当シリーズでは、高千穂大学の商学部教授で三菱UFJ銀行の外国為替のチーフアナリストを務めた内田稔氏に、為替を中心に金融市場の見通しや注目のニュースをウィークリーで解説してもらう。※この記事は7月24日に配信された「内田稔教授のマーケットトーク 第91回 日本は円安をとめることができるか?」を再編集しています。ご質問はYoutubeチャンネルのコメント欄からお願い致します。
今回は「日本は円安を止めることができるか」について解説します(スライド1)。

今週のドル円は堅調に推移し、一時163円99銭まで上昇しました。これは1986年11月以来のドル高円安水準です(スライド3)。

一方、円の実質実効為替レートは変動相場制移行後の最安値を更新中です。実質実効為替レートとは、貿易相手国の通貨に対する円の値動きや水準を内外のインフレ率の格差も勘案した上で指数化したものです。因みに、実質的に円安とは海外の物価の方が日本よりも上昇する結果、表面的にみえている為替レート(これを名目為替レートといいます)が同じでも、海外のモノやサービスは値上がりしていますから、購買力は低下しています。これは、実質的に円が下がったことと同じです。また、競合する海外の製造業にとってみれば、物価が上昇した分、値上げをするか利益を削らなければ日本の競合先に対して競争力が劣後します。これは、日本の輸出企業からみれば、競争力が改善しますから、やはり実質的には円安が進んだのと同じことになります。もっとも、日本の製造業は2010年代に入り、生産拠点の海外シフトを進めました。この為、歴史的な円安の割に、日本の輸出は数量面ではそれほど伸びていません(スライド4)。

今週のドル円上昇の原動力は、地政学リスクの台頭を受けた原油価格の上昇とそれに伴う有事のドル買いの再燃でした。有事のドル買いが生じるのは、原油や石油および石油関連製品の純輸出国である米国の貿易収支の改善が見込まれることも一因と考えられます(スライド5)。

実際、今週の主要通貨の対ドル変化率をみると資源国通貨のノルウェークローネに次いで米ドルが強かったことがわかります。一方、対ドルで下落した通貨の中で円は中盤のやや上に位置しており、必ずしも円安相場ではなかったことがわかります(スライド6)。

ドルについてドル指数を見ながら値動きや水準を振り返ります。ドル指数はユーロ、円、ポンド、加ドル、スウェーデンクローナ、スイスフランに対するドルの名目実効為替レートです。ドル指数は昨年の年初来大幅に下落した後、春先に持ち直しましたが、102で続伸を阻まれました。それ以来、長く低迷が続きました。この為、「102」の上抜けが大きな鍵となりそうです。6月の雇用統計や消費者物価指数が予想下回ったことにより、一旦102の上抜けに失敗しましたが、今週は101台半ばまで持ち直しています。仮に、102を上抜けした場合、ドル高色がさらに強まると考えられます(スライド7)。

ちなみに、短期の実質金利がマイナス圏にとどまる円は引き続き弱いままと考えられますが、円安にも二つのパターンがあることをこれまでにも紹介してきました。ドル高相場となった場合、ドル円は当然堅調に推移しますが、他通貨もドル高に下押しされる結果、クロス円での円安はやや停滞します。反対にドル安相場となった場合、他通貨とドルの位置が逆転し、ドル円が動きにくくなる一方、クロス円が堅調に推移します。現在はドル高相場ですから、図の左側の構図となっています(スライド8)。

こうした中で片山大臣から円安けん制発言が繰り返されています。ただ過去動画でも紹介してきた通り、ドル高またはドルが底堅く推移している場面での介入はその効果がかなり減殺されることがわかっています。例えば、図の➀、➃、⑤および⑧の介入後も結局、ドル円は続伸しています。因みに⑧については4月30日のほか5月のGW中にも何度か介入が行われた模様ですが、日次ベースでの介入実績については8月中旬の当局によるデータ公表まで待たなければなりません(スライド9)。

具体的に細かくデータで介入を振り返っておきましょう。表の中の網掛けした部分はドルが堅調に推移していた場面における介入です。①(2022年9月22日)の介入では当日こそ5円以上もドル円が下がりましたが、わずか13営業日後には介入当日の高値を回復しました。➃、⑤および⑧においても32営業日から42営業日後に介入当日の高値を回復しました。従って、足元のようなドルがしっかりと推移している地合が続く限り、介入があっても1カ月から2カ月以内でまた元の水準まで戻ってくる可能性が高いと考えられます(スライド10)。

通貨オプション市場のリスクリバーサルをみると、オプション市場はドル円の反落に対する警戒を強めつつあります。3カ月物は急速に低下しており、1年物も一旦上昇に歯止めがかかっており、留意が必要です(スライド11)。

ところで足元のドル高地合いが続くには、有事のドル買いではなく、経済や金融政策の見通しに基づくドル高材料が必要です。その点、実質GDP成長率の事前推計値であるWeekly Economic Indexは7月23日時点で2.9%成長(前年同期比)と米経済が堅調さを保っていることを示しています(スライド12)。

また、FED高官の発言も総じてタカ派なトーンのものが目立ちます。特に、ウォーシュ議長は依然としてインフレ対応を重視する姿勢を示しています。ニューヨーク連銀ウィリアムズ総裁はインフレがすでにピークに達したと発言しましたが、この発言の後に再び原油価格が上昇し始め、現在は違った考えを持っているはずです(スライド13)。

足元の原油価格の上昇を踏まえユーロ圏や米国の利上げ観測は高まっています。ところが日銀については年内の利上げの織り込みは「残りあと1回」でほとんど変わっていません。結局、利上げ路線は続くものの、慎重なこれまでの利上げスタンスを市場が見透かしているのかも知れません。こうした金融政策の見通しの変化や内外の相対的な変化度合いの違いが円安に波及する可能性もあり、要注意です(スライド14)。

もっとも、骨太の方針に端を発した円安の動きはやや一服したと考えられます。7月の国債入札を振り返りますと、7月2日の10年国債入札では応札倍率が前月から大幅に低下し、国債相場の先行き不安が高まりましたが、その後の超長期国債入札ではいずれも前月から応札倍率が上昇しています(スライド15)。

とは言え、短期の実質金は依然としてマイナス圏にとどまっており、引き続き円安に作用していると考えられます。年内に政策金利は1.25%まで引き上げられる見通しですが、インフレ率も2%に向かって上がっていくと考えられ、実質金利のプラス圏への浮上はまだ展望できない状況です。今後も半年ごとに利上げを続けた場合、来年の半ばから後半にかけて日本の政策金利は1%台後半に達すると考えられ、その時期にインフレ率も2%を下回ってくれば実質金利のプラス圏への浮上も視野に入り、漸く円安に歯止めがかかるかもしれません。ただ為替相場は相対比較ですからそうした局面で仮に米国が利上げサイクルに移行していれば、ドル高となり、ドル円は下落しづらくなります(スライド16)。

来週のポイントです。まず有事のドル買い主導でドル円が高値を更新しました。日本円が特に弱いというわけではありませんが、介入を警戒しつつもドル円は上値を模索する可能性が高いと考えられます。為替介入があった場合、当日は5円程度の下落を想定する必要がありますが、ドルの堅調地合いが続く限り、1~2カ月程度で元の水準を回復する可能性が高いといえるでしょう。
来週はFOMCでは政策金利は据え置きが濃厚です。記者会見でウィーシュ議長がインフレを抑制するスタンスを鮮明に見せれば、利上げ観測が高まり、ドル買いを後押しするでしょう。ただ、議長は先々の政策の方向性を示すことに対して否定的です。後々の政策のフリーハンドが縛られると考えているからです。このため、今後につていはデータを見ながら適切に対応するといった具合に、バランスのとれた発言に徹する可能性もあります。
日銀も来週は金融政策決定会合を控えており、やはり政策金利は据え置かれると考えられます。一方、記者会見では足元の円安相場を踏まえ、植田総裁がタカ派色を全面に打ち出す可能性があります。ただ、日銀についてはこれまでも慎重に利上げを進めてきたことから、現実の行動を伴わない限り、円高方向への動きは限られそうです。結局、実質金利がマイナスにとどまる限り、介入や利上げで円安を止めることは容易ではないとみられ、来週のドル円も介入警戒感から神経質な値動きが見込まれますが、総じて底堅い値動きが見込まれます(スライド17)。

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