「オルタナティブデータ」と呼ばれる非伝統的な情報を用いた資産運用の最新動向について、認知拡大や業界ルール整備などの活動を展開する、オルタナティブデータ推進協議会(JADAA)関係者によるリレーコラム。
今回は医療分野のデータ活用の可能性について、日本システム技術株式会社 未来共創Labの鈴木悠加氏に寄稿いただいた。
第22回 ゲームビジネスにおけるデータ収集と活用の可能性はこちら。
超高齢化社会と日本が抱える医療の課題
日本では超高齢社会を抱えることによる「2025年問題」が、雇用や医療、福祉といった様々な分野に影響を及ぼすことが予想されています。令和4年版厚生労働白書では、「高齢者の急増」から「現役世代の急減」に局面が変化していると報告され、2025年以降、現役世代の人口減少は加速する見込みです。その状況下で、持続可能な社会保障制度の実現のために、健康寿命の延伸、医療・福祉サービス改革、地域の実情に応じた取り組み、医療従事者の処遇改善、多様な人材の参入促進などの課題が提起されています。一般的に医療費は、年齢を重ねるごとに高くなる傾向があります。2025年に団塊の世代全員が75歳以上になることで、2018年に39.2兆円であった医療費は、2040年には68.5兆円まで増加することが予想されています。
その中で、医療費の7~9割を支払う保険者は、健康増進、医療費適正化などに取り組み、財政のひっ迫を防ごうとしています。一方、このような社会・環境課題を投資行動と結びつける投資戦略や手法もあり、当社で取り扱うメディカルデータもオルタナティブデータとして投資判断に活用されるケースが増えています。オルタナティブデータとは、金融機関や投資家が資産運用の際に参考にしていた情報の枠を超えた、さまざまな業界・分野の情報のことで、資産運用における投資判断基準に大きな差を生む要因となることが期待されています。オルタナティブデータの活用方法は無限大ですが、このデータを利用した投資手法や活用方法は発展途上であり、研究されていますが、これからのESG 投資の手法の中で、企業・事業の成長可能性等を理解・評価する投資手法として発展していくと思われます。
日本システム技術の保険者向け事業と社会貢献
事例を紹介する前に、日本システム技術株式会社(JAST)の紹介とメディカルデータについて説明します。当社は1973年に創業した今年で50周年を迎えるIT企業です。教育、金融、医療をはじめ、幅広い業界や分野において独自のソリューションを創出しています。保険者向け事業は、2009年にレセプト自動点検システム「JMICS」を開発したことがきっかけで、2020年には保険者の業務D Xを推進する「iBss(アイビス)」を発表し、保険者向けのワンストップサービスとして、レセプト点検、WEB通知、医療費分析、政策であるデータヘルス計画実行支援などトータルサービスを全国各地の保険者に提供しています。
長年にわたり、大量のレセプトを安全かつ確実に運用した実績から、近年ではメディカルビッグデータの利活用を進め、医療情報分析サービスや医療費予測、疾病予測モデルの開発なども行っています。
「メディカルビッグデータ」といっても、さまざまな種類のデータが存在します。その中でも、当社が取り扱う情報は保険者由来の情報です。この情報にはレセプトデータや健康診断データが含まれます。レセプトは医療機関などが保険者向けに医療費を請求するために1カ月に一度発行する明細書です。患者が受けた診療行為すべてが記載されているデータであり、継続的観測に優れています。一方、健康診断データは患者の健康診断結果の詳細が記載されているデータであり、1年ごとの定点観測に優れています。これら2つのデータを組み合わせることで、患者の健康状態を継続的にも定点的にも分析することができます。
図表1:メディカルビッグデータの概念図
保険者由来の情報の分析事例としては、医療費の適正化による課題解決に向けた適正受診促進事業の支援が挙げられます。例えば、保険者から預かったレセプトデータから受診する時間帯や受診回数、処方されている医薬品の種類・量などを分析し、頻回・重複受診、特定薬剤過剰処方などの傾向がある人をリスト化し、対象となった人に個別通知・指導を実施することなどです。このように、当社は保険者と協力し、医療費削減などの社会問題の解決に努めています。
このほかにも、当社は保険者から利活用許諾を得たレセプトデータ・健康診断データを匿名加工したデータベース「REZULT」を保有しています。これは健康保険組合を中心とした全国150保険者からレセプトデータ・健診データの利活用の許諾をとり、約850万人分のデータを収載しているメディカルビッグデータです。当社では、このデータを利活用した産官学連携による共同開発研究を進め、新技術・新サービスの創出など、保健事業に限らず、幅広い分野の社会課題解決に貢献しています。
オルタナティブデータとしての「メディカルビッグデータ」
社会貢献性に優れたメディカルビッグデータは、病院や調剤薬局で処方された医薬品および使用された医療機器の実績が確認できるため、製薬会社や医療機器メーカーの売上予測にも活用できます。
製薬企業が販売している医薬品には、医療機関で医師が発行する処方箋に基づいて患者の手に渡る医療用医薬品と、ドラッグストアなどで患者自身が選んで買うことのできる一般用医薬品の2種類があります。一般用医薬品は市販薬ともいわれ、各製薬企業の売り上げはPOSデータなどで分析が可能です。一方、医療用医薬品は製薬企業の売上高の90%を占めるといわれているにも関わらず、レセプトデータや卸データなどでしか販売の実態がつかめません。しかし、レセプトデータや卸データはオルタナティブデータの中でも知名度が低く、提供業者が限られています。そのため、製薬企業の分析をしたい方に情報が届いておらず、データを収集してもその中から有益な情報を抽出することは容易ではありません。また、そもそもその情報が有益かどうか判断する基準も定まっていません。そのため、データの検証モデルを開発する必要もあり、活用が進んでいないのが現状です。
当社のメディカルデータは、医薬品名称、製造販売企業、先発・後発品区分、薬剤分類、薬効分類、薬価などの医薬品情報や診療年月、医療機関所在地、処方数量、金額などの処方情報が収載されており、それらのデータが扱いやすいようクレンジングされています。例えば、当社のメディカルデータを活用すると、以下の表のように診療年月別に医薬品・製造販売企業ごとの売上高を簡単に算出ができます。
図表2:2018年4月の処方医薬品(眼科用剤)売上高トップ10
上記の特徴を踏まえて、企業別医薬品売上高の推移のデータを作成しました。今回は眼科用剤のみを対象とし、2018年4月から2023年3月までの通算売上トップ3の企業(参天製薬、ノバルティスファーマ、バイエル薬品)をプロットしています。以下のグラフは眼科用剤ということもあり、花粉症で受診する方が多くなる3月に処方が伸びています。ノバルティスファーマの売上を確認すると2022年3月の売上が前年同月と比較して減少しています。売上減少の原因としては、アレルギー性結膜炎への処方が多い主力先発医薬品「パタノール点眼液0.1%」の売上が特許延長期間切れにより減少したことが挙げられます。
図表4:各医薬品の売上高と前年同月比
メディカルデータを活用した場合、上記のように年月単位での売上推移や製薬企業の主力商品の売れ行き、さらには医薬品のスイッチングなどの調査が全医薬品分類で可能です。また、当社調査ではありますが、当社のメディカルデータで調査した売上高と製造販売企業公表の売上高の相関関係には一定以上の相関がみられるケースもあり、製薬企業の売上予測の一指標として、メディカルデータの活用が可能といえます。
さいごに
今回は製薬企業の売上予測の一指標として、オルタナティブデータとしてのメディカルデータ活用の事例を紹介しました。昨今では、機関投資家側、消費者側から見て、投資先や金融商品の組成、商品購入先の選定の基準としても、ESGへの関心と重要性は高まっています。また、当社の持つオルタナティブデータを活用したESG投資などの相談も寄せられており、益々需要が増していくデータだと感じています。現在は投資の指標として活用できる企業が製薬企業や医療機器メーカーに限られていますが、今後は位置情報データなどと組み合わせて調剤薬局運営の企業や医療機関のコンサルティングをしている企業など分析可能な企業を増加させていく予定です。最後にESGを日本社会の未来や自分事として捉えることで、オルタナティブデータが社会のどのような問題の解決に有効なのか、何のために使うのかということを念頭に置き、幅広い分析に活用していただくことで社会課題の解決とオルタナティブデータの発展に寄与していく所存です。
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