「オルタナティブデータ」と呼ばれる非伝統的な情報を用いた資産運用の最新動向について、認知拡大や業界ルール整備などの活動を展開する、オルタナティブデータ推進協議会(JADAA)関係者によるリレーコラム。
今回(第2回)と次回(第3回)は、海外アセットオーナーのデータ活用事例について、同協議会メンバーで株式会社ナウキャスト代表取締役CEOの辻中仁士氏に解説いただく。
第1回「オルタナティブデータの基礎知識」はこちら。
海外アセットオーナーの先進的な事例を今学ぶ意味合い
前回ご紹介した通り、投資判断の拠りどころとなる「情報源の多様化の流れ」としてオルタナティブデータの活用が広がっています。残念ながら国内のアセットオーナーでオルタナティブデータを積極的に活用している事例はまだ乏しい一方で、海外アセットオーナーについては、先進的な事例が具体化し始めています。
筆者が代表を務める株式会社ナウキャストでは、オルタナティブデータの専業ベンダーとして2015年から海外金融機関や他のオルタナティブデータベンダーとの対話を続けてきました。今回、その活動を通じて得た海外アセットオーナーのオルタナティブデータの活用動向を2回にわたってご紹介します。
オルタナティブデータの活用者の担い手と
アセットオーナーの位置付け
オルタナティブデータの活用は広がっている、と言われていますが、海外においてもアセットオーナーが主導しているわけではありません。下の図は、オルタナティブデータの業界の中でも最もよく参照されている業界サイト、AlternativeData.orgの記事で紹介されているオルタナティブデータの一般的な普及過程です。
図 オルタナティブデータの普及過程
出所:”The Ultimate Guide to Selling Data to Hedge Funds” August 16, 2017
( https://alternativedata.org/the-ultimate-guide-to-selling-data-to-hedge-funds/ )を元に筆者作成
ソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)などのアセットオーナー含めたロングオンリーの投資家はむしろ普及過程の最終盤に登場するのに対し、データ活用の担い手として真っ先に上がるのはクオンツや株式ロング・ショートなどのいわゆる「短期筋」「ヘッジファンド」と呼ばれる人々です。
これは、オルタナティブデータの最大の特徴が速報性にあることに起因していると言えるでしょう。例えば皆さんも「まん延防止法適用初日の渋谷の駅前の人出は携帯電話の位置情報によると〇〇%減少し……」といったテレビ報道や、「緊急事態宣言解除後、クレジットカードデータによると、主に旅行関係の回復が著しく……」といった新聞記事をご覧になったことも多いでしょう。
これらのデータは概して経済イベントがあった当日~2週間といった非常に短いタイムラグで提供されており、経済報道のみならず、景気や企業決算の急変をいち早く察知して投資判断を行うヘッジファンドはこうしたデータを重宝し、パフォーマンスにつなげてきました。
長期の負債を持つアセットオーナーにとって、こうした短期的なファンダメンタルズの変化は、オルタナティブ資産への投資の文脈で短期的なパフォーマンスを嗜好するヘッジファンドに対する資金の出し手として関与する可能性はもちろんあるものの、自身がオルタナティブデータを活用することとは関与の仕方が異なるでしょう。
しかし、現実としてオルタナティブデータを活用するアセットオーナーが海外に出現してきていることも事実です。では、彼らはどのようにしてオルタナティブデータを活用しているのでしょうか。
海外アセットオーナーによる
オルタナティブデータ活用の事例
前述した通り、一部の海外アセットオーナーからは、すでにオルタナティブデータを活用していることを示す事例が公表されています。例えばカナダの年金基金であるCPPIBはFinancial Post誌の2019年3月のインタビューでオルタナティブデータの積極的な活用と専門のチームの組成を紹介しています(自らのHP上で同チームの取り組みも開示)。
あるいはオランダの公的年金であるAPGは、オルタナティブデータ分析ツールを提供するExabelと2021年11月に協業し、オルタナティブデータの収集プロセスを高度化することを発表しています。
また、シンガポールの公的年金基金であるGICは、2017年に資産運用におけるイノベーションを推進するKepler Holdingsを子会社として設立し、機械学習やオルタナティブデータの活用をミッションの一つとしています。
これらのアセットオーナーはどのような文脈でオルタナティブデータを活用しているのでしょうか。2019年に公表されたスタンフォード大学とオランダ年金基金APGの論文「Rethinking Alternative Data in Institutional Investment」(2019)に、そのヒントがあります。
本論文ではオルタナティブデータの金融市場における役割の拡大とメインストリーム化、中でもヘッジファンドに偏ってきたことを指摘した上で、今後活用が見込まれる公的年金基金や大学基金、SWF等のアセットオーナーにとってのバリューはヘッジファンドが求めるような「アルファの追求」ではないとしています。
そして、具体的な活用領域をリスクマネジメントにあるとした上で、リスクイベント分析の精緻化や、不動産やベンチャーキャピタルなどのいわゆるオルタナティブアセットのデューデリジェンスのプロセスでの活用を具体例として挙げています。
翻ると、年金基金の運用パフォーマンスの多くの部分は2007~08年度のリーマンショック時や2020年の新型コロナの発生後の相場急変動によってもたらされています。
また、足もとでは不動産やベンチャーキャピタルなどのオルタナティブアセットへの投資も年金基金の業界全体として増加の一途をたどっていますが、こうした中で、リスクマネジメントの高度化に対する要請が高まっており、その一つの手段としてオルタナティブデータの活用を推進している、というのが海外アセットオーナーの現状ということではないか、と筆者は考えています。
なお、現状のオルタナティブデータ活用の先駆者として上に名前をあげた海外のアセットオーナーが、積極的にインハウス運用の体制を構築していることは興味深い事実と言えます。一般的に、インハウス運用のメリットとして、外部委託手数料の削減の他に、運用効率、運用能力の向上、デメリットとしては運用体制の整備に関わるコストなどが挙げられますが、まさにその具体的な事例がオルタナティブデータの活用ということなのかもしれません。
オルタナティブデータの活用はまさにコストがかかる一方で、適切に活用すれば運用能力向上というポジティブ・フィードバックを生むことが可能になるでしょう。
国内アセットオーナーへのインプリケーション
こうした海外アセットオーナーの動きと比較した場合、国内アセットオーナーの事例は乏しいのが実態です。GPIFの「2020年度 ESG活動報告書」の気候変動リスク・機会の評価と分析において、オルタナティブデータプロバイダのアスタミューゼ社が分析支援を行ったことが紹介されたことが挙げられますが、まだ業界全体として活用が広がっていない状況です。
この点、今後国内アセットオーナーはどのような形でオルタナティブデータ活用を進めていけば良いのでしょうか。次回の「後編」では、海外の事例からそのアプローチ方法について可能性と課題を整理します。
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