2015年に策定されたコーポレートガバナンス・コードの見直しが行われ、6月11日に改訂版が施行された。2018年以来の見直しとなる今回は、来年4月にスタート予定の東京証券取引所の新しい市場区分も見据えた改訂となっている。
新設される「プライム市場」に残るには、本腰を入れてガバナンス強化に取り組んだり、自社のポリシーを株主・投資家に説明したりすることが不可欠になったと言えそうだ。注目すべきコード改訂のポイントを中心に、関係者に話を聞いた。
日本版スチュワードシップ・コードと並んでしばしば「Wコード」「車の両輪」とも称されるコーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)は、2015年に初版が策定され、18年に続き、現在2度目の改訂が行われた。
「3700を超える国内の全上場企業が、CGコードの内容をすべて守るのは容易ではありません。そのため『コンプライorエクスプレイン(できることは遵守する。遵守できない、あるいは遵守する必要がないと考えるならその理由を説明する)』というプリンシプル・ベース・アプローチが基本スタンスです」。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券インベストメントリサーチ部のシニアESGストラテジスト、黒田一賢氏はこう説明したうえで、これまでのCGコードに対する各社の対応を次のように総括する。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券
インベストメントリサーチ部シニアESGストラテジスト 黒田 一賢 氏
『コンプライorエクスプレイン(できることは遵守する。遵守できない、あるいは遵守する必要がないと考えるならその理由を説明する)』というプリンシプル・ベース・アプローチが基本スタンスです」。三菱UFJモルガン・スタンレー証券インベストメントリサーチ部のシニアESGストラテジスト、黒田一賢氏はこう説明したうえで、これまでのCGコードに対する各社の対応を次のように総括する。
「これまでは自らの考えを説明することが不得手な企業の間では、『全ての基本原則を実施していますと書いておこう。もし株主から詳細な説明を求められたら、“ごめんなさい”と言えばいいだろう』といった受け止め方もありました。それが今回の改訂により、コードをすべて遵守することがますます困難になっています」。
いよいよ、遵守するか説明するかの岐路に立たされるといっても過言ではない状況に追い込まれるのだ。
環境(E)や社会(S)に関する具体的な内容も明記された
では今回の改訂で注目すべき点は何だろうか。
東京証券取引所の上場部長、林謙太郎氏は、主要な見直しのポイントとして①サステナビリティ、②ダイバーシティ、③取締役会の機能発揮の3点を挙げ、改訂にあたって開催されたフォローアップ会議においても、「攻めや守りもさることながら、変化への対応が何より重要な局面」といった議論が展開されていたと、その背景を語っている。
2015年にCGコードが策定された当初は、日本企業に国際競争力を取り戻してもらうための「攻めのガバナンス」に主眼が置かれていたが、その後、企業の会計をめぐる不祥事が相次ぐ過程で、監査体制など「守りのガバナンス」の重要性も指摘される。それらを踏まえて改訂の議論が行われている最中に、多くの企業が新型コロナウイルスの感染拡大という想定外のリスクにさらされた。
「コロナウイルスにより人々の移動やコミュニケーションのあり方が激変し、変化に適応できなければ持続的な成長や中長期的な企業価値向上は望めません。そして、そのためには経営陣の意思決定がより一層重要で、それを支える取締役会の機能強化が欠かせないという認識が広まった」と、林氏は言う。
①サステナビリティについては、コロナ禍によってESGの重要性にますます関心が集まっているが、今回のCGコード改訂にも環境(E)や社会(S)に関連する事項が盛り込まれている。
「2015年の初版の時から「基本原則2:株主以外のステークホルダーとの適切な協働」という項目で、サステナビリティにも言及されていました。ただし今回の改訂では、サステナビリティとは何を指すかについて、さらに踏み込んで明記されたことが大きな進歩ではないでしょうか」と、黒田氏は指摘する。
実際、基本原則2の中の補充原則2 – 3①には、「取締役会は、気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇、取引先との公正・適正な取引、自然災害等への危機管理など、サステナビリティを巡る課題への対応は、リスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な経営課題と認識し……」と具体的に記載されている。
サステナビリティといえば、これまで気候変動などEの問題に関心が集まりがちだったが、コロナ禍で急速に関心が高まってきたSに関連する課題にも対応が求められているのだ。もちろんEについても、改訂版ではより高いレベルの対応が求められており、新たにTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に関する記載も追加された。「基本原則3:適切な情報開示と透明性の確保」の項目に、「TCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべき」と明記されている点などはその一例だ。
②ダイバーシティについては、補充原則2 – 4①に「上場会社は女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに、その状況を開示すべき……」と記されている。
「昭和の高度経済成長の成功体験や、平成の失われた30年の喪失体験を引っ張ってきたのは、日本人の男性が中心となって組織された日本の会社です。令和の時代に変化への対応を実現していくためには、これまでとは異なる組織のほうが好ましいとの指摘もあり、日本人や男性に限らない多様な人材をいかに組織の中に統合するかが問われているのではないでしょうか」と、林氏は語っている。
人数だけでなく質も問われる独立社外取締役のあり方
こうしたサステナビリティやダイバーシティを強力に推進していくには、③取締役会の機能発揮が問われるという流れだろう。黒田氏は、「個人的に今回の改訂でいちばん重要だと感じているのが、補充原則4 – 2 ②で取締役会の役割・責務も具体的に明記されている点」だと言う。
「取締役会はサステナビリティを巡る取り組みについての基本方針を策定すべき、とはっきりと書かれています。要するに取締役会の構成員である以上、サステナビリティの理解が必須になったわけです」。さらに取締役会強化の面では、「スキルマトリックスを用いた開示が追加されたことも重要な点」(黒田氏)だという。これは、取締役会が備えているべき知識・経験・能力を明らかにすると同時に、各取締役が有するスキルとどう対応しているかを併せて開示するというものだ。
「どういう要件が取締役に求められていて、それを満たす人がきちんと取締役会に入っているのか。特に社外取締役の人数が増えていく場合、適正なスキルを有する人で構成されているかが厳しく問われますが、条件を満たしているか否かはスキルマトリックスで一目瞭然になるでしょう」(黒田氏)。
今回のCGコード改訂の報道を見る限り、プライム市場の会社では独立社外取締役が3分の1以上でなければならなくなるといった面が強調されている印象もあるが、数だけでなく質が問われていることも留意すべきだろう。
プライム市場の基準はESG重視の機関投資家も意識
独立社外取締役の割合もさることながら、先述のTCFDに基づく情報開示など、「プライム市場の会社限定」の規定もいくつか見られる。そこで2022年4月からスタートする東証の新たな市場区分にもついても触れておこう。
2013年1月に発足した日本取引所グループ(JPX)には現在、東証の市場第一部、第二部、マザーズ、JASDAQのスタンダードおよびグロースの計5市場が存在する。第一部と第二部は大阪証券取引所と東証の統合を機にそれぞれ1つに再編されたが、新興市場のマザーズとJASDAQは市場の性格が異なり、積年のライバルだった経緯もあってJPXへの統合後も再編されずに併存してきた(図1)。
ナスダックやロンドン証券取引所のように、世界には企業をいくつかにセグメントしている取引所は存在するが、多くてもせいぜい2つか3つで、5つにも分けているケースは日本くらいだという。そこで再編を議論するにあたり、「単なる数合わせで終わらせない、上場会社の企業価値の向上・持続的成長に資する形での再編のあり方について議論を重ねた末、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場というコンセプトの異なる3つの市場区分への再編案に至りました」と、林氏は解説する。
また再編にあたっては、国内外の機関投資家へのヒアリングも重ねていったという。
「プライム市場は機関投資家にとってインベスタブルであるか否かを強く意識した設計で、上場基準には流動性に関して流通時価総額100億円以上といった閾値を設けているほか、コーポレートガバナンスやサステナビリティについても機関投資家がどういう目線で投資しているかを反映したマーケットになる」と、林氏は語っている。
今回のCGコード改訂でも、プライム市場の上場会社にはより高い水準、つまり機関投資家の要求に応えうる水準を設けている背景には、こうした事情があるのだ。来年4月の新市場区分への移行に向けて、各上場会社は新たなCGコードにどのような対応を示すのであろうか。さらに新区分は、市場ベンチマークであるTOPIXの構成銘柄の見直しなど、アセットオーナーにとっては日本株ポートフォリオに重要な影響を及ぼすテーマなだけに、われわれも引き続きウォッチしていきたい。
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