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リレーコラム データサイエンスの新地平
~オルタナティブデータ活用最前線~
第1回 オルタナティブデータの基礎知識

2021年12月20日
東海林 正賢 / 一般社団法人オルタナティブデータ推進協議会 代表理事

伝統資産からオルタナティブ資産へ――資産クラスの多様化が急速に進んでいるのは周知の通りだが、資産運用業界では昨今、投資判断の拠りどころとなる「情報源の多様化」も急速に進展している。
伝統的な財務情報にとどまらず、データソースは「オルタナティブデータ」と呼ばれる非伝統的な領域へと拡大を続けているのだ。この分野の最新動向について、認知拡大や業界ルール整備などの活動を展開する、オルタナティブデータ推進協議会(JADAA)の関係者にリレー形式で寄稿いただく。
今回は、オルタナティブデータとはそもそも何か? 活用が進んでいる背景や日本国内の状況について、同協議会代表理事の東海林正賢氏に解説いただいた。

オルタナティブデータとは

オルタナティブデータとは、金融機関が投資判断にデータを活用する中で、従来から使われている金融向けの定型的なデータ(例として株式の注文情報や企業の財務情報など)以外の、非金融のデータや非定型のデータのことを言います(図1)。

代表的なオルタナティブデータとして、POSデータ、気象情報、衛星画像、特許情報、位置情報、SNSなどがあります。

例えば、スーパーなどでの販売がメインの加工食品メーカーなどは、スーパーのPOS情報によって業績を予測することが可能です。また、人流データから工場に出勤する人数の変化を調べ、設備の稼働率を予測したり、衛星写真で工場に出入りするトラックの台数を調べ、出荷数の予測を行ったりすることも、オルタナティブデータの活用例として知られています。さらに衛星写真は原油の貯蔵タンクの写真も使われており、今どのくらい在庫があるのかを調べることで、原油先物取引の検討にも活用されています。

オルタナティブデータ活用の背景

なぜ今、オルタナティブデータが活用されるようになったのかについては、以下のような理由が考えられます。

まずは量子力学の考え方を金融に導入し、予測モデルを作って取引を自動化するクオンツ運用と呼ばれる手法が一般化したことで、各社が同じような取引を行うようになり、その結果、運用成績の差別化が難しくなったことが、その一因です。予測モデル作成にはインプットするデータが必要ですが、他社と同じデータを使った予測モデルでは、他社と同じ結果しかアウトプットすることができなくなり、いかに新しいデータを探してきて予測モデルの作成に活かすかという点が、差別化に直結するようになりました。

資産運用の差別化には、他社が使っていないデータを見つけることが重要となり、逆に言えば、新しいデータを活用しなければ、他社との運用能力に差を付けられてしまうという状況になってきています。

さらには、クオンツ運用だけでなく、ファンダメンタル分析においても、企業の中期経営計画の蓋然性を確認するために現在のPOSデータから注力商品が本当に売れているのかを確認するといった活用もされており、中長期の投資判断においてもオルタナティブデータの活用が活発になっています。

特に昨今のテクノロジーの進展により、クラウドコンピューティングによって大量のデータを高速に分析する環境が整ってきたことや、AIや機械学習技術の高度化によって、今まで定量的に分析することが難しかった文章や画像を解析することが容易になったことも、大きな要因として挙げられます。

そして、何と言ってもコロナ禍により景気の先行きが不透明になってしまったことで、今までの運用者の経験と勘だけでは予測や判断が難しくなり、新しい投資判断の手法が求められていることも後押ししていると考えられるでしょう。

日本における活用の現状と課題

このようにオルタナティブデータは世界中で活用が進んでおり、「Alternativedata.org」の調べによると、世界におけるオルタナティブデータの市場規模は約1700億円を超えていると推計されています(図2)。

しかし日本においては日本ならではの要因によって活用が進んでおらず、資産運用各社の意見を総合しても国内の需要は10億円に満たない規模と考えられ、まだ活用が十分とは言えない状態です。

資産運用の高度化において、オルタナティブデータの活用は必須と思われますが、なぜ、活用が進まないのでしょうか? 各社との意見交換によりおおきく3つの課題があることが分かりました。

まず、第一にレギュレーション上の検討に課題があると考えられます。例えば、金融機関において運用担当者がオルタナティブデータの購入を検討しており、契約書のレビューを法務部門に依頼したとします。しかし、法務からは通常いくつもの質問が提起されます。プライバシー上問題は無いのか? コンプライアンス的に問題はないのか? 他の金融機関はどうしているのか? インサイダーにはかからないのか? そもそも購入先として問題はない会社なのか? といった指摘がその代表例です。

このような疑問を払拭するために、運用担当者は多大な労力をかけて解決を図ることになりますが、そのために2~3カ月も費やしてしまうことで、そもそも購入しようとしていたデータが既に陳腐化してしまって、購入すること自体をあきらめてしまうことがあります。

2つ目の課題として、データ分析人材の不足が挙げられます。データ分析人材はどの業界でも不足しているため、金融の知識もあるデータサイエンティストを探すことは困難を極めます。また、1人だけ採用したとしても、分析の実作業においては、データクレンジングと呼ばれる分析のための前処理に手間がかかり、分析そのものに打ち込む時間が削られてしまいます。

3つ目の課題はコストです。データを購入してどのぐらいの利益が見込めるのかを具体的に表すことが非常に難しいため、データ購入の稟議書を作成することができないとも言われています。結果として、研究開発費や新聞図書購入費用など、効果を求められない費目で購入することもあると聞きます。これでは思い切った投資に踏み切ることは不可能です。

課題解決のための業界団体の設立

こういった課題を解決するために、業界全体の叡智を結集すべく、「一般社団法人オルタナティブデータ推進協議会(JADAA)」を2021年2月5日に設立しました。

現在約50社の企業・団体(図3)が参加し、毎週行われる定例会や隔週で行われている各種委員会にて、活発な議論が行われています。興味深いのは、協議会に参加している会員が既にオルタナティブデータを活用している企業にとどまらない点です。むしろこれからデータの活用方法について検討を行っている部門や金融向けのビジネスを検討しているといった企業も、多く入会していただいており、オルタナティブデータという新たな市場の成長に期待を寄せている企業が多いことを表していると言えるでしょう。


協議会の中ではさまざまなデータの活用方法が検討されており、既に複数のプロバイダ―によって新しいサービスを開発し発表するケースも出てきました。オルタナティブデータはトラディショナルデータも含めた複数のデータを合わせて検討することで、より一層の価値を生むということが可能ですが、当協議会の会員の中でも実際にそうした活動が行われています。

オルタナティブデータの今後

協議会に加盟している企業が持つデータは非常に多岐にわたっており(図4)、これからも多くのデータが活用されていくことが期待されています。同時に、オルタナティブデータの用途もますます拡がっていくと思われます。例えば不動産取引においても物件に関わる周辺環境などのさまざまな付加情報が取引の決め手になることもありますし、ESGの情報収集のためにも多くの種類の社外データの活用が期待されています。本連載では今後、そうした新しい領域での活用をご紹介していく予定です。

ちなみに次回は、海外のアセットオーナーがオルタナティブデータをどのように活用しているか、事例も交えてご紹介する予定です。

東海林 正賢

一般社団法人オルタナティブデータ推進協議会 代表理事

東海林 正賢 Masayori Shoji
大手外資系システム会社にてデジタルによる新規ビジネスの立上や業務改革に従事した後、コンサルティング会社に入社。2016年よりデジタルやデータを使い事業改革を行うフィンテック・イノベーションの組織をリード。2021年オルタナティブデータ推進協議会を立上げ代表理事に就任(現任)。

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