メニュー
閉じる

DBとDCの交差点 第三回
――ターゲットデートファンドの役割とは

2026年4月23日
横川雄祐(よこかわ・ゆうすけ) /  ティー・ロウ・プライス・ジャパン株式会社 機関投資家アドバイザリー部 リタイアメント・スペシャリスト

企業年金を取り巻く環境が変わりつつある。日本でも徐々にDBからDCへの移行が進む中で、DBを専任で管理していた担当者が、DC業務を担う場面が増えているだろう。そこで、日本に先駆けてDBからDCへの移行が進んできた米国の事情にも熟知する、ティー・ロウ・プライス・ジャパンで機関投資家アドバイザリー部 リタイアメント・スペシャリストの横川雄祐氏に、国内企業年金担当者が今知っておくべき論点を連載形式で寄稿していただく。

はじめに

前号では、ターゲットデートファンド(TDF)のグライドパス設計が確定給付企業年金(DB)における政策アセットミックス策定とよく似たプロセスを持つことを論じた。言い換えれば、TDFとは、DBで事業主が担ってきた資産配分の役割を、加入者自身が判断するDC制度の中で、あらかじめ仕組みとして実行しようとするものである。

今回は、そのTDFがなぜ米国のDC市場でここまで広く普及し、制度の中核を担う存在になったのかを考えたい。結論から言えば、米国でTDFが普及した最大の理由は、投資家から自然に支持を集めたからというよりも、「加入者の意思決定には限界がある」ことを前提に、制度設計の中に組み込まれていった点にある。

目次

  1. 米国のDC市場
  2. 米国DC制度の転換点
  3. 年金保護法の影響
  4. 日本への示唆

1.米国のDC市場

米国の確定拠出年金(DC)制度は、1974年のERISA法(米国の「Employee Retirement Income Security Act of 1974」の通称で、企業の退職給付制度を包括的に規制する連邦法)に起源を持ち、企業型DCである401(k)は1978年に制度化された。以後、長い時間をかけて普及し、1990年代前半にはすでにDBを上回る資産残高を有するまでに成長した(図①)。

図① 米国のDBおよびDCの運用残高推移

(出所)ICI 「The US Retirement Market Third Quarter 2025」。2024年12月末現在。DBは公的年金を除き、DCはIRA(個人型)を除く。

もともとDCはDBを補完する制度として位置づけられていた。しかし実際には、DBが抱える財務負担や運営リスクを企業が吸収しきれなくなったことを背景に、米国の退職給付制度の主役へと移行していった。その結果、今日の米国では、DCは単なる貯蓄制度ではなく、老後資産形成を支える「中核的なインフラ」となっている。

日本と比較すると、その差はさらに明確だ。制度の歴史が長いだけでなく、資産残高も日本の約80倍に達しており、米国のDC市場が巨大なマーケットを形成していることが分かる(図②)。

図② 企業型DC制度の日米比較

(出所)米国のDBおよびDC残高:ICI。1米ドル=157.86円(2024年12月31日時点)で円換算
    日本のDB残高:企業年金実態調査結果(2024年度概要版)(企業年金連合会)
    日本のDC残高:確定拠出年金統計資料(2025年3月末)

この市場規模の違いは、単に制度導入時期の差だけではない。制度の成り立ちそのものが異なることが、加入者行動や商品普及のあり方に決定的な影響を与えている。

2.米国DC制度の転換点

日本と米国のDC制度の最も大きな違いを示したものが図③である。


図③ 日米DC制度

(出所)ティー・ロウ・プライスが作成

日本のDCは、DBや退職一時金の代替として導入されてきた側面が強い。そのため、基本構造としては、まず事業主が掛金を拠出し、その上で加入者が任意でマッチング掛金を拠出する。

これに対して米国DCは、結果的にDBの代替機能を果たすようになったものの、出発点は加入者による自助努力型の貯蓄制度であった。つまり、まず加入者が拠出を行い、それに対して事業主がマッチングを行う、という構造である。

この違いは、一見すると制度上の細かな差に見える。しかし、加入者の意思決定には極めて大きな影響を与えている。図④では、DBも含めて日米の制度における意思決定主体を整理している。

 図④ DB・DC制度での各項目の意思決定主体   

(出所)ティー・ロウ・プライスが作成

日本のDCでも「資産配分・運用商品」の選択は加入者に委ねられているが、米国ではその前段階である「参加」と「拠出」から加入者判断に依存する度合いが大きい。言い換えれば、日本以上に選択の自由が大きく、その分だけ「何も決められない」リスクも大きいのである。

制度設計上、選択肢を増やすことは望ましいように見える。しかし実際には、選択肢が多いほど加入者は合理的に行動するとは限らない。むしろ、選択肢の多さが判断を難しくし、制度参加そのものを妨げることがある。いわゆる「選択麻痺」である。

米国DC市場では、この問題が早くから顕在化した。加入者教育を強化し、金融リテラシーを高めれば解決できるという期待もあったが、実際には教育だけで全加入者の行動を変えるには限界があった。

そこで注目されたのが、行動経済学の知見である。人は常に最適な意思決定を行うわけではなく、むしろ「何もしない」という行動を取りやすい。であれば、制度側があらかじめ望ましい選択肢を「デフォルト」として設定しておくことで、加入者の行動を後押しできるのではないか。この発想が、米国DC制度改革の大きな転換点となった。

2006年の年金保護法と、それに続く2007年の制度整備では、一定のDC制度設計・商品をデフォルトとして採用した場合、事業主が「セーフハーバー」として一定の法的責任から保護されることとなった(図⑤)。

図⑤ 米国年金保護法におけるセーフハーバーとなるDC制度設計・商品

(出所)ティー・ロウ・プライスが作成

これらの制度設計はあくまで「デフォルト」であり、加入者の意思によって異なる選択肢を選ぶことは可能となる。政府は、事業主が一定の条件を満たす「適格なデフォルトオプション」を用意することで、DCの「加入者任せ」とDBの「事業主主導」の中間に位置する制度運営を目指したのである。

3.米国年金保護法の影響

自動加入制度は、その導入の有無でDC制度の加入率に大きな差をもたらしている。(図⑥)

図⑥ 2025年米国ティー・ロウ・プライス運営管理機関データ

(出所)Reference Point 2026(ティー・ロウ・プライス)

商品の面でも、米国ではTDFがデフォルトファンドの90%以上を占めており、圧倒的な存在感を示している(図⑦)。日本で指定運用方法の設定率そのものが低く、設定されていても元本確保型が多い状況とは対照的だ。

図⑦ 日米デフォルトファンドの比較

(出所)上段は企業年金基金「2024年度決算確定拠出年金実態調査結果」、下段はティー・ロウ・プライスが2023年3月に実施したDCプラン調査

もっとも、2007年当初、TDFは401(k)プラン全体残高の8%にすぎず、決して主流の商品ではなかった。しかしその後年金保護法の後押しから着実に浸透し、2023年には42%を占め、株式ファンドを上回る残高となっている(図⑧)。

図⑧ 米国401(k)プランのDC残高割合

(出所)EBRIが公表したレポート「401(k) Plan Asset Allocation, Account Balances, and Loan Activity in 2023」

TDFの普及は、年金保護法が問題意識としていた「資産配分の歪み」に対しても一定の成果をもたらした。2007年時点では、株式配分比率を0%としている20代の加入者が19%も存在していた(図⑨)。これでは、長期で期待される株式リターンの恩恵を十分に享受できず、DC制度の本来の趣旨に照らして望ましい状態とは言い難い。しかし、TDFの普及もあり、2023年にはその割合は2%まで低下している。

図⑨  米国401(k)プランの株式配分比率(バランスファンドの株式も考慮)を0%としている各年代の割合

(出所)EBRIが公表したレポート「401(k) Plan Asset Allocation, Account Balances, and Loan Activity in 2023」

また、受給が近いにもかかわらず株式に過度に配分する高齢層の問題も改善が見られた。図⑩は、401(k)全体における株式配分比率80%以上の割合を年代別に示したものである。

2003年時点では、年代による資産配分の違いは限定的で、年齢に応じたメリハリは必ずしも明確ではなかった。しかし2023年には、若年層ほど株式比率が高く、高齢層ほど低いという傾向が明確となり、年齢に応じた資産配分が制度全体として実現されていったことが分かる。

図⑩ 米国401(k) プランの株式配分比率(バランスファンドの株式も考慮)を80%以上としている各年代の割合

 

(出所)EBRIが公表したレポート「401(k) Plan Asset Allocation, Account Balances, and Loan Activity in 2023」

このように、年金保護法を契機としたトップダウンの制度改定は、DC制度全体の加入率だけでなく、加入者の資産配分にも大きな変化をもたらした。

4.日本への示唆

日本においても指定運用方法としてデフォルト商品の設定は可能であるが、米国のように「適格なデフォルト」として明確な法的保護が与えられているわけではない。仮に、こうした制度上の違いが、指定運用方法にリスク性資産を採用することへの慎重姿勢につながり、その結果として日本で元本確保型商品の選択比率が高止まりしているのであれば、米国の経験は、今後の日本の制度設計や運営のあり方を検討するうえで、重要な示唆を提供しているといえる。

すなわち、加入者の金融リテラシーや合理性に過度な期待を寄せるのではなく、合理的な結果をもたらす制度そのものを設計するという視点である。米国では、DBからDCへの移行の中で、その中間となる制度運営(図⑪)を採用した結果、DC制度そのもの、そしてTDFの普及が進み、年齢別の資産配分の改善が実現した。

図⑪ 米国での制度毎の意思決定主体

(出所)ティー・ロウ・プライスが作成

日本でもDB制度の代替として期待されたDC制度において、最も専門的な判断を要する「資産配分・商品選択」が加入者任せになっている。米国の例に学び、日本においても制度の仕組みをDBとDCの中間に位置する「TDFデフォルト型」へ進化させることで、DC制度がより有効に活用される余地は大きいと考えられる。

次回は、TDFの普及がDC制度にもたらした影響をさらに掘り下げるとともに、米国におけるTDFの進化について紹介したい。

重要情報

本寄稿記事は、ティー・ロウ・プライス・ジャパン株式会社が情報提供等の目的で作成したものであり、特定の運用商品を勧誘するものではありません。また、金融商品取引法に基づく開示書類ではありません。

記載の情報及び意見は、信頼でき最新であると考えられる情報源から入手していますが、その情報源の正確性又は網羅性を保証するものではありません。また、見通しが実現する保証はありません。

本寄稿記事に記載される見解は、本寄稿記事の作成時点のものであり、予告なく変更される可能性があります。これらの見解はティー・ロウ・プライス・アソシエイツ・インク及びその関係会社の見解とは異なる場合があります。いかなる状況においても、ティー・ロウ・プライスの同意なしに、本寄稿記事の全部又は一部を複写又は再配布することは禁止されます。

過去の実績は、将来の結果を保証又は示唆するものではありません。本寄稿記事に記載されている個別銘柄につき、売買を推奨するものでも、将来の価格の上昇または下落を示唆するものでもありません。また、当社ファンド等における保有・非保有および将来の組み入れまたは売却を示唆・保証するものでもありません。

著作権はティー・ロウ・プライスに帰属します。「T. ROWE PRICE」、「INVEST WITH CONFIDENCE」、大角羊(ビッグホーン・シープ)のデザイン等(troweprice.com/ip参照)は、ティー・ロウ・プライス・グループ・インクの商標です。その他全ての商標は、それぞれの所有者の所有財産です。ティー・ロウ・プライスと商標所有者との承認、出資、提携を示唆するものではありません。

ティー・ロウ・プライス・ジャパン株式会社

金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第3043号

加入協会:一般社団法人 資産運用業協会/一般社団法人 第二種金融商品取引業協会

202604-5400695

横川雄祐(よこかわ・ゆうすけ)

 ティー・ロウ・プライス・ジャパン株式会社 機関投資家アドバイザリー部 リタイアメント・スペシャリスト

米国本社と連携を取り、米国DC(確定拠出年金)運営管理機関サービス、米国DC制度の知見を蓄積。ティー・ロウ・プライス以前はマーサー・ジャパンにて、年金制度、年金運用のコンサルティングを行う。マーサー以前はみずほ信託銀行で年金アクチュアリー業務に従事。年金数理人・米国公認証券アナリスト資格(CFA®)