、教員、医療など)の主要年金は、引き続きDBが主流です。
(3)2012~2014年:PRPPとケベック州のVRSP――中小企業への制度普及策
民間部門でのDCシフトが進む一方で、自力で企業年金を用意できない中小企業の従業員や自営業者において、年金制度の未加入(カバレッジ不足)が深刻な課題となりました。
そこで連邦政府は2012年、プール型登録年金制度(PRPP)の法的枠組みを整備しました。PRPPは、金融機関などの認可された運営主体が複数の企業や個人の資産をまとめて運用するDC制度です。
企業が単独で年金制度を設ける場合に比べて、スケールメリットを生かして運用管理コストを抑えるとともに、事務負担や受託者責任も軽減できます。しかし、このPRPPは、年金加入率を大幅に引き上げるまでには至りませんでした。事業主に提供義務はなく、従業員の加入も任意だった上に、PRPPの普及には各州での法整備が必要で、その整備が遅れてしまったことも影響しました。
一方、ケベック州でも2014年に、同様の枠組みとして「自発的退職貯蓄プラン(VRSP)」が導入されました。
VRSPも金融機関が運営する低コストのDC制度ですが、一定の要件を満たす事業主に制度の提供を求め、対象従業員を原則として自動加入させる点に特徴があります。従業員は脱退でき、事業主拠出も原則として任意加入ですが、義務化と自動加入を組み合わせたことで、制度の受け皿は広がりました。
(4)2016~2025年:CPP・QPPの拡充
PRPPなどが整備された後も、職域年金に加入していない人や、退職後に現役時代の生活水準を維持できない中間所得層を中心に、将来の積立不足が懸念されました。
そこでカナダ政府と各州は2016年に合意を結び、第2層の「公的年金の拡充(CPP Enhancement)」を決定しました。老後所得の不足を任意加入のDCや個人貯蓄だけで補うのではなく、強制加入の公的年金を強化するという選択でした。
改革は2019年から2025年にかけて段階的に進められました。保険料率を徐々に引き上げるとともに、対象となる上限所得を拡張することで、目標所得代替率を従来の25%から33.3%へと引き上げました。
民間任せのDC化(自助努力)で生じる格差やリスクに対し、公的年金の基礎を底上げして国民全体の老後保障を強固にするアプローチです。
ケベック州もQPPについて同内容の拡充を決定し、2019年からCPPとほぼ同じ日程で実施しています。細部に違いはあるものの、所得代替率の引き上げと対象所得上限の拡大という方向は共通です。
こうしてカナダは、民間部門でDC化が進むなかでも、公的年金による終身給付と集団的なリスク分担をむしろ強化しました。老後所得保障を個人の資産形成だけに委ねなかった点が特徴的です。
日本への示唆
①「DC拡充か、公的年金拡充か」の役割分担
カナダは民間でのDC化が進む一方で、将来の積立不足に対して、DCの拡充だけに頼りませんでした。PRPP等による職域DCの推進を試みつつも、最終的には強制加入で終身給付を行う公的年金(CPP/QPP)そのものの拡充に踏み切りました。私的年金だけに期待を寄せるのではなく、1階・2階の公的年金の底上げとの役割分担をどう図るべきか、根本的な問いを投げかけています。
②中小企業・自営業のカバレッジ拡大(「自動加入」と「制度義務化」)
日本の企業年金における長年の課題が、中小企業や非正規雇用者、自営業者における加入率の低さです。日本でも「iDeCo+(中小事業主掛金納付制度)」などの税制優遇が用意されていますが、普及は依然として限定的です。
カナダでは、任意加入を基本とした連邦のPRPPが伸び悩んだ一方で、一定規模の企業に制度提供を義務付け、従業員を「自動加入」としたケベック州のVRSPは一定の成果を上げました。
脱退は可能であり、事業主拠出も原則任意であるため限界はあるものの、本人の申込みを待つPRPPよりも、加入を促しやすい制度設計となっていることが背景だと思われます。自動加入や事業主への制度導入インセンティブをセットで設計することの重要性を示しています。事業主による制度提供、自動加入などの制度は日本でも検討する余地があるのかもしれません。