エコノミストに聞く! グローバル金融市場の展望と 2024年度の注目点
欧米では急速な利上げから利下げが模索される展開となる半面、日本では大規模緩和から金融政策の正常化への向かっており、2024年はまだら模様の政策転換が市場の大きなテーマの1つになるだろう。加えて、2024年は世界各国で重要な選挙が予定されており、その動向も注視すべきポイントだ。こうした環境で、マクロ経済や金融市場をどのように展望すれば良いか、野村アセットマネジメントのグローバル・リサーチ部でシニア・エコノミストの池田琢磨氏に話を聞いた。聞き手は「オルイン」シニアフェローの小倉邦彦が務めた。
※本記事は2024年3月22日に実施した「オルイン 春セミナー in 大阪」の講演内容を採録しています。
――日銀は3月18日、19日実施された金融政策決定会合でマイナス金利解除を決定し、17年ぶりの利上げが行われました。まずは先般実施された日銀の政策変更を整理していただきつつ、その影響や今後の追加利上げの可能性について教えてください。
池田 3月に開催された日銀の金融政策決定会合において、マイナス金利が解除され、イールドカーブ・コントロールも撤廃されました。それに加えて、日本株ETFとJ-REITの新規買入れも停止されました。日銀は一気に正常化に向けて舵を切りましたが、問題はこの正常化がどこまで進むのか、追加利上げの可能性と条件でしょう。
日銀は長期金利の上限を撤廃したものの、急激な金利上昇を抑制するため機動的な買入れを行うとしていますが、日銀が許容する長期金利の水準がどの程度なのかは判断が難しい問題です。従来の0.5%を起点として、現在は0.76%程度で推移しているわけですが、1%が一つの目安になるのではないでしょうか。
国債の保有残高は現状を維持するとしており、量的緩和の縮小(QT)の開始はまだ先の話だと考えられます。日銀にとっては、生産性の向上を伴う賃金・物価の好循環の定着が見極められるまで時間がかかるでしょうし、世界経済が安定的な拡大を続けるのか、景気後退に陥るのかも依然として不透明です。したがって、異例な金融緩和からは脱却したものの、種々の安全弁は用意されていると考えるべきでしょう。
――日銀の金融政策決定会合に続いて米国も連邦公開市場委員会(FOMC)を開催しましたが、この注目点をまとめていただけますか。
池田 日本は金融政策正常化に向かう一方で、米国は利下げが検討されており、そのペースや最終的な到達点が大きな議論を呼んでいます。
特に市場の最大の関心は、利下げ開始のタイミングでしょう。FRBはインフレ率の2%回帰に対して確信が持てれば利下げを検討すると示唆してきましたが、足元のインフレ指標は上振れており、確信が持てない状況です。
ただし、足元の指標は一時的な要因が働いている可能性があり、FRB当局者からはあと2〜3カ月程度はインフレ指標の推移を見極める必要があるとの見方が示されています。これを踏まえると、従来通り6月のFOMCでの利下げ開始というシナリオは維持されたと考えられます。
FRBの経済予測を見ると、従来から大きな景気後退リスクは想定していませんでしたが、今回(3月のFOMC)は成長率を上方修正し失業率を下方修正しており、力強い経済が続くとの見方を強めています。インフレ率の低下ペースは若干緩やかになるとしつつも、景気を考慮すれば利上げを急ぐ必要はないとのスタンスが見て取れます。
また、長期的に見た適切な政策金利を2.5%から2.6%へ小幅に引き上げた点も注目されます。市場では利下げ局面に転じれば景気後退に備えて大幅な利下げが行われるとの見方が根強いですが、この金利引き上げはそうした期待とは逆行する動きだと言えます。
「粘り腰」を見せる米国経済の今後は「浅い谷」で終わるか
――米国経済が堅調な要因や今後の見通しについて見解を教えてください。
池田 私自身は米国経済が想定以上に利上げの影響を受けにくい「粘り腰」の状態にあり、仮に景気が悪化しても深刻な不況には陥らず「浅い谷」にとどまるというシナリオを想定しています。したがって、そこまで大規模な利下げは必要ないのではないでしょうか。
これを裏付けるのが、家計のバランスシートの健全性です。歴史的に見ても現金が潤沢にある一方、債務はコントロールされています。そのため、利上げの影響をそれほど受けていないのですが、これは米国の企業についても同様のことが指摘できます。
では、こうした環境下ではどのような金融政策が適切なのでしょうか。過去を振り返ると利下げは2つのパターンに分けられます。典型的には大きなショックによって景気が悪化し、急速かつ大幅に金利が引き下げられます。もう一方は「予防的利下げ」とも呼べるケースで、1990年代後半に見られました。この時は小幅かつ短期間で終了し、景気や株価も底堅く推移しています。
家計や企業のバランスシートが健全であれば、今回は後者の予防的利下げのパターンに当てはまり、それほど金利が下がらないことを意味します。
――日本経済はどんな注目ポイントがあるでしょうか。
池田 日銀が指摘する賃金・物価の好循環が2年連続で確認されたわけですが、今後はその持続性が問われることになります。賃金上昇は企業収益を圧迫するため、生産性向上の伴わない賃金上昇は長続きしません。物価だけが上がれば価格競争力の低下も招いてしまいます。
したがって、持続的な好循環のカギを握るのは生産性の向上であり、そのためにはイノベーションが不可欠だと考えられます。これについては楽観視できないものの、生産性と賃金上昇の因果関係を今一度検討することはできるでしょう。
一般的には生産性が上がったことによって賃金も上昇するという説明がなされますが、それとは逆に、賃金上昇が労働意欲を高め、生産性向上につながるという因果も考えられるのではないでしょうか。
また、日本経済の特徴として物価全般の硬直性が指摘されてきましたが、その常識に変化が表れています。需給関係を反映して価格がある程度柔軟に変動すれば効率的な資源配分を迫られ、その結果として生産性向上に寄与します。さらに、人手不足を背景とした賃金上昇は、企業に省力化投資を促す効果も期待できます。
中立金利の上昇は資産運用にどんな影響を与え得るか
――FRBが長期的に適切な政策金利の水準を2.6%に引き上げたことは、中立金利の上昇を示唆するのでしょうか。また、AI革命による生産性向上が中立金利上昇の背景にあるのではないかという見解についても、ご意見を伺えればと思います。
池田 中立金利がどの程度なのかという議論は、資産運用を考える上でも重要なポイントです。仮に中立金利が上昇しているのであれば、安全資産の利回りが上昇することになります。従来は低成長の下で目標と実現可能なリターンにギャップがあり、それを埋めるための追加のリスクテイクが必要でしたが、そうした環境が変化しつつある可能性があるわけです。
今回の局面は40年ぶりの高インフレという状況下にありますが、それ以前は中央銀行が大規模な量的緩和(QE)を通じて長期金利の上昇を抑制してきました。しかし、インフレ高進を受けてその政策が転換点を迎えつつあります。いわば「大政奉還」とも言うべき変化が起きており、QEからQT(量的引き締め)への移行に伴って、市場の実勢に基づく金利(=中立金利)を探る段階に来ていると考えられます。
この中立金利を考える上で、まず重要なのが潜在成長率です。人口減少や高齢化は潜在成長率の低下要因ですが、AI革命のような生産性の向上は押し上げ要因になります。一方、自国産業の保護を目的とした生産・事業拠点の国内回帰の動きは投資を増加させ、金利上昇圧力をもたらすでしょう。近年の脱炭素を目指すグリーン投資も同様の効果を持ちます。他方、高齢化の進展や所得格差の拡大は貯蓄率を高め、金利の下押し要因になります。
これまでは、中央銀行によるQEが貯蓄・投資バランスに大きな影響を与えてきたため、潜在成長率と実質金利の間に大幅な乖離が生じていました。しかし、米国はQEからQTに舵を切っており、実質金利は潜在成長率に見合う水準まで急速に上昇してきています。
私の試算に依ると、コロナ禍以降の米国の潜在成長率の推計は現在1.9%程度であり、そこに2%のインフレ目標が達成された場合の名目潜在成長率は3.9%になります。現状の米10年国債利回りはこの水準に近く、均衡点に達しつつあるのかもしれません。まさに「大政奉還」が進行中だと言えるでしょう。
一方、日本については、潜在成長率が0.3%、目標インフレ率の2%が達成されると名目潜在成長率は2.3%になりますが、現状はそこから大きく乖離しています。もっとも、日銀の対GDP比で見た総資産は欧米中央銀行と比べても大きく拡大しており、植田総裁もこの「遺産」は当分の間残ることを指摘しています。加えて、日本で賃金・物価の好循環が本当に定着するかどうかも不透明です。こうした観点から、日本の長期金利については、現状程度の水準が当面続く可能性が高いと見ています。
また、生産性上昇に関するAI革命のインパクトについては、90年代後半のIT革命ブームの際と共通点が見られ、どちらも規模の経済や先行者利得が強調されています。それが投資ブームを引き起こし、生産性上昇率を押し上げることで楽観論に真実味が帯びるわけです。
しかし、技術の急速な普及は同時に陳腐化を招き、差別化要因が失われることで収益率が低下し、いずれブームは減退する。こうした一連のサイクルは、90年代後半のIT革命の際と同様の経路を辿る可能性があります。もっとも、それが1〜2年の短期間で終わるものではない点に留意は必要です。
資産運用における「もしトラ」リスクを再点検する
――11月の大統領選挙でトランプ氏が再選された場合、市場にはどんな影響が及ぶでしょうか。
池田 現時点では、トランプ氏再選はまだ想定の域を出ないものの、仮に実現した場合でも、議会の構成次第では政策運営に制約が生じる可能性があります。ただ、トランプ氏の掲げる政策を見ると、減税延長、関税引き上げ、エネルギー開発促進、移民規制強化など、総じてインフレ圧力を高める方向に作用すると考えられます。
主な政策を個別に見ていくと、関税引き上げは輸入品の価格を押し上げると同時に国内の購買力を損なうため、スタグフレーション的でもあります。また環境・グリーン政策についても、トランプ氏は懐疑的なスタンスを取っており、この分野での投資には逆風が吹く恐れがあります。また、ウクライナ情勢についても同氏の動向には不確実性があります。
さらにFRBの金融政策運営について、トランプ氏がパウエル議長の交代を画策する可能性はありますが、議長人事だけで利上げを止められるとは考えにくいでしょう。ただ、財政赤字の拡大を伴う減税延長によって、市場が財政リスクプレミアムを要求し、長期金利の上昇を促すかもしれません。
――まとめに代えて、金利や為替を含む今後の市場動向について、お考えをお聞かせください。
池田 先述の通り、米国経済が「浅い谷」を辿るのであれば、FRBの利下げ幅は市場予想ほど大きくならず、利下げも予防的なものにとどまるでしょう。すなわち、短期金利の低下余地は限定的だと考えられます。
典型的な景気後退局面では、長期金利の低下とともに大幅利下げによって短期金利が急低下し、イールドカーブが大幅にスティープ化する傾向がありました。しかし、「浅い谷」のケースでは、90年代後半の事例のように、長短金利は小幅な低下にとどまりやすいと考えられます。
一方、日本では賃金・物価の好循環に対する自信が持てない中、追加利上げはまだ見通せない状況です。とすれば、日米金利差は縮小方向にあるものの、市場の想定ほどは縮まらない可能性が高く、円高が進みにくい。そのため、ドル円のヘッジコストもそこまでの低下は見込めないと考えられます。
――本日はどうもありがとうございました。
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