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リスク回避の円買いが叫ばれ、円ロングは史上空前の規模も 依然として冴えない円 その要因を探る

「内田稔教授のマーケットトーク」をWeb記事で
2025年6月12日
内田 稔 /  高千穂大学 教授/FDAlco 外国為替アナリスト

当シリーズでは、高千穂大学の商学部教授で三菱UFJ銀行の外国為替のチーフアナリストを務めた内田稔氏に、為替を中心に金融市場の見通しや注目のニュースをウィークリーで解説してもらう。※この記事は6月6日に配信された「内田稔教授のマーケットトーク 【第35 回】ドル安相場の持続性のポイント」を再編集しています。

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ユーロなど欧州通貨に比べ、円は依然として冴えません。2025年の年初を100としてドル円やクロス円の動きを図で示すと確かにドル円は92ぐらいと年始比で8%ほどドル安円高になっています。

しかし、スウェーデンクローナ円やスイスフラン円、ユーロ円はいずれも年初よりも円安になっています。ポンド円も99.5近辺と、あとわずかで年初の水準を回復します。また、USMCAに対する関税の影響から、比較的ダメージが大きいとされるカナダドル円も97近辺と、年初比で3%ほどカナダドル安円高になっているに過ぎません。

関税を受け、リスク回避の円買いと叫ばれ、投機筋の円ロングが史上空前の規模にまで積みあがっているにも関わらず、全体としてみれば円安気味です。したがって、8%ほどドル安円高になっているドル円相場もメインドライバーはドル安であり、決して円が強くなってドル円が下がったわけではないのです(12ページ)。

円がなかなか強くなれない要因は、かねてお伝えしている通り、表面的に見えている名目金利からインフレ率を引いた残りの実質金利が大幅なマイナス圏にあることです。このマイナス幅が縮小しない限り、持続的な円高とはなりにくいでしょう。

来週の注目ポイント

最後に来週6月9日週の注目ポイントです。注目は5月の米国の消費者物価指数や生産者物価指数でしょう。ただ、米国のインフレが落ち着きつつあるという見方は既定路線です。よほど予想に対して、上振れ下振れとならない限り、それほど大きくマーケットを動かさないと思われます(13ページ)。

出所:内田氏

また、FRBは6月7日からブラックアウト期間に入ります。これは、金融政策の当局者が対外的な発言を控える期間を指しており、今回の場合、前々週の土曜日、つまり7日からFOMCの翌日の19日までです。今週のFRB当局者の発言は、不確実性が高く、急いで利下げに動く状況ではないといった趣旨のものばかりでした。これらを踏まえると6月利下げの可能性はほぼゼロでしょう。

そのほかの注目ポイントは関税交渉です。途中経過としていろいろなヘッドラインが出てくるでしょう。今週も米中首脳が電話会談をするのではないかと報道され多少、緊張が和らぎ、ドル円が下げ止まり、実際の会談が持たれるとドル円相場も144円台まで上昇しています。

この為、来週も関税交渉に関して楽観論が出てくればドル高要因に、逆に悲観的な見方が出てくればドル安要因になると考えられます。

また、今週のドル円の動きを見ていて、円ロングの手仕舞いが進む可能性もあると感じました。今週は、例えばトランプ大統領が「中国が米国との約束を破った」とSNSに投稿したり、鉄鋼やアルミニウム製品への関税を引き上げるなど、リスク回避を煽るような悪い材料がみられましたし、経済指標も雇用統計を除けば、総じて悪いものが続きました。

そういう意味では142円を割ってもおかしくなかったかと思いますが、ドル円は底堅かったと言え、その背景に円ロングがかなり積み上がっている影響があると考えられます。

また、一般的に米系ヘッジファンドには「45日ルール」と呼ばれるものがあります。これは、6月末に決算を迎えるヘッジファンドに対し、投資家がポジションの解約などの指示依頼を45日前にあたる5月中旬までに出すというものです。そうした依頼を踏まえて、ヘッジファンドは6月の中旬ぐらいにかけてポジションの操作や手仕舞いなどを行います。現状ではかなり円ロングが積み上がっていますから、ポジションの手仕舞いは円の売り圧力に結び付く可能性があります。

一方、例えばドイツ株が続伸したり、ユーロドルが1.15を上抜けすれば本格的なユーロ高とドル安に波及します。この為、ユーロドルや欧州株の中でも、特にドイツ株に注目です。

もっとも、仮にドルが一段安になったとしても、円も依然としてかなり弱いままですから、ドル円はそこまでドル安方向に引っ張られずに済むのではないかと考えられます。即ち、ユーロドルとユーロ円が同程度上昇し、ドル円は身動きがとれないといった状況です。

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「内田稔教授のマーケットトーク」はYouTubeからもご覧いただけます。

公式チャンネルと第35回公開分はこちらから

内田 稔

 高千穂大学 教授/FDAlco 外国為替アナリスト

1993年慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、東京銀行(現、三菱UFJ銀行)入行。マーケット業務を歴任し、2007年より外国為替のリサーチを担当。2011年4月からチーフアナリストとしてハウスビューの策定を統括。J-Money誌(旧ユーロマネー誌日本語版)の東京外国為替市場調査では、2013年より9年連続アナリスト個人ランキング部門第1位。2022年4月より高千穂大学に転じ、国際金融論や専門ゼミを担当。また、株式会社FDAlcoの為替アナリストとして為替市場の調査や分析といった実務を継続する傍らロイターコラム「外国為替フォーラム」、テレビ東京「ニュースモーニングサテライト」、News Picks等でも情報発信中。そのほか公益財団法人国際通貨研究所客員研究員、証券アナリストジャーナル編集委員会委員も兼任。日本証券アナリスト協会検定会員、日本テクニカルアナリスト協会認定アナリスト、国際公認投資アナリスト、日本金融学会会員、日本ファイナンス学会会員、経済学修士(京都産業大学)