国からの助成金削減や少子化の進行、インフレの高止まりによって、日本の大学経営は構造的な転換点を迎えている。自己財源の多様化が急務となる中、その最前線に立つのが寄付金だ。大学基金の運用高度化が加速するいま、その原資にもなる寄付金のあり方は無視できないテーマとなりつつある。この分野に先進的に取り組んできた国際基督教大学(ICU)の藏本雅史氏と吉良綾乃氏に寄付に関する課題と工夫を、そして澤田陽介氏に基金運用との関係についてそれぞれ聞いた。
少人数制で質の高い教育を提供
少子化が進む中でも選ばれる大学へ
――まず、ICUがどのような大学なのか教えてください。
藏本 ICUは1953年に開学(献学)した、国内初のリベラルアーツ大学です。戦後、日米のキリスト教関係者が「日本で平和に貢献する人を育てるキリスト教大学を設立しよう」という強い思いのもと、キリスト者・非キリスト者を問わず数多く寄せられた寄付を基に設立されました。現在の学生数は約3200人、学部は教養学部のみという小規模な単科大学で、2025年度の事業活動支出も約123億円です。
ただ、小規模だからこそ、学生生活を通して一人ひとりの「顔が見える」質の高い教育を提供できることがICUの強みと自負しています。少人数による対話形式の授業、全学生の約3割が利用する寮生活での人間関係、自然豊かなキャンパスや施設を使った活動など、リベラルアーツ教育の実践に向けた環境の充実を図っています。
裏を返せば、そのぶん教職員の人件費がかさんでしまう上、建物の施設管理費などのキャンパスを維持するコストも多額です。実際、教育活動収支は毎年10~20数億円の赤字が続いています。しかし、授業料を極端に引き上げれば学生の多様性がそがれ、対話を重視するICUの学びの質を低下させかねません。このため、ICUでは、これまでも寄付金は、寄付を基にした大学基金の運用益とともに重要な資金獲得手段と位置付けられてきています。
全国の私立大学の経営環境をみると、大学入学対象層の18歳人口が急減する、いわゆる「2026年問題」があるなど、少子化が及ぼす影響は深刻です。私立大学の半数以上がすでに定員割れとなり、2040年に私立大学数を4割ほど減らす案が財務省から示されている中、これからは高校生に選ばれない大学は淘汰される時代が到来する恐れは否めません。授業料に頼らない寄付金や基金の運用益といった外部資金の重要性は、今後の私大経営にとってさらに高まるでしょう。

――貴学の外部資金のなかで、寄付はどのような位置づけでしょうか。
藏本 先ほど申しましたように、ICUは寄付を基に設立された経緯があります。例えば、ICUの三鷹キャンパスは多くの方々からの寄付で購入した土地ですし、設立当初の教職員給与などの運営費も寄付で賄われていました。運用を担う大学基金も、寄付で取得したキャンパスの一部を売却した資金がベースになっています。寄付者である卒業生にとって、寄付とは、「献学の精神を次世代へ引き継ぐ」ものであるとともに、単なる「資金援助」を超えた「教育と研究の質を維持し、未来への投資を加速させるためのエンジン」との認識が共有されています。
アラムナイ・ギビング・サイクルを掲げ
卒業生との長期的な関係構築を目指す
――それでは貴学の募金事業の概要について教えてください。
藏本 ICUの募金事業「Friends of ICU」は1994年に発足し、近年の寄付受入額は2~3億円程度で推移しています(図1)。寄付の内訳を見ると、件数と金額のいずれも卒業生をほとんどとする個人の方々からの支援が厚いことが特徴です。他大学のように、積極的なファンドレイジングで単発の寄付をどんどん募るというよりも、卒業生に対して少額でもより長く寄付してもらうことを重視しています。
この考え方の背景にあるのが「アラムナイ・ギビング・サイクル」という理念です。ICUで質の高い教育を受けることができた卒業生に対して、社会へ出た後に次世代のために大学に寄付という形で恩を返してもらい、大学はその寄付を使ってさらに質の高い教育を提供することを目指すものです。
このサイクルを強化していくには、いかに卒業生に対して大学へのエンゲージメントを高める施策を実施できるかが鍵であると考えます。このため、3年前にファンドレイザーを採用したほか、私自身も本学にて募金担当の理事として携わるようになりました。
吉良 募金事業の体制面は7名と比較的少数で、ファンドレイザーは1名だけです。だからこそ、誰にどう働きかければよいかを見極めるターゲティングと、それを形にする企画力が求められています。私自身は宗教音楽センターのグループ長も兼務しており、大学が有するオルガンを使ったコンサートでの寄付受け入れなども担当しています。

――寄付を集めるための戦略についても教えてください。
藏本 大きく三つあります。第一に、高額・継続的な寄付者との関係を維持すること。第二に、これまで寄付をしたことがない、または寄付の経験が少ない寄付者に関心を高めてもらうこと。第三に、遺贈・相続への対応です。
第一については、寄付者のほとんどを占める卒業生とのつながりを維持・強化することに注力しています。寄付にかかわらず大学の取り組みを広く知ってもらうような情報発信や卒業生目線でのイベント企画など、さまざまな工夫をしながら良い関係を維持するよう取り組んでいます。また最近では同窓会(9月から校友会に改編)との一体運営も進めており、同窓会事務局業務を大学が請け負ったり、寄付者と卒業生のデータの一元管理化を実現したりしました。
また、他大学の同期会やOBOG会は、卒業年から起算して開催することが一般的ですが、ICUは入学年から数えた周年イベントを開いています。これは、ICUでは伝統的に、入学直後に始まる少人数の語学プログラムのクラスメイトとの結び付きが強いことを考慮したものですが、卒業後に連絡先が途切れやすいことを踏まえ、少しでも早い時点で再び接点を持つことも狙っています。
吉良 第二の例としては、2025年12月まで行われた本館改修募金が挙げられます。本館はどの世代の学生も必ず授業を受ける場所ですから、本学を象徴する建物の一つです。そこで、1万円以上の寄付者のお名前を顕彰板に刻む形とし、寄付経験のない卒業生に対し、寄付への心理的ハードルを下げることを狙いました。結果は1962件の寄付に対して約35%が初めての方で、狙い通りの成果といえます。寄付に一歩を踏み出してもらえれば連絡先が把握でき、継続的な情報発信を通じてさらなる寄付の可能性を育てていけます。
第三の取り組みについては、現在の卒業生をみると、開学時に18歳だった一期生が90代を迎えるなど、「遺贈・相続」を真剣に考える時期を迎えていることから、近年力を入れています。こうした世代の卒業生は今でもICUに定期的に集まるほど本学に対する愛着を持っています。その思いを形にしていただけるような取り組みを強化しています。
奨学金制度の拡充にも
寄付と基金運用の両輪を生かす
――寄付は、どのように活用しているのですか。
吉良 募金の使途は「大学に一任」「学生への寄付」「キャンパス整備への寄付」「文化活動への寄付」「教育研究資金」に大別されます。文化活動やキャンパス整備への寄付は基本的にフロー型で、少しずつ蓄えて大きな修繕などに充てます。私が担当する宗教音楽も、この文化活動支援の一項目です。礼拝堂内のものを含め4台のパイプオルガンがあり、維持には費用がかかりますので、その都度いただく寄付と合わせて修繕に充てています。
学生への寄付は、授業料を理由にICUを諦める高校生を出さないよう奨学金の原資として活用しています。「ICU Peace Bell奨学金」はこれまで100万円給付していたものを入学金・授業料・寮費全額免除にしました。「ICUトーチリレー High Endeavor奨学金」は入学金と授業料の3分の1を原則4年間免除するもので、収入制限はありますが一般選抜合格者の採用枠制限はありません。2024年度からは、1都3県以外の高等学校出身者を対象に入学金と授業料の3分の2までを4年間免除する「ICU Cherry Blossom 奨学金」制度も始めました。
奨学金向けにいただいた寄付は「Pay Forward基金」という奨学金専用の基金に積み増しており、この基金の運用でリターンを稼ぐほど奨学生を増やせる設計になっています。こうした奨学金制度を充実・拡張させているのは、献学当初の思いを現代にもう一度よみがえらせたいからです。経済的には苦しくとも頑張っている学生が入学してくれれば学生の多様性が広がり、キャンパスライフや学びの質も上がると考えています。
――貴学の基金運用についても教えてください。
澤田 基金の時価残高は約813億円(2026年3月末時点)と、大学の規模に比べて大きいです。この基金も原資は当然ながら寄付金です。その寄付金で購入した土地を、かつて東京都から野川公園を作るために購入したいとの申し出があった際に売却し、代金として受け取った東京都債が大きな益を生んだことに由来します。目標リターンはインフレ+4%です。運用しなければ大学経営が成り立たない一方、リスクを取っている分だけ果実も非常に大きい。仮に年率10%の収益が出れば、それは大学の単年度の支出の3分の2程度に相当します。この緊張感がICUの運用の特色です。
大切な寄付を原資とする以上、資金を減らさないことはとても重要ですが、長期的にリターンを稼ぐためのリスクは落とさないことを心掛けています。投資元本割れの状態で売却せざるを得ないような状況にはならないよう、アセットクラスや運用期間で分散投資を行いつつ、流動性プレミアムなど長期投資のメリットを生かしてリターンを追求します(図2)。

学校法人会計では簿価ベースでの評価が基本です。他大学では単年度の収益を重視する例が多いと聞きますが、ICUは年金基金と同様に時価ベースでパフォーマンスを測定し、長期的に質の高い教育水準を維持した大学運営を支えられるかという観点から運用しています。
人事・財務部財務グループ 主査 澤田 陽介 氏
少人数ならではの強いコミュニティ
基金運用と寄付は長期目線で
――ファンドレイジングの今後の課題は何でしょうか。
藏本 まずは、先ほどのアラムナイ・ギビング・サイクルのさらなる強化です。今後とも、卒業生のエンゲージメントの向上に向けて不断の取組みが必要と考えます。
次に、企業の方々との関係強化です。ICUの寄付者のほとんどが卒業生であることはある種強みですが、逆に言えば、資金の出し手の多様性に乏しいことを意味します。現在でも継続して寄付をいただく企業の方々はいらっしゃいますが、大手から地元の中小企業まで、ICUに関心を持つ企業を着実に増やし、その関係を構築・深化させていくことが今後の課題です。結果として寄付につながらなくても、こうした取り組みがICUサポーターの増加につながればよいと考えています。
具体的には、担当者が卒業生が働く企業を直接訪ねて、自然共生や積極的なSDGs活動といったICUならではの価値観を共有できないかを探っています。そうした中で、ロシアのウクライナ侵攻時には、ICUはウクライナ学生を受け入れることとしましたが、その資金の一部を資生堂様にご支援いただき実現することができました。今後とも良いアイデアは、失敗を恐れず実行し、育てていくことが大切だと考えています。
――今後の展望についてもお聞かせください。
藏本 ICUの最大の強みはやはり卒業生の色あせないネットワークですから、これを活かした施策に引き続き注力していきたいと考えています。1学年600人ほどの少人数ゆえ、学生同士では授業や寮、課外活動を通じて深い関係が築かれます。われわれが卒業生に対して何かアクションを起こす際にも、卒業生同士が声を掛け合ってくれる母校愛は大きな資産です。
このネットワークは、今すぐに何かの成果に結びつくというわけではありませんが、5年後・10年後に必ず大学を支える力になります。まさに基金運用で目指す長期目線と軌を一にしているのです。人を動かすには気持ちを動かすことが必要です。だからこそ、このネットワークを大切にしながら、献学の精神を引き継いでいきます。
――本日は貴重なお話をありがとうございました。