連載 小倉邦彦の資産運用時事コラム 第40回 大学の資産運用促進・高度化に向けたガイドブックを読み解く〜NFRC古林部長(大学の資産運用の在り方に関する研究会委員)へのインタビュー
はじめに
インフレが恒常化し金利のある世界になり、多くの大学ではこれまでの「預⾦・債券中心」の運用では十分なリターンを確保しづらくなってきた。大学は経営・市場環境の変化を踏まえ、資産運用の多様化や高度化によって、中長期的な財務安定性を確保し、経営基盤を整備することが急務になっている。文部科学省(以下文科省)では「大学の資産運用の在り方に関する研究会」における有識者による議論も踏まえて、大学の財務状況等に応じた資産運用の在り方について経済産業省(以下経産省)と協働で大学の資産運用の促進・高度化に向けたガイドブック(以下ガイドブック)を取りまとめ、7月22日に公表した。
そこで今回の時事コラムでは、運用コンサルタントとして大学の資産運用にも精通し、同研究会の委員としてガイドブックの作成にも直接携わってこられた、野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティングの古林大輔フィデューシャリー・マネジメント部長にインタビューし、ガイドブックに関してさまざまな観点でのコメントや見解を伺った。
※古林氏の発言は個人の見解に基づくものです

野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング
フィデューシャリー・マネジメント部長 古林大輔氏
1.ガイドブック作成の背景や目的
小倉:本日はよろしくお願いします。古林様はガイドブックの作成に関わってきた「大学の資産運用の在り方に関する研究会」の委員でもいらっしゃいました。ガイドブックの冒頭にも作成の背景が記載されていますが、文科省がこのタイミングでガイドブックを作成しようとした背景や、ガイドブックが作成された目的について教えてください。
古林:背景についてですが、まずは高等教育を取り巻く環境の変化があります。少子高齢化、人口減少は以前から言われてきたことですが、学生人口が今後目に見えて減っていくことが明らかになっていますので、何か対策を講じる必要があると、文科省は以前から訴えてきました。大学の重要な収入源となっている補助金も減額する方針を明確に伝えています。
そこに三つ目として加わったのが、投資環境の変化、つまりインフレの高まりです。これが本当の意味での引き金、大きなきっかけになったと思っています。最初の二つだけでは、株式などのリスク運用に踏み出す大学は限定的でした。しかし、インフレは年度予算に大きな影響を与えますので、事務局レベルでも経営層でも意識が大きく変わってきているというのが今の状況です。
文科省としても、資産運用は必要だと以前から言ってきたことではありますが、一方で、過去の通達等も含めて資産運用に積極的な発信をしていたわけではないので、一部で誤解が生じている状態でした。リスク運用を妨げていないのに、妨げていると思われてしまっていたわけです。
そこを是正しつつ、一方で、これから運用を促進・高度化していく大学が増えていくことは明らかでしたので、むやみに走られても困る。ある程度、走る方向性をガイドブックという形で示していきたいということで、この作成が企画され始めたわけです。
2.ガイドブックの位置付け
小倉:各大学はガイドブックをどのように利用することが期待されているのでしょうか。
古林:ガイドブックの中では、まず国立大学、私立大学、公立大学に分けてまとめられています。大学の属性によって運用に関する制約も異なりますので、状況は各大学によって違うという前提があるためです。かつ、すべてに何か正解があって、それに向かって取り組んでほしいという意図でもありません。学内で運用の目標やリスク管理のあり方をきちんと議論した上で、目標を立てて運用してほしいと文科省は考えていますので、各大学それぞれに適した形を、それぞれが考えてほしいということです。そのために、大学ごとの状況や今抱えている課題をまとめて発信しているという立て付けになっています。
小倉:位置付けに関連してですが、確定給付企業年金(DB)における資産運用ガイドラインとの違いについても伺いたいと思います。DBの資産運用ガイドラインは法的拘束力のない通達ですが、監督指針に準じた扱いとなっており、実務上DBはこれに準拠していく必要があります。一方で、ガイドブックは研究会報告書※にも「本報告書及びガイドブックは、大学に一律の運用手法を推奨するものではなく、あくまでも、それぞれの大学が自律的かつ責任ある判断を行うための共通認識と論点整理を示すものである。」と記載されています。いわば「参考書」のような位置付けでしょうか。
古林:そうですね。これを押し付けるつもりはないというのが文科省、経産省の立場です。今検討すべきテーマ、留意すべき点、今後取り組んでいくにあたって参考になる事例など、ヒントを網羅した形になっています。従って、財務を含めた事務局の皆さまが手元に置いて参考書としていただくこともそうですし、理事会を含めた経営層の方々にもしっかり目を通してほしいという意図を強く持っています。
3.大学の資産運用における現状と課題
小倉:ガイドブックでは文科省の実態調査結果を基に、国立大学法人・公立大学法人・学校法人(私立大学)それぞれにおける資産運用の現状と課題について示されていますが、古林様から見た、国立大学や私立大学それぞれにおける資産運用の課題について教えてください。
古林:国立大学のほうがメッセージは明確です。国際卓越研究大学の課題でもありますが、資産の成長の目標が示されています。かつ、それに伴う体制の整備もこのように立てていってほしいという明確なメッセージが降りてきていますので、各大学にとって最適かどうかは別の議論になりますが突き詰めていけばそこを目指すという道筋が、ある程度明確になってきているのかなというところです。
その方法として、CIOを内製化するパターンと、外部のCIOを使うパターンの二つが出てきていますが、共通した課題は、安定して運用人材を登用し続けるという点です。大学基金運用はポートフォリオ運用であり、本当に長期的な運用になりますし、かつ学内のガバナンス構造も複雑で重厚です。これをうまくマネジメントできるCIOを常に雇い続ける必要があるというのは、かなり大変なことだと思います。
学内で育成するという方法もありますが、特に国立大学においてはこれが結構難しいです。給与体系が厳格であると共に、定期的な人事ローテーションがどうしても必要になりますので、近しい部署への異動を重ねていくといった工夫をしながら、皆さん乗り切っているという状況で、このあたりの課題はまだクリアになっていないと思っています。
私立大学のほうは、運用人材の問題はもちろんありますが、そもそも運用をどうしていくかという道筋が大学によってかなり異なります。いざやろうとなったときに、モデルケースもあまりありませんし、多くの大学は外部への情報開示を積極的に行っていませんので、参考になる事例もそれほどない。走り始めるための材料があまりないというのが、今の問題というところです。ある程度は、金融機関からの出向者など外部から招聘した方にマネージしてもらうこともあり得るでしょうが、まだその部分の課題は大きいと思っています。
国立・私立を問わず共通するのは、寄付金も含めた運用資産をいかに増やしていくかという点です。日本は米国ほど寄付文化が浸透していませんので、なかなか寄付が集まりません。集まったとしても、使途を限定して寄付を募集する形が一般的です。
小倉:創立100周年を機に校舎を新築し学科を新設するので、OBの方は寄付をよろしくお願いしますというパターンですね。
古林:はい。寄付を募っても使い切ってしまうというのが今の寄付の大多数です。そうではなく、将来世代のためのエンダウメント型寄付を促進していくようなストーリーを作っていったり、税制面も含めた国からの支援があるといいのかなと思っています。
4.大学の資産運用に関連して把握しておくべき概念:AOPとフィデューシャリー・デューティー
AOP
小倉:ガイドブックでは「大学において 資産運用を行う場合には、AOPの受入れを伴うことが望ましい」として、AOP受け入れを推奨していますが、大学のAOP受け入れはJSTも含めて7月末で39件とDBの275件と比べても、受け入れが進んでいるとは言えない状況です。この背景は何だとお考えでしょうか。また、ガイドブックの普及によりAOP受け入れも進むでしょうか。
古林:そもそもリスク運用をしている大学がそれほど多くないという点があります。私立大学では、500億円以上の運用資産規模から株式運用等が増えてきており、それより小さいところは債券、預金中心というのが実態です。私学全体では、文科省の集計で609法人あるうち、500億円以上は46法人です。しかもこの46法人も二極化していて、500億円以上あっても大部分が現預金中心というところもあります。AOPを受け入れる母数がそもそも大きくないわけです。受け入れが十分進んでいるわけではないことは事実ですが、今後は増加していくと考えています。
小倉:その中で見れば、むしろよく受入れが進んでいるという事ですね。
フィデューシャリー・デューティー(受託者責任)
小倉:ガイドブックで「大学の中には、「大学にはフィデューシャリー・デューティーがない」といった声も聞かれる」と敢えて言及されていますが、これは「他社から託されたものではない大学自身の資金を自身のために運用している」というような考え方があるということでしょうか。
古林:その通りです。運用している資金の属性が大学によってまったく異なっていまして、たとえば学費収入等の、大学事業として自助努力で生み出した余資を運用している大学もあります。その場合、「我々の経営努力で生み出したお金を運用しているのだから、これにフィデューシャリー・デューティーはないでしょう」ということを言われるケースがあると認識しています。寄付金の運用においてこのようなことを言っている大学はさすがにありません。奨学金用の資金の運用であれば、当然、学生のためにという意識がありますので、何を運用しているかによって少し変わってくるのかなと思っています。
小倉:ここはやはりDBとはまったく違うところですね。
5.資産運用の開始・見直しに当たって検討すべき課題
運用目的・目標・方針
小倉:「運用目的、運用目標、運用方針の3点は、法人としての資産運用の基本スタンスを示す重要なものであり、理事長等のリーダーシップの下、理事会等として責任をもって検討・策定し、関係者間で十分に認識を共有することが重要である」と書かれているのはその通りだと思います。この書きぶりからすると、ガイドブックは運用担当者だけでなく、運用目的や運用基本方針を議論する理事会のメンバーにも理解してほしいものとして作成されたのでしょうか。
古林:そうです。これは明確に、財務部や経理部といった事務局担当者だけではなく、もっと上層部の人たちにもしっかり理解してほしいということで作られています。
小倉:また、「インカムゲイン(受取利息・配当金等)とキャピタルゲイン/ロス(売却による 損益+評価損益)を合わせた時価ベースでのトータル・リターンを把握することが重要である。特に、大学の資産は、本来的には永続的な教育研究活動を支えるものであることから、長期的な時間軸を前提とした運用が基本となることに留意が必要である」とガイドブックに書かれています。やはり大学運用でも長期運用のDBがそうであるように、キャッシュイールドだけでなく、キャピタルゲインも含めたトータル・リターン志向を目指すべきということでしょうか?
古林:学校法人には簿価会計が適用されていますので、トータル・リターンがあまり意味を持たなくなっています。かつ単年度会計の制度設計で動いていますので、当年度の収入と支出の帳尻が合えばそれがベストになるわけです。そうすると、ある程度確定的にいくら入ってくるかが見えていたほうが運用としては優秀で、かつその水準が高ければさらに良い、といった考え方で運用されやすくなります。しかし、そうなるとどうしても仕組債を含む債券中心の運用になりますので、そうではなく、今後のインフレを考えると、株式も含めたキャピタルリターンを狙っていく運用をしていきましょう、というメッセージがあります。そしてそれを通じて基金の規模も大きくしていくという格好です。
生み出された運用の成果をすべて当年度に使うのではなく、より中期的、長期的な計画を持って資産運用していくという発想に変えていこう、というメッセージが含まれています。大学としてもDBと同じように、実際の利子配当収入の水準だけではなく、キャピタルリターンも含めたトータル・リターンの追求を目指していってほしい、ということです。
小倉:基本的には簿価会計ではあるけれども、時価情報を拡充していくという方向ですね。
古林:そうです。決算報告書の附表に書くべきである、といった書きぶりになっています。しかし、その内容がまだ統一されていなかったり、項目が十分でなかったりします。実際に開示している大学でも、あまり有意義な情報が開示されていない大学もある状況ですので、今後の方針としてはここを明確化し、大学がより情報開示を強化していきやすいように体制を整えることになると思います。実際に今回のタイミングで『有価証券の時価情報等に関する情報提供の充実について』の通知が発出されました。
小倉:インフレ控除後の実質リターンは大学にとって重要ですが、DBではあまり耳慣れない概念と思いました。DBのコンサルタントもされている古林様からみて、DBも実質リターンを考慮する必要があると思われますか。あるいはDBは年金負債のコスト(必ずしもインフレ連動ではない)に合わせた運用をしているので、あまり考慮する必要はない概念でしょうか。
古林:これはなかなか難しいですね。DBの場合は、5年に1度の財政再計算で検証しますし、中長期的には制度変更ということで給付も予定利率も変更することが可能ですので、必ずしも実質リターンベースでの目標を立てる必要はないのではないかと思います。
小倉:多少のタイムラグはあるにせよ、インフレが長引けば給付改善も行われ、そうなると予定利率を引き上げなければならなくなりますし、下限予定利率も制度として決まっていますので、金利が上がってくればそれに連動して予定利率も上げざるを得なくなります。ですからDBの場合は、実質リターンを全面に出すところまではやらなくてもよい、ということでしょうか。
古林:はい。個人的には、DBは実質リターンベースで見なくてもよいのではないかと思っています。
資産運用を行う体制・ガバナンスの整備
小倉:ガイドブックでは善管注意義務にそれなりのスペースがさかれています。「結果責任ではなくプロセス責任である」を強調されていますが、善管注意義務違反への懸念から、損失発生時の責任追及を恐れて積極的な運用に踏み出せないというような風潮もそれなりにあるのでしょうか。いずれにしても、適切なガバナンス体制に基づき合理的な意思決定を行っていれば、単に損失が生じたことのみをもって責任が問われるものではないとの理解を浸透させることは、DBの場合も全く同じですが重要だと思います。
古林:いろいろな大学を訪問していて、この点を気にされているところはやはり多いと思います。言葉にされなくても「責任は取れない」とのニュアンスは伝わりますし、我々がコンサルタントとして入っている大学でも「分からないことは意思決定できない」という当たり前のことを理事会の皆さんはおっしゃいます。だからこそ、理事会は運用目標やリスク許容度の設定といった高位の意思決定と運用成果の評価を行うに留め、運用の責任は理事会レベルではなく、運用担当理事のレベルまで下げていく。理事会の合議ではなく担当理事レベルまで落として、その諮問委員会としての資産運用委員会が運用方針を決めていくという形にしていかないといけないと思います。どういうファンドに投資しますかというレベルまで正しく理事会全員の同意を得るのは、まず不可能です。それが、これまでは「何かあったときには理事会の責任である」となっていたわけです。しかも過去の事例では、損失に対して金銭的な補償を求める判例も出ています。
そこまでの可能性があるとなると、やはり責任は取れない、というのがこれまでの考え方でした。一部では、そこを飲み込んで理事長が決断して運用している大学もある、という格好だったわけです。しかし、それは資産運用の世界ではなかなか厳しいです。ガバナンス体制をしっかり作って合理的に意思決定していけば、結果として損失が発生してもそれだけをもって責任を問うことはない、ということを明確にしていくのは非常に重要なことです。これまでこうした点に触れたことは一切ありませんでしたので、きちんと明記すべきだという強い意見があり、このガイドブックに掲載される運びになっています。
運用状況の評価・情報提供(見える化)
小倉:ガイドブックでは資産運用状況の評価で以下の視点を重視しています。
・単年度・短期的損益ではなく、中長期的な視点で評価を行うこと
・インカムゲイン(受取利息・配当金等)だけでなく、キャピタルゲイン/ロス(売却による損益+評価損益)を合わせた時価ベースでのトータル・リターンによる評価を行うこと
・特に、インフレ環境下においては、実質的な資産価値の維持・向上という観点から、インフレ率を加味した実質リターンでの評価を行うこと
・リスクに見合った適切なリターンが得られているか否かという観点での評価を行うこと
インカムゲインだけでなくキャピタルゲイン・ロスも合わせた時価ベースでのトータル・リターンによる評価を強調されていますが、今後、リスク資産にも運用対象を拡大し運用を高度化していくのであれば極めて重要なポイントだと思います。また、「中長期的な視点での評価を導入し、運用目標との整合性を検証し、必要に応じてポートフォリオや運用体制を見直すといったPDCAサイクルを実行的に機能させることが可能となる」との記載も同じく重要なポイントかと思いました。この点に関して、古林様のお考えや何か補足説明などありましたら教えてください。
古林:大学は、これまでの文科省の指導も含めて、PDCAサイクルという言葉に慣れているという事情もあって、ここではPDCAサイクルを強調しているという経緯があります。やはり一度決めてしまうとなかなか覆しにくいというカルチャーが一部の大学にはあるのでしょう。従って、一度決めたことであっても定期的に検証して、必要に応じて変更していく、これが大事だということをあえて明記しているのは、そうした背景があると思っています。さらに、これを学内だけで回せるかどうかという問題もありますので、その際には外部の知見を活用していただくということも、併せて書かれているところです。
小倉:DBでは5年に一度の財政再計算を機に、ポートフォリオを一から見直しますが、大学でも同じように定期的な見直しが必要だということですね。
古林:そうですね。単年度会計の考え方というのは、そう簡単には変わりませんので、毎年、運用状況の定点観測と検証、見直しを行っていくというのが、大学にとっては一番は馴染みやすいといいますか、自然体でできる対応なのかなと思っています。
会計制度
小倉:上記と関係しますが、内閣官房/日本成長戦略本部事務局が公表した「新金融戦略」※でも「私立大学の資産運用・リスク管理の高度化に向けて、時価情報の記載を充実させるなど時価管理を促す仕組みを含め、私立大学における会計上の有価証券の取扱いの在り方の見直しを検討する。」とされています。ガイドラインでも39ページで私立大学の会計基準について記載があります。運用の高度化を進めていく上では、一足飛びに時価会計はないとしても、時価関連の記載充実は避けて通れない課題のようですね。
※2026年7月21日付で内閣官房(日本成長戦略本部事務局)が公表した「成長投資を促進するための金融戦略 資産運用立国のアップグレード」
古林:文科省も、各大学がどういう運用をしているかを詳細に把握できていなかったというのが課題としてありました。今回の「大学の資産運用実態把握等調査」で実施されているアンケートは、実は従来の質問項目をブラッシュアップして対応されているものでして、コモディティ、インフラ、不動産、プライベートデットといったところまで資産クラスを区分して行うアンケートを初めて実施されています。これまでは私学事業団が定期的に実施してきたアンケートが唯一といって良い統計データでしたが、追加の情報源として非常に有意義なものになったと考えています。こうした形で各大学が情報を開示し、世の中と共有することで、より透明性の高い運用をしてほしいという意図を文科省は持っていますので、外部への情報開示は今後一層強化されていくと思います。
その中で、時価関連の記載充実は一つの方法です。仕組債を減らしていきたいという思いがある中で、仕組債はテールリスクや流動性リスクがある、低リスクとは言えない、といった説明ではなかなか通用しません。しかし時価でも開示しなければならないとなると、仕組債の弱点が明確になる場合もあります。そうしたところも含めて、時価情報はなるべく開示させていきたいと考えているということですね。
小倉:自由民主党の資産運用立国議連も、時価関連情報の充実には非常に関心を持たれています。
古林:そうですね。実態をきちんとリアルタイムで把握できるようにしたいということも、後押ししているとは思います。
6.資産運用のさらなる規模拡大・高度化に向けて
共同運用によるスケールメリットの享受
小倉:新戦略策定のための資産運用立国推進分科会の議論では、多くの構成員から複数の大学による共同運用を積極的に促進すべきとの意見が出ていました。その後公表された「新金融戦略」では以下の様に課題も記載されていましたし、このガイドブックでの解説もやや慎重姿勢と感じられます。考え方はよいとしてもやはり実務上は解決すべき課題がいくつかあるということでしょうか。
「単独では体制構築が困難な大学においては、他大学との共同運用や外部専門家の知見活用(OCIOサービス等)も選択肢となる。これらに関し、大学や金融機関の意見も聞きつつ障害となっている点がないか点検し、必要に応じ環境整備を行う。例えば、法令や当局認定により実施可能な運用内容が異なる国立大学が運用高度化に向けて円滑に共同運用をすることができる環境整備を検討する。」
古林:これはどういう形での共同運用なのか、という点によります。本当の意味で共同運用をするとなると、うまくいっているときはよいのですが、損失が発生した際に、これを意思決定したのは誰だ、という問題になってきます。現時点では短期資金の共同運用の事例しか私自身は把握していません。
小倉:小規模な国立大学はJSTでまとめて運用、ということになるのでしょうか。
古林:JSTに関しては、まだそれができる体制になっていませんので、実際にできるのはまだまだ先の話、と聞いています。
小倉:DBの世界でも企業年金連合会の共同運用事業がありますが、多くのDBが利用しているかというと、そうでもありません。
古林:実際、いいプログラムを作ったとしても、本当に使えるのかとなると難しいでしょう。目標リターンで分かれていくというパターンだと、大学ごとにちょうどいい塩梅の目標リターンがあるのか、その目標リターンの中で大学として許容できる資産構成なのか、といったあたりがマッチしないと活用できません。
それに、本当に丸投げでよいのかという問題もあります。共同運用だから丸投げしてよいというわけでもありませんので、このあたりが各大学でまったく議論されていない状況です。「器ができました、では使います」、という話になるとは到底思えないですね。
小倉:個人的には、共同運用事業というよりも、小規模なDBが利用しているような信託銀行の合同口のバランス型運用を、規模の小さな大学に提供するのがよいのではないかと思います。低リスク、中リスク、高リスクといった形で、各大学の目標リターンや許容リスクに合ったプログラムを五つほど作って提供すれば、結構いけるのではないかと。
古林:それも、大学がリスク運用することが当たり前の世界になっていればよいのですが、そもそも川上の部分で、リスクを取った資産運用をするかしないかが決まっていない。目標もどれくらいか決まっていない。その状態で、「出来合いのものがあります」、と持って来られても、大学としては投資するという結論にはならないですね。いま多くの大学が求めているのは川上の部分です。どういう運用をしていきましょう、リスク管理をどうしていきましょうといった、設計のところを一緒にやってくれる人たちを、大学は求めている部分が大きいのかなと思います。それを助けるためのガイドブックでもあるわけですが、それを経てようやくプロダクトプッシュが通用する状況になってくると思います。ですから、いきなりプロダクトの話をしてもおそらく上手くいかないでしょう。共同運用においても、そのあたりをコンサルタントが各大学としっかりディスカッションしながら、では運用部分はこちらでこう落とし込みます、という体系であればよいと思うのですが、「我々の運用戦略のラインナップはこれですが、どれにしますか?」では、今の段階では到底難しいのではないかと思います。
資産運用の高度化
小倉:ガイドブックでは「株式やオルタナティブ資産などのリスク性資産への運用拡大に向けては、①長期的視点の共有、②長期投資に振り向けることが可能な資金の確保、③必要なガバナンス体制・人材の整備、④外部専門家(OCIO等)の活用などの観点で、一層の取組が必要である。」と記載されており、その通りだと思いますが、④にあるOCIOはDBでは総幹事制もあり思ったように普及していないのが現状です。貴社はOCIOプロバイダーでもありますが、大学では事例集でも取り上げられている東海国立大学機構のようにOCIOを採用することで、運用の高度化や運用体制の強化、人材育成を図るような事例が増えていくと思われますか。
古林:当社のOCIOは、ベースがコンサルティングであり、皆さんと一緒に運用目標や投資対象などを議論し、学内で意思決定した後に最後の執行の部分までやりますよ、という形です。OCIOといっても、何かプロダクトを押し込むようなものではまったくありません。
そうした形のOCIOであれば、学内向けの勉強会や情報提供、それから運用をどうしていくかという点について、本当に一から相談しながら作っていくことになります。並行して財務部の方々へのノウハウの提供といった人材育成も行いながら、中長期で大学が自立できるようにサポートしつつ運用していくというスタンスでやっていますので、そうした事例は今後も増えていくのではないかと思っています。特にこれから運用を始めていく大学において、我々のやり方は非常に重宝されていまして、国立・私立を問わず、今も引き続きお客さまが増えている状況です。
また、内製化されたCIOと我々OCIOが併存することも、パターンとしては今後出てきそうです。我々がすべてを代替するわけではありませんので、学内に意思決定者がいらっしゃる中で、我々が全部なり一部のアセットクラスのアドバイスと運用を合わせて一緒にやっていくというパターンも十分にあるのかなと思っています。CIOなのかOCIOなのかというよりは、その両者が共存するいわば「Co-CIO」のようなパターンがあるのだろうなと思っています。
小倉:運用戦略の選定だけではなく、どちらかというとコンサルティング的な要素が強い、ということですね。
古林:我々のアプローチではそうなります。もちろん全部お任せいただくことも可能なのですが、全部お任せできるアセットオーナーはやはりほとんどいらっしゃいませんので、今ある意思決定のプロセスの中に我々が入って、それを補強していく、もしくは一部を代替していくということをやっていて、それが比較的受け入れられている状態であると思っています。
小倉:取り組み事例では先進的な運用をされており、プライベートアセット投資も多いICUや上智大学、立命館大学が事例として記載されていますが、一定規模以上の大学に関しては、今後、株式やオルタナ資産等のリスク性資産の運用拡大に向けての一層の取り組みが必要であるということでしょうか。
古林:少なくとも、株式投資はしていきましょう、というメッセージはあります。中長期でインフレに勝つためにはやはり株式である、というところです。一方で、オルタナティブがすべて良いというわけではまったくなく、それは大学の状況に応じてきちんと判別してください、というところがあります。
7.経済産業省が果たした役割
小倉:最後の質問をさせて頂く前に、一つお伺いしたいことがあります。今回のガイドブック作成は経産省と文科省の共同事業ですが、経産省はどのような役割を果たされたのでしょうか。経産省が大学向けのガイドブック作成に共同で携わったというところは、素人的には少し奇異な感じがしました。
古林:経産省は事務局の中心になっていました。文科省は大学の属性ごとに管轄部署が異なりますから、その部署間の調整などを担ったのが経産省の方だと認識しています。
小倉:なるほど。経産省なので成長投資やベンチャーに運用資金を誘導しようとしているのではないかと穿った見方もしていましたが、そういう思惑は全くなく、今回は単純に他省庁のために汗をかいたということですね。
古林:その通りです。
8.ガイドブックの今後の展開
小倉:今後、ガイドブックは大学に広く浸透していくことが期待されていますが、これによりどのような効果が期待されますか。
古林:これは本当に題名のとおりです。実はこの題名も途中で変わったのですが、最初は「高度化に向けた」だけだったところに、「促進」が加わりました。この「促進」というのは、まだ緒についていない、債券の満期保有中心の大学が、まずは資産運用を始めてみようと取り組むこと。そして、すでにしっかり運用されている中で、さらにいろいろなアセットクラスへの分散といった高度化を目指していくこと。その両方の大学向けのメッセージということで、すべての大学が資産運用にしっかり取り組んでいってほしいという文科省の思いが込められたものになっています。
さらに、資産運用ができない理由がいろいろとあった中で、それを後押しする理事会向け、役員会向けの説明材料にもなりますし、役員向け勉強会の資料にもなります。事務局自身の意識を変えていくための材料にもなりますので、いろいろな階層で、また幅広い属性の大学で活用していただくことが期待されるものになっています。ここまでのものを文科省が出すのは初めてのことだと思いますので、時代の節目となり、取り組みのきっかけになることを期待しているところです。
小倉:私も熟読させていただきましたが、ガイドブックは非常によくできていると思いました。漏れがないと言いますか、あらゆることが分かりやすく書かれていますので、特にこれから資産運用を始める大学にとっては、バイブル的なものになっていくのかなと思います。本日はご多忙にもかかわらずインタビューに応じて頂き有難うございました。

おわりに
今回インタビューに応じて頂いたNFRCの古林部長と筆者は10年近いお付き合いになる。2017年に三井物産連合企業年金基金に常務理事として着任した際に、同氏は担当の運用コンサルタントであり、当時、年金運用に関しては素人同然の筆者は、古林部長から何度も手ほどきを受けたのを覚えている。
同氏はその後、大学の運用コンサルティングにも携わるようになり、今では大学の資産運用に関してはコンサルティング業界でも指折りの存在である。冒頭でも紹介したように「大学の資産運用の在り方に関する研究会」の委員としてガイドブック作成にも直接携わってこられた。そのような背景もあり、ガイドブックに関する多岐にわたる質問にも全て的確に答えて頂き、ガイドブックに関する理解が深まった。古林様には改めて御礼申し上げたい。
ガイドブックは大学向けに作成されてはいるものの、アセットオーナーが資産運用をするにあたっての必要な事項が網羅的、体系的に纏められており、大学における運用実態等も分かるようになっているので、DB関係の皆様も、是非一読されたい。また、同時に公開された「大学の資産運用の在り方に関する研究会報告書」は、研究会での議論の概要等が分かるようになっているので、是非ご覧いただきたい。
以 上
参考資料
大学の資産運用の高度化に向けたガイドブック
大学の資産運用実態把握等調査の結果
大学の資産運用に関する取り組み事例集
大学の資産運用に関するチェックリスト
大学の資産運用の在り方に関する研究会報告書