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連載
サステナブルファイナンス論壇ウォッチ 第3回
社会課題解決型スタートアップの台頭に、日本のインベストメントチェーンは十分に貢献できているか

2022年3月3日
井潟 正彦 / 立教大学大学院 ビジネスデザイン研究科客員教授

ESG・サステナブル投資を取り巻く環境は日進月歩で変化しており、新たな概念や言葉が次々と登場している。日々、数多くのニュースやレポートが発信されていて、アセットオーナーの中には消化不良を感じている向きもあるだろう。

そこで本シリーズでは、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授の井潟正彦氏に、日本の投資家が注目すべきテーマを1つ選び、関連するレポート解説いただく。

今回は、日本のスタートアップ企業とインベストメントチェーンの課題について解説いただいた。

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2021年のIPOは記録的な水準だが、
以前に比べて業種は様変わり

2020年に始まった新型コロナ感染を巡る社会・経済の動揺は2021年も続いたが、日本企業の新規株式公開(IPO)は記録的な高水準になった。帝国データバンク(TDB)が2021年12月29日に公表したプレスリリース「2021年のIPO動向」によると、2021年にIPOを行った日本企業は125社に上り、2007年以来14年ぶりに100社を超えたとのことだ。
同プレスリリースはまた、IPOの件数が久しぶりに単純に多かっただけではなく、例えば10年前の2011年に比べて、次のように定性的に大きな変化が生じていることを指摘する:

  • 2021年の125社のうち93社が東証マザーズへのIPOだったが、これは東証マザーズが1999年に開設以来最多で、全体に占める東証マザーズへのIPOの割合も7割超となり、2011年の同3割程度から大幅に上昇した。
  • デジタルトランスフォーメーション(DX)化の進展に伴い、情報サービス業が2011年に比べて4倍に増加すると共に、再生可能エネルギー事業やAI技術開発サービス、デジタル・プラットフォーム運営などといった、その他サービス業も15社に、そして10年前には皆無だった経営コンサルタント業が12社も含まれる一方で、当時上位にいた不動産業と製造業は減少した。

日本経済新聞も関連する指摘を行っている。2021年11月21日付「新規上場、15年ぶり高水準」は、2021年4~9月のIPOは60社に上り、同期間としては2006年以来15年ぶりの多さだが、当時に比べると外食や家電量販店といった小売業が大幅に減り、それら以外のサービス業に区分されるスタートアップや、コロナ下でも進展した働き方の多様化を背景にした人材関連などのスタートアップからのIPOが目立つとする。企業のDX化を後押しするような情報・通信については盛んなIPOが生じるスタートアップの主流という。

また、2021年11月27日付「12月上場、30年ぶり高水準」は、2021年12月のIPO企業数(本記事では33社)は、単月では1991年11月の38社以来30年ぶりの高水準(金融情報サービスのアイ・エヌ情報センターのデータとのこと)だが、91年11月に中心だったのが自動車部品や電子機器を始めとする製造業だったのに比べると、2021年12月は様変わりで、全体の4割超を情報・通信が占めるなど、デジタル技術を駆使したり、クラウドを活用したり、脱炭素に関連したりする企業が目を引くとする。

社会課題解決型スタートアップの台頭に期待

IPOを実現した企業の業種をめぐるこうした変化は、日本でも未来を牽引するようなスタートアップが着実に層厚く台頭し始めていることを示している。さらに、近年欧米において観察される動向が今後日本でも顕在化するのであれば、スタートアップに対してサステナブルな社会実現に貢献する役割について一層大きな期待を持てる余地があるようだ。

日本総合研究所・調査部・上席主任研究員の岩崎薫里氏は「社会課題解決型ビジネスを切り拓くスタートアップ-欧米スタートアップのデジタル・イノベーションからの示唆-」(JRIレビュー Vol.9 No.98 2021年9月27日)で、欧米では近年、従来はビジネス化、ひいては民間企業による参入が限定的であった社会課題とされる領域に、スタートアップが相次いで参入していると報告している。

その背景には、企業に対する環境や社会に関する世間からの要請・期待が著しく高まっていること、そもそも未踏の分野にイノベーションに基づき果敢に踏み込むのが定義のようなスタートアップがDX化を武器にして社会課題領域でもビジネス化を見込み、次のブルーオーシャンとして注目するようになったこと、などがあるとのことだ。

また岩崎氏のレポートでは、米『フォーチュン』誌が2020年初めて「Impact 20」として世界で有望な社会課題解決型スタートアップ20社を公表したことについて、「アメリカを代表するビジネス誌でそうしたスタートアップが取り上げられたことは、経済界からの注目の高さを映じたものと捉えることができる」として事例研究も含めて紹介し、選定企業が気候変動対策、金融包摂、社会人教育、国民病対策、リサイクルなど広範にわたることを指摘している(因みに、同誌は2021年の「Impact 20」も公表した)。

さらに、過去にAirbnbやStripe、Dropboxなどを輩出し、スタートアップ・コミュニティに対して絶大な影響力を持つ世界有数のアクセラレータ・プログラムを運営するY combinatorが、「スタートアップへのリクエスト(プログラムへの応募を強く希望するアイデアや分野)」として公表している20余りの項目のうち、社会課題関連項目が以前に比べて増えていること(2014年6項目から2020年10項目とリストのほぼ半数に)から、「この分野で活動するスタートアップが今後ますます増えていくとみてよいであろう」と予想する。

一方、日本の社会課題解決型スタートアップについては、スタートアップ支援事業を行うfor Startups集計の日本のスタートアップ評価額ランキングで上位20社中に7社が入っていることや、「医療・介護、子育て、高齢者の見守りといった分野で活躍するスタートアップが増えている」ことを指摘しつつも、「世界全体のVC投資額のうち、わが国のスタートアップが獲得するのは1%に満たず、わが国はスタートアップ後進国からいまだ脱しきれていない」ことから「絶対数において依然として少ない」との懸念を示す。そして、日本におけるスタートアップ全体の創出力を強化するためには、関連する政策が出揃っている下で、「チャレンジする人、リスクをとる人が賞賛されるとともに、失敗を許容し、やり直しの機会が豊富にある社会にわが国を作りかえること」を必要な根源的な取り組みだと主張する *1。

*1:なお、社会課題解決型のスタートアップが海外や日本で躍進し始めていることについては、日本経済新聞・本社コメンテーターの村山恵一氏が同紙の「Deep Insight」で複数回にわたり取り上げ、具体的な事例紹介と共に有意義な解説を行っている。
2020年10月15日付「GAFA後は共感の起業」では、「社会の反発にあった巨人の姿を反面教師に、人々の共感を得ながら手堅く前に進む次世代の起業家が求心力をつけ、台頭してくるー。そんな予測ができるのではないか。」との先見の明ある展望を示しつつ、東南アジアで社会課題と向き合う起業家たちを取り上げている。

2021年3月13日付「『社会にいい会社』可視化を」では、社会的インパクトを重視するスタートアップが増え始めたことについて、「いま社会派スタートアップに追い風が吹く。IOTやビッグデータ解析が一般化し、事業がいかに社会を変えているか明示しやすくなっている。・・・日本はこれからだ。・・・社会のためになる活動が可視化され、そこに資金が流れ、結果が検証される。そういうメカニズムが日本で必要だ。」と分析する。

2021年7月29日付「なぜユーグレナは会社か」では、「サステナブルネーティブ」と呼ばれるユーグレナの創業者、出雲充氏の「社会を劇的に進化させるには株式会社以外はあり得ない。・・・世界で最も困難な場所で世界で最初に成功事例をつくる。みんなが驚き、まねしたくなる事例をつくるのがスタートアップだ」との発言を紹介しつつ、「80年生まれの同氏に続くミレニアル世代以降が日本でも労働力人口の過半になる。社会課題への意識が高いとされる層が台頭する。・・・気候変動や経済格差の問題を目のあたりに育った若い起業家には奮い立つ環境のはずだ」と展望する。

2021年11月27日付「サステナ起業家のクールさ」では米国の社会課題解決型スタートアップ2社の事例を紹介し、「10年代のユニコーンブームを代表する米ウーバーテクノロジーズの創業者のように社会との摩擦を生みながらも爆発的な成長を求めたタイプとは一線を画す。・・・むしろ社会の課題を放置せず、幅広い要求に応えようとする点で野心的だろう」と評価する。

また、社会課題解決型のスタートアップへの期待については、南場智子DeNA会長が日経産業新聞2022年1月12日付「新年対談 新しい資本主義とその企業像」で「2兆円のグリーンイノベーション基金の配分についても注目している。大企業がコンソーシアム(企業共同体)の中心になっているが、社会課題の解決にはもっとスタートアップを活用してほしい。社会課題の解決にはスタートアップが群がるというのが、スタートアップ先進国に見られる光景だ。常識を変えていく発想力や工夫力があるスタートアップを使わない手はない。」と語っていることにも注目したい。

VC以外の資金調達手段の多様化も必要

岩崎氏はまた、日本において社会課題解決型スタートアップが増えるためには、従前に比べて拡充してきたベンチャーキャピタル(VC)以外の資金調達手段の多様化が必要との見解を示す。欧米に比べて数や厚みなどに劣るエンジェル投資家や超富裕層、彼らによるファミリーオフィスやフィランソロピー組織には今後も大きく期待できない可能性があるとして、RBF(Revenue Based Financing)やSEAL(Shared Earnings Agreement)と呼ばれる米国で近年活用されているスキームに注目し、その仕組みについて解説している。

スタートアップの資金調達手段の多様化について注目する専門家の意見は他にもある。日本を代表するベンチャーキャピタリストの一人、田島聡一氏は対談(FastGrowが2021年10月27日配信した「次のユニコーンを生み出す鍵は『集めた応援の総量だ』」)で「今2,000兆円の資金(筆者注:日本の個人金融資産残高)がある中で、あるべき世界の実現を引っ張っているのがベンチャー企業やスタートアップだとしたときに、そこにお金が回っていない現状が不自然なんですよね」との問題意識を提示している。

そして、個人が応援したいスタートアップに少額でも投資を行い、中長期的(持続的)にコミットメントできる株式投資型クラウドファンディングの可能性を評価し、「ベンチャー企業やスタートアップは社会をよりよくするためにチャレンジする企業が多いと思うんですよね。そういったチャレンジに対して株主は会社の一部を所有する形になるわけです。 株主になることは社会との接点を増やす行為でもあるので、金銭的なリターンだけではなく、世の中のグッドインパクトに自分も貢献することが価値になると思うんです。そういう人が増えると、世の中がポジティブに回っていくと思います」との展望を語っている。

井潟 正彦

立教大学大学院 ビジネスデザイン研究科客員教授

井潟正彦 Masahiko Igata
大手邦銀、外資系信託銀行、シドニー大学留学(MBA)を経て、野村総合研究所に入社。野村総合研究所アセットマネジメント研究室長、野村ホールディングス経営企画部次長、野村資本市場研究所研究部長、同執行役員、同常務、野村サステナビリティ研究センター・シニアフェロー(兼務)などを経て、2021年4月より株式会社 助太刀 常勤監査役。2016年度より立教大学ビジネスデザイン研究科特任教授、2020年度より同客員教授。金融審議会「投資信託・投資法人法制の見直しに関するワーキング・グループ」専門委員、経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」(通称・伊藤レポート)会議メンバーなども歴任。

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