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金利ある世界、その先へ

大手邦銀・大手地銀の経営者報酬を巡る新たな論点
2026年6月8日
佐川 裕一 /  シニアディレクター 経営者報酬・ボードアドバイザリー

金利正常化、規制動向や競争環境の変化を背景に、わが国の銀行の経営者報酬には、経営戦略との整合性が改めて問われている。本稿では「金利ある世界」への移行に向けた五つの論点を整理のうえ、企業価値やリスクガバナンスの観点からの示唆、報酬委員会が検討すべきチェックポイントの例を提示したい。


日本の銀行業界を取り巻く経営環境は、明確な構造転換の局面に入っている。2024年3月の日本銀行によるマイナス金利政策解除を起点として、金融政策は「正常化」の段階へと移行しつつあり、貸出利鞘の改善を通じて、メガバンクをはじめとする大手銀行グループ(以下、大手邦銀)や大手の地域金融機関(以下、大手地銀)の収益環境には追い風が生じている。

もっとも、株主・投資家や規制当局の関心は、金利上昇という外生要因による短期的な利益増加そのものではない。その局面を、いかに中長期的な企業価値向上へと結び付けられるか――そのための経営判断と説明責任のあり方が、これまで以上に問われている。そして、このような経営環境の下、どのようなインセンティブを経営者へ付与するのか、すなわち経営者報酬制度のあり方が、短期志向に偏らず中長期の価値創造を促すうえでの重要な論点として浮上している。

このような問題意識のもと、本稿では「金利ある世界」への移行というマクロ環境の変化、ガバナンス改革の進展、ならびに競争領域の拡張などの観点から、大手邦銀及び大手地銀の経営者報酬制度を巡る五つの論点を整理のうえ、その各々につき、報酬委員会として監督の観点から確認すべきチェックポイントを例示する。

論点1:法令・ガイドラインの変化が促すビジネスモデルの再定義

収益環境が改善した「いま」だからこそ問われるのは、増収増益によって得られた経営資源を、どの領域へ、どの時間軸で再配分していくのかという経営の意思である。短期的な規模・シェアの拡大や利益最大化を優先するのか、あるいは将来性が見込まれる新規ビジネスや人的資本への投資を通じた持続的成長を志向するのかによって、経営者報酬制度のあり方も大きく異なる。

この文脈において重要性を増しているのが、2026年5月施行の「事業性融資の推進等に関する法律」である。同法は、不動産担保や経営者保証への過度な依存を是正し、企業の将来キャッシュフローや無形資産を含む事業価値全体に着目した融資を後押しする枠組みであり、その中核として「企業価値担保権」が位置づけられている。大手邦銀及び大手地銀には、これを活用した、スタートアップ企業や成長企業に対する融資・投資・コンサルティングの総合力を活かした金融サービスの拡充が期待されている。

加えて、特に大手地銀においては、金融庁が2025年12月に公表した「地域金融力強化プラン」との関係も重要である。同プランが要請する、投資ビジネスを主軸とした事業者支援や地域経済の持続的成長への貢献は、従来の「融資」のような短期の時間軸では捉えきれないことから、事業計画やパフォーマンス評価においても中長期的な視点をどのように組み込むかが問われる。

このような経営環境の下では、短期的な収益拡大そのものよりも、経営者として「どのような経営判断が、どの時間軸で企業価値向上につながるのか」を説明できるか否かが、これまで以上に重視される。そして、新たな経営方針・戦略とアラインした経営者報酬制度こそが、その価値創造ストーリーをステークホルダーへ伝えるシグナルとなる。その実効性を確保するためにも、報酬委員会においては、金利マーケット動向等の環境要因による「増益」と、経営判断が奏功した結果としての「企業価値向上」とを峻別して見極めつつ、経営陣に対する的確な目標設定と動機付け、及びそのパフォーマンス評価を行うことが重要なミッションとなる。

報酬委員会による監督のチェックポイント(例) 

  • 「金利ある世界」における経営計画との整合性を踏まえた報酬水準・構成
  • 新たなビジネスモデルの成果創出までの時間軸を反映した長期インセンティブ設計
  • 環境要因による収益の変動と、経営判断に基づく価値創造を区分したパフォーマンス評価

論点2:ガバナンス改革と資本効率性の報酬制度設計への反映

東京証券取引所の「資本コストや株価を意識した経営」の要請により、現在では大手邦銀や大手地銀を含む多くの企業が、ROEやTSRに代表される資本効率・株主価値指標を採用している。

経営者報酬制度において重要なのは、これらの指標を形式的に導入しているか否かはでなく、それらを用いて「何を評価し、どのような経営判断に対して報いるのか」を説明できるかどうかである。業務粗利益や当期純利益といった短期的業績に偏らず、資本効率・株主価値の中長期的な向上につながる経営資源配分(成長投資・株主還元)への取り組みを、長期インセンティブも含む経営者報酬の枠組みのなかでどのように評価するのかは、株主・投資家との対話においても不可欠な論点となっている。

昨今のガバナンス改革の潮流に鑑みれば、経営者報酬制度において、これらの指標の「結果」だけでなく、そこに至るまでの「プロセス」、すなわち戦略的な経営資源配分の実効性を、定性面も含めてどのように評価すべきかといったテーマを、報酬委員会で議論することも有効である。結果のみを重視するあまり、近視眼的な手法(例:性急な自社株買いの決定等)に過度に依存して指標を改善するといった行動を抑制しつつ、プロアクティブな成長投資の検討を促す観点からも、プロセスの評価は有用である。

とりわけ大手邦銀及び大手地銀におかれては、そのような「プロセス」の評価対象として、「政策保有株式の縮減」を採り上げることも一案である。両者にとり、これは資本効率とガバナンス改革の中核的な課題であり、その進捗には投資家も高い関心を寄せている。他方で、その実行には短期的な損益や取引関係への影響を伴うことから、経営としての明確な意思と一貫した説明が不可欠である。そのため、この経営判断を後押しするうえでも、縮減目標(残高や売却ペース等)を経営者報酬のKPIとして設定し、その達成状況のみならず、縮減に至る検討プロセスの妥当性なども含めて定性評価する枠組みとすることが検討に値する。

報酬委員会による監督のチェックポイント(例)

  • 資本効率向上への取り組みを促すKPIの選定とその制度設計
  • KPIの結果のみならず、そのプロセスも含むバランスのとれた評価(例:政策保有株式の縮減)
  • 制度設計およびKPIに関する投資家との対話の内容と、その反映状況

論点3: 業務範囲拡大に伴う報酬ベンチマークの再定義

銀行の競争相手は、もはや国内銀行同士に限定されない。特にデジタル、決済、資産運用、投資ビジネスなどといった分野では、金融業を傘下に擁するグループ経営を営む大手事業法人、外資系を含めたテクノロジー企業や投資ファンド等との人材獲得競争が、今では現実のものとなっている。

さらに最近では、銀行に対する出資規制(対象・比率・期間)の緩和に向けた検討に加え、銀行持株会社から、より事業投資の自由度が高い「事業持株会社」への移行解禁についても、全銀協による提言等を踏まえ検討が進められている。この方向性が現実味を帯びた場合、経営トップに求められる役割は、従来の銀行経営の延長にとどまらず、複線的な事業ポートフォリオの最適化や、非金融領域を含む成長戦略の設計へと拡張していくことが想定される。

このような展開を見据え、報酬委員会においては現段階から(大手邦銀においてはグローバルも視野に入れつつ)、異業種を含めた幅広い視野でのベンチマーキングに取り組むことが有用である。

また、事業持株会社への移行を見据えれば、グループ横断的な報酬ガバナンスの整合性も重要な論点となる。持株会社(HD)と金融子会社(銀行・証券・信託等)、さらには将来的に拡大が見込まれる非金融子会社との間で、個社最適とグループ全体最適との乖離が生じるリスクも勘案し、報酬体系の基本的な考え方や方向性を揃えておく必要があるからである。そのためには、グループ共通の報酬フィロソフィーの整理、主要ポストの職責を横断的に測る評価基準(グレーディング)の見直し、資本効率やリスク調整後損益等のグループ共通指標を踏まえたKPI設定などを通じ、報酬設計の軸を明確化することが有効である。あわせて、これらを実効的に運用する観点から、HDの報酬委員会が各社の制度設計・運用にどの程度関与するかについても整理が求められる。

報酬委員会による監督のチェックポイント(例)

  • 業種の「壁」を越え、異業種の成長企業を含めたピアグループの選定
  • 異業種との人材獲得競争を踏まえた報酬水準及び構成の検討
  • (将来的な)事業持株会社移行を見据えた、グループ全体の報酬ガバナンスのあり方の検討

論点4:グローバル人材戦略を踏まえた制度設計のモニタリング(大手邦銀を中心に)

グローバルな事業展開やM&Aを伴う成長戦略を志向する大手邦銀にとって、経営者報酬制度は、その成否を左右する「人材戦略」の根幹を成すものといえるだろう。

近年では英国において、2008年のリーマンショック後に導入された銀行向けのボーナスに係る規制(上限規制、支給繰延義務、等)が緩和され、主要銀行の経営陣(CEO、CFO等)や高度スキル人材の報酬水準及び構成の競争力が大幅に高まりつつある。こうした英国の動きは、ロンドンを拠点とする金融機関にとどまらず、グローバルな人材マーケット全体に波及し、長期インセンティブを中心とする報酬ミックスのベンチマークを引き上げる可能性がある。そのようになった場合、グローバル経営人材の獲得及びリテンションを巡る競争環境は、今後さらに厳しさを増すことが想定される。

このような環境を踏まえると、大手邦銀においては、報酬水準や業績連動比率の高低を論じる前段階として、海外主要国の規制動向や主要各行における制度設計のトレンドをモニタリングし、そのエッセンスを、自社のグローバル人材戦略に照らした報酬制度へどのように反映させていくのかを議論することが望まれる。特に、長期的な価値創造を担うグローバル経営人材(例:外国人の取締役・執行役員、海外主要拠点の経営トップ、等)に対し、報酬を通じて、どのような「指標」と「時間軸」で成果と責任を共有し、そのコミットメントを引き出すのかについては、経営戦略と一体化した検討が不可欠である。

報酬委員会による監督のチェックポイント(例)

  • 欧米のグローバル金融機関をスコープに含めたピアグループの選定
  • 長期インセンティブの制度設計の国際比較(構成比率、評価期間、KPI等)
  • グローバル人材戦略と整合した制度設計、及びそれに対する株主・投資家からのフィードバック

論点5:インセンティブ強化に伴うリスクへの対応やガバナンスの実効性 

経営者報酬における業績連動のインセンティブが持続的な企業価値創造に資するためには、過度なリスクテイクを抑制する仕組みとの両立が不可欠である。その意味では、報酬制度の競争力強化と並行して、報酬委員会によるガバナンスの実効性がこれまで以上に問われている。

実際に、米国や規制緩和が進んだ英国の主要銀行では、高い業績連動性を許容しつつ、社外取締役のみで構成された報酬委員会がリスクテイクを適正な水準にコントロールする役割を担っている。そこでは単年度の業績にとどまらず、中長期的な価値創造やリスクを勘案した多面的な評価が行われているほか、将来的なリスク顕在化に備えたマルス・クローバック条項の導入も一般化している。さらに米国の主要銀行では、報酬委員会が経営陣のパフォーマンス評価やサクセッションプランを報酬制度と一体的に議論することに加え、リスク委員会との連携を通じ、報酬制度がリスクアペタイトと整合的に設計・運用されているか(すなわち、過度なリスクテイクを誘発していないか)を検証する枠組みも定着している。

また上記に加え、先行き不透明な環境のもとでは、リスクや外部環境の変化を踏まえたパフォーマンス評価の精緻化が重要となる。実際に米欧の主要銀行では、ROE等の評価指標に加え、リスク調整後指標(例:Risk-Adjusted Return on Capital等)を参照したり、金利上昇を含む外部環境の影響を排除した競合他社との相対比較(例:relative ROE)などを併用することで、経営の実力をより客観的に評価する実務がみられる。「金利ある世界」への転換を踏まえれば、金利上昇による収益押上げと経営判断による付加価値創出とを峻別する視点は、わが国でも必要となり、上記のような米欧の事例も参考になると思われる。

これに加え、「ミス・コンダクト」や「サイバーセキュリティ」といったリスクへの対応も、昨今改めて注目されている。これらはレピュテーションの毀損、さらには信用・市場・流動性リスクへも波及する重大リスクであることから、経営の関与を高めるうえで、コンプライアンスや内部統制、顧客対応等への取組みを評価項目に組み込むことが有効である。実際に米欧の銀行では、過去の不正事案を契機としてこうした要素を評価項目に反映し、トップの姿勢の明確化とリスクカルチャーの強化につなげる動きがみられる。

以上を踏まえ、経営者報酬制度を、不透明な環境下でも経営者のリスク選好や経営判断へ規律を与える仕組みとするためには、報酬ガバナンスの実効性確保、リスクや外部環境要因を踏まえた実力ベースのパフォーマンス評価、ならびに重大リスクへの対応やリスクカルチャー醸成を促す評価設計につき、多面的に検討していくことが重要である。

報酬委員会による監督のチェックポイント(例)

  • リスク委員会等との連携を含む報酬ガバナンスの実効性確保
  • リスクや金利変動等の外部環境要因を踏まえた業績・資本効率の実力ベースでの評価
  • 重大リスクへの経営の関与度を高め、リスクカルチャーの醸成につながる制度設計

終わりに: 経営戦略と経営者報酬とのアラインメントの確保に向けて

経営者報酬は単なる処遇の体系ではなく、経営者がいかなる時間軸で価値創造に向き合い、どのような経営判断のもとで成果とリスクに責任を負うのかを、社内外に示すシグナルである。

大手邦銀及び大手地銀は現在、「金利ある世界」への移行とともに、法令・規制の変更、競争環境の激化、ガバナンス改革の要請といった多様な構造変化に直面している。そして、これらを踏まえた新たな中長期の戦略目標を掲げる一方で、経営者報酬制度のコンセプトがそれと整合していなければ、組織として目指す方向性と経営者に促される行動・規律との間に乖離が生じてしまい、経営戦略の実効性に対する株主・投資家の信認を損なうことにもなりかねない。

そのため、このような経営環境下においては、経営戦略と経営者報酬制度とのアラインメントを継続的にレビューし、投資家との対話なども踏まえアップデートさせていくPDCAサイクルの定着化が有用である。本稿で提示した一連の論点およびチェックポイントが、その一助となれば幸いである。


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※当記事は、WTWのウェブページ「インサイト」から抜粋したものです。同社の記事は下記リンクから閲覧できます。(WTWのページへ遷移します。)
https://www.wtwco.com/ja-jp/insights/2026/06/navigating-the-post-low-rate-era

佐川 裕一

 シニアディレクター 経営者報酬・ボードアドバイザリー

メガバンクのグローバル部門、大手監査法人・信託銀行でのコンサルティング業務を経て、WTWに入社。取締役会改革、グループガバナンス、経営者報酬のアドバイザリー業務に従事。金融財政事情研究会や地方銀行協会などが主催するセミナーの講師として多数登壇するほか、専門誌等への寄稿実績も豊富。