「オルタナティブデータ」と呼ばれる非伝統的な情報を用いた資産運用の最新動向について、認知拡大や業界ルール整備などの活動を展開する、オルタナティブデータ推進協議会(JADAA)関係者によるリレーコラム。
今回は衛星データを活用したオルタナティブデータの可能性について、衛星データ解析ソフトウェアの開発、非宇宙企業への宇宙ビジネスコンサルティングなどを手掛ける株式会社スペースシフトの代表取締役、金本成生氏に寄稿いただいた。
第17回「上場会社ディスクロージャー情報の活用高度化に向けた取り組み」はこちら。
衛星データの種類と現状
衛星データとは、地球観測衛星のさまざまなセンサーから得られる地表面に関する情報のことで、種類は多岐に及び、それぞれに特徴や用途があります。政府が策定した宇宙基本計画[1]においても、宇宙の利活用により解決される社会課題が挙げられており、その中でも衛星データの利活用は重点課題となっています。
・光学衛星とSAR衛星の違い
光学衛星とは、太陽光や地球からの放射光を捉える光学センサーを搭載した衛星のことです。光学センサーには、可視・近赤外センサー、熱赤外センサー、ライダーなどがあります。可視光では一般の方にも馴染みのある衛星画像が取得でき、地表の色や形、温度、高さなどを観測できます。例えば、植物の分布や海面温度、火山活動や山火事などの状況を知ることができます。ただし、光を使うので上空に雲がかかっている時や夜間は観測が制限されます。
SAR(サー)衛星とは、合成開口レーダー(Synthetic Aperture Radar:SAR)と呼ばれる電波を放射し、その反射波を捉えるセンサーを搭載した衛星のことです。SAR衛星は、電波を自ら発信するため、昼夜天候に左右されずに観測でき、地表面の凹凸やミリ単位の変化、水分量などを観測できます。例えば、地震や火山による地形の変化、森林伐採や浸水域の検知などの用途があります。
それぞれ、これまでは政府機関が中心となって打ち上げ運用する、重量が数百kgから数トンに及ぶ高性能な大型衛星が活用されてきました。大型衛星は、高解像度や高感度なセンサーを搭載できるため、詳細な観測が可能です。しかし、大型衛星は開発費や打ち上げ費用が高く、打ち上げ機会も限られています。
一方近年では、超小型衛星と呼ばれる、重量が数kgから百kg台程度の小さくて軽い人工衛星の活用が各国の宇宙ベンチャー企業により活発に行われています。超小型衛星は、低コストで多数打ち上げることができるため、観測頻度の向上や最新技術の搭載など、新たなアプリケーションの創出に有利な特徴を備えています。これらを10〜30機程度打ち上げ、協調させて運用する「コンステレーション」(英語で星座の意、編集部注:人工衛星の一群・システム)の構築が進んでおり、1日数回程度地上の同一地点を観測できるなど高頻度な観測が可能になってきています。しかし、超小型衛星は性能や寿命が低く、観測能力も限られています。
単独の衛星やコンステレーションのみでは、ユーザーニーズを満たすことは難しく、これらを最適に組み合わせて、アプリケーションに合わせた観測精度や観測頻度を確保する必要があります。スペースシフトでは、世界中の利用可能な衛星をすべて組み合わせて、1つの仮想的なコンステレーション(編集部注:人工衛星の一群・システム)として扱い自動処理を可能にする「バーチャルコンステレーション」の構築に必要なソフトウェアを、AIを活用して開発しています。
衛星データの活用事例
衛星データ利用市場は2020年代後半には1兆円を超える規模に成長するとみられており、さまざまなアプリケーションの開発が見込まれています。スペースシフトの事例では、すでに電力会社などインフラ系企業による設備管理に活用されており、地上の測量を衛星データによる解析に置き換える動きが出てきています。またゼネコン企業でも、施工後の健全性モニタリングや建設予定地の地盤変位の経年的な確認などに活用シーンが拡大しています。
浸水害や地震による被害状況の把握など災害への応用も進んでいます。スペースシフトでも衛星データによる浸水域検出アルゴリズムを開発しており、トヨタ自動車との共同研究で、衛星データによる解析結果と自動車の通行実績を重ね合わせることで、衛星データでは検出しにくい市街地の浸水域を補完してより正確な浸水域マップを作成することで、損保会社の支払い業務効率化や自治体における災害対策に活用されることを目指しています。
その他、農業モニタリングにより、農作物の流通やマーケティングに活用したり、都市の広がりや、工場の稼働状況を従業員駐車場の車の台数などによりモニタリングしたりすることで、各業界や企業の活動の将来予測に役立てることが可能になります。このように衛星データの適用範囲は多岐にわたり、オルタナティブデータとしての活用が期待されています。
衛星データを活用したオルタナティブデータの可能性
最後に、衛星データを活用したオルタナティブデータの可能性を探っていきましょう。スペースシフトでは、衛星データにより新規に建設された建物を自動的に検知するAIアルゴリズムの開発を行っています。このアルゴリズムではSentinel1という欧州の宇宙機関(ESA:European Space Agency)が管理運用する大型SAR衛星のデータを用いて、地球全体を12日に1回更新することが可能です。下図は米テキサス州オースティンの2015年から2021年にかけての6年間の変化を抽出した事例です。
テキサス州では法人税の撤廃など大幅な税制優遇により近年人口流入が増加しており、さまざまな不動産需要が生まれています。この事例では宅地造成された地域に住宅が建つ様子が確認できており、このような建設の進行状況や都市の拡大傾向について、米国全土を対象に把握することで、各地域の不動産需要の予測が可能になります。すでに現地の不動産関連企業やREIT、ヘッジファンド等の投資家からも強い興味が寄せられており、高頻度な全米規模の不動産変化の貴重なデータとしてさまざまな利用が見込まれています。また同じデータは建設業界にとっても需要予測のための重要な指標であり、営業活動や重機の配置の効率化などに活用されています。
農業モニタリングの事例でも、これまでは穀物類などコモディティの値動き予測などを中心に衛星データが活用されてきましたが、より面積単価の高い商品作物や生鮮野菜のモニタリングを行うことで、流通の最適化やマーケティングへ応用するなどの動きが出てきています。スペースシフトが技術提供をしている、電通とJAXAの取り組み「人工衛星データ活用による広告の高度化を通じた需給連携事業」[2]では、衛星データを用いてキャベツの生育状況を把握することによって、長期的な価格予測を可能にし、価格が下がるタイミングで調味料商材のCMを大量に投下することで、調味料メーカーの売上拡大を見込んでいます。また、需要と供給の連携を行い、サプライチェーンを最適化することで、食品ロスの低減など、SDGs達成にも貢献することを目指しています。
このように、衛星データを解析することで得られるさまざまな変化情報は、オルタナティブデータとしての大きな可能性を秘めており、われわれのような衛星データ解析技術を提供する立場では想像し得ない利用方法が、データユーザー側から発掘されることで、マーケットフィットが加速し、より大きなインパクトを生むことになると確信しています。
超小型衛星コンステレーションを中心とした衛星観測網の充実は今後3〜5年で加速すると見られており、2020年代後半には、利用可能な衛星すべてを組み合わせれば、5〜10分ごとに世界の主要都市を観測することも可能になります。インターネットと同様に、衛星データが加速的に活用される社会がまさに到来しようとしています。オルタナティブデータのユーザーであるアセットマネジャーやアセットオーナーが、より衛星データに関心を寄せていただくことにより、その最適な組み合わせを日本から世界へ広め、新たな市場を形成していけると期待しています。
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