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相次ぐ米国重要経済指標発表の影響は。今後米国経済が歩む二つのシナリオを解説

「内田稔教授のマーケットトーク」をWeb記事で
2025年2月6日
内田 稔 /  高千穂大学 教授/FDAlco 外国為替アナリスト
当シリーズでは、高千穂大学の商学部教授で三菱UFJ銀行の外国為替のチーフアナリストを務めた内田稔氏に、為替を中心に金融市場の見通しや注目のニュースをウィークリーで解説してもらう。 ※この記事は1月24日 に配信された「内田稔教授のマーケットトーク 【第17.5回】 DEEPSEEKショックで円高は続くのか?」を再編集しています。

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さて、来週のポイントを見ていきましょう。

出所:内田氏

米国の経済指標の発表が続きます。具体的に紹介していきます。2月3日にISM製造業景気指数、4日にJOLT指数とも言われるJOLT雇用動態調査、5日はADP雇用報告とISM非製造業景気指数の発表もあります。

重要なのは7日の雇用統計と12日の消費者物価指数、それから14日の小売売上高です。

さて、アメリカの景気は底堅く推移しているわけですが、労働市場自体は少し需給が緩みつつあります。


これは失業者の何倍求人数があるかをまとめたグラフです。2022年には最大で失業者の2倍の求人件数がありました。

これが1倍ほどまで低下し、少し持ち直しているのが現状です。ちなみにコロナ前はだいたい1.2倍でした。今の1.1倍前後はコロナ前よりも失業者に対する求人件数が減少している状態です。これが反転上昇するのか、あるいは1を割る方向に動くのか、今はその瀬戸際です。

また、労働市場の強さは賃金の伸びの強弱にも表れます。


こちらの図の青い線は前年比での平均時給の伸びを表しています。2022年年初は前年よりも5から6%伸びていました。現在は前年比4%付近まで下がってきています。ただ下げが一服しているようにも見えますね。

図の中で黒い線で表されているのはIndeed賃金トラッカーのデータをまとめたものです。Indeedは日本でも知られた企業ですが、世界的な規模でデータを集め公表しています。

その一つがIndeed賃金トラッカーです。こちらも前年比の平均時給同様、一時期9%近かったものが3%台まで落ち込んでから持ち直し、少し失速している。今はここから下がるか、持ち直すか、といった状態です。

米国は昨年9月から利下げに着手しました。要因の一つはピーク時に比べると強さがなくなった労働市場にあるでしょう。一方でインフレの再燃も懸念されます。非常に難しい状況です。

米国経済二つのシナリオ

先ほど重要とご説明した雇用統計と消費者物価指数次第で、米国経済は「インフレが心配」なのか、「景気(雇用)が心配」なのか、二つのシナリオが出てきます。

出所:内田氏


米国市場は年内2回の利下げを見ていると考えられます。そしてリスクは上下双方向にあります。一つはインフレ再燃のリスクです。

たとえば消費者物価指数が強く出た場合中央銀行としてはインフレの再加速を不安視することになるでしょう。

その場合はインフレを退治しなければいけないので、利下げの回数が減る。場合によっては「利上げが必要ではないか」という話が頭をもたげかねません。

そうなれば、当然先々の政策金利の予測が上昇することになり、長期金利も上昇します。インフレに対する期待感が膨らむことも長期金利の上昇要因です。長期金利が上昇すると為替市場は基本的にドル高になります。逆に金利が上昇すると株価は少し頭を押さえられますから株安につながることが連想されます。

ただ、金利が上がれば必ずしも株安になるわけではありません。インフレの動きの背景にあるのが、米国経済の調子がよいことであれば、株が上がってもおかしくありません。

景気減速で利下げ加速のシナリオも

一方でインフレに対して、ぶり返すことなく米国雇用統計が非常に悪化した場合。つまり、非農業部門の雇用者数の伸びが5万人しか増えない、あるいは失業率が4%台半ばに向かって上がっていく状態になると今度は景気が心配です。

中央銀行としては利下げ2回どころではなく、3回4回と利下げをして経済を支えなければならなくなる。

こうなれば、当然為替市場はドル安になります。そして金利が下がることは景気に対しては追い風になりますから、株価が上がるという連想につながる。

ただ、景気減速に対する懸念が非常に深刻である場合はいくら金利が下がるといっても、株が上がるかというと、そうはならない。株式市場が調整するというシナリオも出てきます。

現状はトランプがどのような政策を出すのか。たとえば2月1日にから米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の相手国である2カ国に対して関税をかけるかどうか。中国に対する関税はどうか。選挙期間中には60%に上げると言っていたが少しトーンダウンしているがどうなるのか。

メキシコとカナダについては2月1日から関税を課す考えを改めて表明しました。この動画を撮影しているのは1月31日夜10時を回っているところですが、現代段階では100%確定ではありません※

※トランプ大統領は2月1日にメキシコとカナダからの輸入品に25%の関税をかけ、中国には10%の追加関税を課す一連の大統領令に署名した。

またトランプ減税はどうなるのか。パウエル議長は「トランプ政権の政策を見守る」と言っていました。政策が具体的になるにつれ、金融政策はここまで紹介してきた「インフレが心配」シナリオ、「景気(雇用)が心配」シナリオ、どちらに進むかが決まってくるでしょう。

また、来週2月7日に発表される雇用統計で少し気を付けなければならない点があります。1月分が発表されるのですが、そのとき、2023年4月から2024年3月までの1年分の非農業部門の雇用者数の上限の年次改定値(NFP)が確定値として発表されます。

昨年8月にいったん仮の数字として2023年4月から2024年3月までのNFPについて、もともと発表されていた数値よりも81万8000人少なかったという推計値が発表されています。

ですから、2月7日に発表される確定値でさらに10万人も少ない、ということにはならないでしょうが、ネガティブサプライズが生じる可能性もあり、注意は必要です。

円高には少し警戒

マーケット、特に為替に関しては円高が少し心配です。


図は過去1年間のドル円(赤)とエヌビディア(青)の動きをまとめたものです。昨年7月から8月、市場は大混乱に陥り日本株も相当下がりました。

為替市場でもドル円162円から、140円割れまでドル安円高が進みました。背景要因の一つが、7月31日の日銀利上げがサプライズだったということです。

ただ、実際にはその前から変調をきたしていました。エヌビディアではチャート分析で「ダブルトップ」と呼ばれる動きが起こっていたのです。具体的には春先からものすごく上昇していたものの、いったん上昇を抑えられ下がった。そこからもう一度上昇したたが、同じようなところでいったん上昇を阻まれた。簡単に言えば2回高値を付けたがそこを抜けられなかった。

その後エヌビディア株は一気に下がりました、この時期はその他のハイテク銘柄もかなりさえない値動きに転じました。

改めて、エヌビディア株の動きを見てみましょう。今週はDeepSeekショックで一時2割近く下がる場面もありました。この局面で相当痛手を被った投機筋も数多くいたはずです。そうした人たちが円ショートの買戻しに動いています。この動きはしばらく続くでしょう。

また氷見野日銀副総裁の「日銀はかなり金利を上げていく」というトーンの講演のタイミングと重なりました。

そういう意味では私は基本的には実質金利のマイナスが解消されることは見込みにくいので、あまり円高にはならないだろという相場観です。

ただ、目先1~2週間ぐらいは円高警戒が必要だと思っています。たとえばドル円で言えば150円を割る場面があってもおかしくないと思っています。

来週はDeepSeekにまつわる続報が出たりトランプ大統領が突然為替に関して、ドル高はけしからんと円安を容赦しない発言をしたりする可能性もある。雇用統計も年次改定の数字が出るというタイミングでもあります。しばらくは不安定な動きに警戒でしょう。

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「内田稔教授のマーケットトーク」はYouTubeからもご覧いただけます。

公式チャンネルと1月31日 公開分はこちらから

内田 稔

 高千穂大学 教授/FDAlco 外国為替アナリスト

1993年慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、東京銀行(現、三菱UFJ銀行)入行。マーケット業務を歴任し、2007年より外国為替のリサーチを担当。2011年4月からチーフアナリストとしてハウスビューの策定を統括。J-Money誌(旧ユーロマネー誌日本語版)の東京外国為替市場調査では、2013年より9年連続アナリスト個人ランキング部門第1位。2022年4月より高千穂大学に転じ、国際金融論や専門ゼミを担当。また、株式会社FDAlcoの為替アナリストとして為替市場の調査や分析といった実務を継続する傍らロイターコラム「外国為替フォーラム」、テレビ東京「ニュースモーニングサテライト」、News Picks等でも情報発信中。そのほか公益財団法人国際通貨研究所客員研究員、証券アナリストジャーナル編集委員会委員も兼任。日本証券アナリスト協会検定会員、日本テクニカルアナリスト協会認定アナリスト、国際公認投資アナリスト、日本金融学会会員、日本ファイナンス学会会員、経済学修士(京都産業大学)

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