はじめに
今回はドイツを取り上げます。まず、ドイツの年金制度全体を見てみましょう。
ドイツの年金制度
ドイツの年金制度は、一般に3本柱で説明されます。
第1の柱:法定年金保険を中心とする公的老齢保障(公務員給付、農業者、職能別年金を含む)
第2の柱:企業年金(betriebliche Altersversorgung、bAV)
第3の柱:個人年金、リースター年金(Riester-Rente)、リュールップ年金(Rürup-Rente)など
ただし、ドイツの年金制度は最初からこの3本柱で発展してきたわけではありません。統一前の西ドイツでは、公的年金が制度の中核を占め、大企業を中心とした企業年金や個人年金も一定の役割を果たしていました。旧東ドイツでは国家中心の保障が基本であり、民間企業年金は発達していませんでした。
統一後は、旧東ドイツで培われた年金受給の権利を西ドイツの法定年金制度へ移行・適用させる形で、公的年金の一本化が進められました。その意味で、東西統合後の高齢者所得を支えたのは、企業年金やDCではなく、まずは第1の柱である公的年金だったと言えます。
年金制度改革
しかし、公的年金に老後所得を依存するモデルは次第に揺らぎ始めます。統一に伴う財政負担に加え、少子高齢化の進行によって、法定年金の将来の給付水準を抑制する必要が高まったためです。公的年金だけで老後を支えることが難しくなるなか、第2・第3の柱をどう拡充するかが政策課題となりました。
その対応策として、2001年に成立し2002年から施行された年金改革、いわゆる「リースター改革」です。
この改革では、公的年金の給付水準を抑制する一方で、個人年金や企業年金を税制優遇・補助金によって後押しする方針が打ち出されました。代表的なのが、第3の柱に位置づけられるリースター年金です。これは、国が補助金や税制優遇を与えることで、個人による老後資金の積立を促す仕組みでした。
ところが、リースター年金は当初期待されたほどには機能しませんでした。最大の問題は、制度に組み込まれた元本保証義務です。リースター年金として認可を受けるためには、受給開始時点で少なくとも払込元本と補助金相当額を下回らないことが求められ、このルールが、運用を保守的にし、株式などのリスク資産への投資を抑制する結果を招きました。
特に2010年代以降の超低金利・マイナス金利環境では、保証を維持するために安全資産中心の運用を余儀なくされ、十分なリターンを得にくくなりました。加入者保護のための保証が、結果として長期的な資産形成を妨げるという皮肉な状況が生じたのです。
さらに、商品設計の複雑さと手数料の高さも普及の足かせとなりました。補助金や税制優遇が用意されていても、制度が分かりにくく、コストが高ければ、加入者にとって魅力は薄れます。結果として、加入者数は伸び悩み、特に低所得層・若年層など、本来支援が必要とされる層への広がりは限定的のようです。
リースター年金が伸び悩む一方で、第2の柱である企業年金の側でも改革が進みました。2001年改革では、従業員が給与の一部を企業年金に振り向ける「報酬転換」の権利が整備され、2002年には、従来よりも運用規制の柔軟な年金基金(Pensionsfonds) も新設されました。
しかし、ドイツの企業年金では、事業主に何らかの給付保証責任が課されており、純粋なDCとは言えませんでした。企業年金の普及も大企業中心にとどまり、中小企業や低所得層への広がりは十分ではありませんでした。
企業年金強化の制定
こうした課題に対応するため、2017年に成立し、2018年に施行されたのが企業年金強化法(Betriebsrentenstärkungsgesetz、BRSG) です。
BRSGの大きな特徴は、ドイツで初めて純粋DCに近い仕組みを認めたことです。従来のドイツ企業年金は、何らかの給付保証や最低保証を伴うものが中心でした。これに対し、BRSG では、事業主が拠出を約束する一方、将来の給付額は保証しない「純粋拠出約束」が導入されました。
ただし、これは米国の401(k)や日本の企業型DCのように、加入者が自分で運用商品を選ぶ仕組みとは異なります。BRSGに基づく純粋DCは、労働組合と使用者団体の労使協約を前提とし、その枠組みの中で制度全体の運用方針が決定されます。つまり、給付保証を外す代わりに、労使が制度設計や運営に関与することで、加入者保護を図ろうとしたのです。
しかし、BRSG施行後も、純粋DCの導入実績は限られています。制度としては大きな転換でしたが、企業年金の普及率を大きく押し上げるところまでは至っていないようです。
その理由の一つは、労使協約を前提とする仕組みにあります。労使の合意を重視する設計は加入者保護にはつながりますが、導入までの調整には時間がかかります。また、保証を重視するドイツでは、給付額を保証しない制度への抵抗感も根強く残りました。中小企業にとっては、制度の理解や事務負担も障壁になります。
近年は、こうした行き詰まりを打開するため、公的年金や私的年金に資本市場の力をより取り入れようとする議論も進みました。ショルツ政権下では、いわゆる「株式年金」構想として、国が基金をつくり、株式などで長期運用し、その収益を将来の公的年金財政に充てる案が議論されました。2024年には、連邦政府は世代資本(Generationenkapital)という基金をつくり、その運用益で将来の法定年金財政を下支えする法案を出していました。ところが、この法案は2024年11月の連立崩壊後、成立しませんでした。
一方で、第3の柱については、リースター年金に代わる新たな税制優遇商品として、元本保証のない商品を認め、より株式投資を活用しやすくする見直しが検討されました。低コストで、長期分散投資に適した仕組みへ転換しようという方向です。こうした見直しはその後具体化し、2026年に法制化され、2027年1月から新商品が導入される予定になっています。
日本への示唆
①元本確保への偏りをどう見直すか
ドイツでは、加入者保護の観点から元本保証や給付保証が重視されてきました。しかし、低金利やインフレの局面では、名目上の元本を守ることが、必ずしも老後資産の実質的な価値を守ることにはなりません。保証を重視しすぎると、株式など成長資産への投資が抑えられ、長期的なリターンを得にくくなります。
この点は、元本確保型商品に資産が偏りがちな日本の一部の企業型DCにも通じます。老後資産形成では、「元本割れを避けるリスク」だけでなく、「十分に増えないリスク」も意識する必要があります。
②DCを個人任せにしすぎない
日本の企業型DCは、加入者が自分で運用商品を選ぶ仕組みが基本です。しかし、すべての人が十分な金融知識や投資経験を持っているわけではありません。
ドイツの純粋DCは、加入者一人ひとりが商品を自由に選ぶ制度ではなく、労使協約に基づいて制度全体の運用方針を決める「集団的なDC」として設計されています。加入者は商品選択の負担を負わない一方で、制度全体として長期運用を行う仕組みです。
ドイツ型をそのまま日本に持ち込むことは難しいとしても、「個人任せにしない」という発想は参考になります。適切なデフォルト商品、低コスト商品ラインナップ、労使によるチェック機能などを通じて、加入者を制度として支える視点は、日本でも見習うべき点があるでしょう。