「オルタナティブデータ」と呼ばれる非伝統的な情報を用いた資産運用の最新動向について、認知拡大や業界ルール整備などの活動を展開する、オルタナティブデータ推進協議会(JADAA)関係者によるリレーコラム。
第5回は、さまざまな非財務情報を拠りどころとするESG投資とオルタナティブデータの関係について、同協議会の理事で、リフィニティブ・ジャパン上席執行役員の笠井康則氏に寄稿いただいた。
第4回「ESG投資とオルタナティブデータの接点【1】」はこちら。
ESGデータとは
ESGという言葉を、毎日のように目にするようになってから、もはや数年経ちました。それでは、「ESGデータ」と言った時に、読者の皆さんが頭に浮かべるものは何でしょうか。特にこの1~2年において、SDGs、カーボンハーフからカーボンニュートラルへの目標など、ESGそのものに関しては大きく進捗があった中で、ESGをデータの観点から理解する重要度も増していると考えられます。
本稿では、ESGデータの分類に始まり、オルタナティブデータとESGの接点について、さらに今後ESGの領域で、オルタナティブデータが重要となりうるポイントについて整理しようと思います。
3つのESGデータ
本稿で取り上げるESGデータについては、企業活動に直接関連したものを中心に取り扱います。まずは、オルタナティブデータが含まれない範囲でのESGデータの整理です。大きく分けて3種類のデータがあると考えられます(図1参照)。
1.資金調達分野におけるESGデータ:
グリーンボンドやグリーンローンを通じて、ESGを目的とした資金調達に関係するデータ。資金使途や認証機関情報などのESG準拠情報がTerms&Conditionデータ(契約条件の文書)の中に含まれます。
2.ESGデータ(ローデータ):
有価証券報告書や年次報告書などの企業報告書の内容から、各データプロバイダーがESG関連項目を抽出した数百種類にも及ぶ詳細データ。なお、プロバイダーによってはアンケート結果を基にしてデータを作成しているケースもある。
3.ESGスコア:
各データプロバイダーが、ローデータを基にして、総合的に計算するスコア。一般的にESGデータと言う時には、このESGスコアを指すことが多い。
図1: 企業活動の一環として公表される情報から抽出・作成されるESGデータ
ESGデータ(ローデータとスコア)における課題
余談になりますが、時々耳にするESGスコアに関した課題として、各プロバイダーのスコア結果が異なるために比較が難しいという話があります。この点は、そもそも企業報告段階での基準化の進捗が重要であり、IFRS(国際会計基準)などによる基準の統一化の取り組みが期待されます。また、透明性確保などを主眼に置いたプロバイダー等関係者の行動規範についての議論の進捗も重要な点と考えられます。
一方、本稿で取り上げるESGデータにおける課題とは、主に日々の企業活動と企業報告の頻度から生じる、データ更新に関するギャップです。企業からの報告、有価証券報告書や年次報告書における報告がデータソースとして最も信頼が置けるものであることに疑いはありません。これら報告書には、実績だけではなく、今後の活動指針などの広範囲にわたりカバーされているケースが通常です。しかしながら、日々積み重ねられる企業活動の中で、報告書は特定時点のスナップショットにすぎません。アンケート結果に基づいてデータを作成するプロバイダーも含めて、ESGデータ(ローデータ)や、ローデータを基にして計算されるESGスコアは、企業決算と同様、ある時点のものとなります。
従って、企業活動の中から、できる限りタイムリーにESGに関した課題や進捗を把握し、活用するアプローチを模索するニーズがより高まるものと考えられます。ここにオルタナティブデータとESGの接点が生まれてきます。
ESGの進捗
少し話題を変えて、全般的な社会としてのESGの取り組みについて思い出してみましょう。現在、ESGというと、身近なところでは、日本取引所グループが今年4月にスタートしたプライム市場の上場企業に対して、コーポレートガバナンス・コードの一環で、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に基づく温室効果ガス排出によるリスクと機会について報告することを求めています。このように、最近は、環境(E)に関連した領域への注目が高くなっています。しかしながら、すでに約20年に及ぶESGの歴史の中で、比較的最近までは、コーポレートガバナンス(G)への注目が高い状況が続いていました。また、人権問題により、社会(S)が注目された時期があったことも記憶に新しいと思います。
ここに至るまでのESGの進捗は、社会全般的な動きがドライブしてきたもので、各企業は適宜必要な対応を行うという受け身の立場だったかもしれません。一方、今日では多くの企業が先陣を切って温室効果ガスの排出をネットゼロに削減する行動を起こしています。政府だけではなく、企業自身が取り組みをリードする立場に変わりつつあります。ESGに関連した企業のさまざまな動きは、企業発表や関連ニュースを通じて周知され、リアルタイムに株価が反応することも日常的になってきています。このような状況の中で、「適時性」の高いタイムリーなデータが普及し、ESGの浸透度合いが高まっていくにつれて、より「効率的」にESGの進捗を測るデータの重要性がさらに高まると考えています。
ESG領域におけるオルタナティブデータの可能性
まず、適時性に関連したオルタナティブデータの可能性を紹介します。企業活動に関した情報は、例えば、プレスリリースや記者会見、取材によるニュース記事、アナリストによる取材・分析のほか、SNSに代表されるインターネット上の「テキストデータ」に多く含まれています。テキストデータは、代表的なオルタナティブデータです。多くのテキストデータはリアルタイムにリリースされるものであり、ESGに関する情報も含まれることがあります。テキストデータをそのまま使用することも可能ではありますが、そのテキストにどれだけESGに関係した文脈が含まれているかについて、自然言語処理(NLP)により分析し、「データ化」もしくは「数値化」することが有効なアプローチとなっています。リアルタイム性のある数値化されたデータであれば、バルクデータ分析の一環として、適時、ESGに関連した企業分析や、投資判断に組み入れることが可能となります。
続いて、ESGにおいて、今後重要度が高まるのは、サステナビリティに関する取り組みがどの程度進められているかを表す「進捗確認」に用いるデータでしょう。すでにグリーンウォッシュが課題として取り上げられていますが、特にグリーン分野に代表される環境の領域においては、「効率的に」データを収集するニーズが高まると考えています。この点において有効と考えられるオルタナティブデータが、「衛星やドローンなどによる画像データ」です。これらの画像データは、その精緻さから、建設分野や治山治水など非常に幅広く実用化が進んでいます。一方、ESG分野での使用は、まだこれからと思われます。画像データについては、上書きできないような方法(例. DLT:Distributed Ledger Technology/分散型台帳技術)を組み合わせることで、さらに効果的に、グリーン投資の有効性や、グリーン資金調達の進捗確認への適用が可能となるオルタナティブデータと考えています。
図2:ESGデータにおけるオルタナティブデータの位置づけ
最後に、企業活動に関連したESGデータから、もう少し広義のESGデータについても若干触れてみようと思います。温暖化による海水面上昇への影響のように、天候データ、地理データ、衛星データなどのマクロ的なデータもオルタナティブデータの枠組みに含まれます。
例えば、ESGに関連したマクロ経済的な分析だけではなく、地理データに基づいて工場などの立地を分析することは、企業にとっての中長期のストラテジー構築においても重要な要素であり、ここにもオルタナティブデータが活躍する領域があると考えています。
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