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新連載 サステナブルファイナンス論壇ウォッチ 第1回
EUで導入された「SFDR」とは何か?

2021年7月2日
井潟 正彦 / 立教大学大学院 ビジネスデザイン研究科客員教授

ESG・サステナブル投資を取り巻く環境は日進月歩で変化しており、新たな概念や言葉が次々と登場している。日々、数多くのニュースやレポートが発信されていて、アセットオーナーの中には消化不良を感じている向きもあるだろう。

そこで本シリーズでは、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授の井潟正彦氏に、日本の投資家が注目すべきテーマを1つ選び、関連するレポート解説いただく。

今回は欧州で新たに導入された「SFDR」に注目しよう。

今年3月から欧州で適用が開始

サステナビリティを巡って日本のアセット・マネジメント業界関係者から大きな関心を集めている話題にSFDRがあろう。SFDRとはEU(欧州連合)で2021年3月10日から適用が始まった「サステナブルファイナンス開示規則(Sustainable Finance Dislosure Regulation)」のことである。投資商品の運用を行う資産運用会社や投資アドバイスを提供する証券会社などに対して、ESGに関連する投資方針・プロセスを会社レベルと商品レベルで開示することを義務付ける新たな規制だ。

開示内容の詳細を策定する作業が遅れたままで最初の段階の適用が始まったこともあり、不透明感が否めなかったが、実務面の注目点については、フランスに本拠を置くBNPパリバ・アセットマネジメントが2021年3月5日に公表した「SFDRに関するコミュニケーションレター」が分かりやすい。EU内でポートフォリオ運用を提供する金融市場参加者は、一任や助言を含めた全ての商品を3つのカテゴリーに分類しなくてはならないこと、EU外の企業が運用している商品でもEUで販売されていれば適用対象になることなどが簡潔に解説されている。

同レポートによると、3つのカテゴリーとは、①サステナブルな投資目的を持つ商品(SFDR第9条に該当する商品)、②「環境」や「社会」の特性を促進する商品(SFDR第8条に該当する商品)、③サステナブルではない通常の商品(SFDR第6条に該当する商品)で、①と②については、目論見書に(a)その商品の「環境」や「社会」特性、または投資目的、および(b)それらがどのように達成されるか、を説明しなければならない上、今後は定期報告を含め開示義務の追加が予定されているという。

SFDRに対する取り組みの個社事例としては、オランダに本拠を置くロベコが自社の公表レポート(「2021年、新規制がサステナブル投資の発展を牽引(2021年3月15日)」「EU規制に従ったファンド分類で、ロベコの運用戦略のサステナブルな特性が明確に(同3月17日)」「投資に伴うネガティブな側面の評価(同3月19日)」「ロベコでは95%がサステナブルと分類-業界には『様々な色合いのグリーン』が存在(同4月22日)」)を通じて報告している内容が大いに参考になろう。

これらのレポートによると、同社はサステナビリティ投資の先駆者(サステナビリティは長きにわたりロベコのDNAという自負)として25年間に及び培ってきた経験・実績に基づき、2019年には社内のファンドを独自に3分類(サステナビリティ・インサイド、サステナビリティ・フォーカス、インパクト投資)し始めていたが、この独自の分類とSFDRが求める第8条と第9条に該当する商品が合致していたため、1年以上前から運用チームを含めた全社横断的な、専任のワーキンググループによる7段階から成る複雑な作業(ファンドのマッピングや、SFDRが求める基準での実績評価、社内の委員会による最終的な審査など)を伴いながらも、比較的スムーズな「通常通りの業務運営」でSFDRに対応できたとのことである(ちなみに、同社のファンドの95%が第8条か第9条に該当する)。

そして今後に向けた見解として、細則が未確定の下で商品分類を余儀なくされた多くの運用会社は、より詳細で厳格な要件や細則が決まってくると、今回決めた分類を維持するためにサステナビリティ投資の水準を引き上げる公算が大きい、と述べている。さらに、今後追加される情報開示義務*1の中でもPAI(Principal Adverse Impacts:会社レベルと商品レベルで、投資先企業、ひいてはポートフォリオが環境や社会などにもたらす主要な悪影響)の考慮と報告について重視し、意欲的に取り組んでいることも語られている。

*1:なお、今後の細則の詳細やその実施面での課題などについては磯部昌吾・富永健司『EUのサステナブルファイナンス開示規則(SFDR)の開始-遅延する細則策定と各社の対応-(野村サステナビリティクォータリー 2021年春号)』が詳しい。

カーボン・フットプリントや生物多様性、取締役会におけるジェンダーの多様性などを含む18のPAI指標について、社内向けスクリーニング・ツールなどの計測や評価の方法を開発・整備するとともに、2021年6月までにPAIに関する声明の更新、2022年1月までに各サステナブル・ファンドにおけるPAIの認識に関する追加情報の目論見書などへの掲載、2022年6月までにPAIに関する組織レベルの実績の初報告などを行う予定とのことである。なお、特定された悪影響については、議決権行使やエンゲージメント、宣言や協定への署名といったコミットメントを通じて可能な限り緩和や軽減を図る方針と明言する。

狙いは「ウォッシング」の防止

ところで、上記のレターやレポートはいずれも、SFDRの目的はサステナビリティ投資に関する運用会社やその商品の透明性の向上を通じた「グリーンウォッシング(環境をはじめサステナビリティに配慮しているかのように見せかけること)」の防止にあると強調する。元々定義などが不明瞭だったにもかかわらず、SFDRによってグリーンウォッシングか否かを峻別できる実務になったとすれば、それはEUが2020年6月に「タクソノミー(分類)に関する規則(Taxonomy Regulation、TR)」として何がサステナブルな対象や要件になるかを策定したからだ。

この点について大和総研・鈴木利光氏は、EUタクソノミーはSFDRに基づく開示を前提としていると述べ(『EU金融機関等のサステナビリティ開示規制(2020年7月2日、大和総研HP掲載)』)、またKPMGジャパン・加藤俊治氏は、SFDRがTRと深く結びついていると指摘する*2『EUサステナブルファイナンス(気候変動、ESG等)開示ルールの整備と我が国の対応(2020年9月1日、KPMGジャパンHP掲載)』)。

*2:タクソノミーについては磯部昌吾『環境面でサステナブルな経済活動を分類するEUタクソノミー-分類基準の概要と金融規制等における利用-(野村資本市場クォータリー2021年冬号)』も詳しい

Z世代には「E」「S」考慮が不可欠に

日本でも今後、誰からも太鼓判を押されるサステナブル投資商品(ESGファンド)の一層の興隆が必要であろう。例えば、野村総合研究所・皆川聡美氏によると、コロナ禍の下で人数と金額いずれについても、若年投資家の存在感が増しているとのことだが(『コロナ禍で高まる投資熱、若年層の金融意識は二極化(最新データから読み解く「NRIマーケティングレポート」、2021年4月21日)』)、そうした若年層は、金融庁の資料(サステナブルファイナンス会議・第24回事務局資料、2021年2月15日)によると、特にZ世代を中心に環境問題や社会課題への関心を明らかに高めており、投資意欲のある若者のうち約7割が環境問題や社会課題に取り組んでいる企業への投資意欲を持つ、とのことである。

とすると、日本の資金フローにおける最大の課題である「貯蓄から資産形成」を促進・加速していくためにも、運用会社同士が国民的なESGファンドの組成と運用を巡って健全に競い合い、一般投資家が容易にそうした商品間の比較を行い、商品特性を判別できる開示や説明が不可欠になろう。その場合、サステナビリティを巡る統一された明確な基準が日本でも必要になるのではという印象を受ける。

グローバルマネー争奪戦で日本が劣後しないために

この点について、前述のレポートで加藤氏は、より大きな視野も含めて日本の課題を解説する。TRとSFDRは、巨大な資金を必要とするパリ協定の実現に向けてEUがグローバルマネーの争奪戦に勝利するための戦略、ひいては経済政策の中心であるとし、日本がそうした争奪戦に劣後しないためにも、タクソノミーを法制化するのか、法制化する場合にはEUタクソノミーを受け入れるのか、日本独自のタクソノミーを開発すべきなのかの検討が必要と思われる、という見解を提示する。

そして、法制化されたタクソノミーのメリットとして、これから投資に参加してくるSDGsネイティブ世代たるミレニアル世代や、日本の資本市場で大きな存在感を持つ外国人投資家への安心感に繋がること、スチュワードシップ・コードで求められる機関投資家と被投資企業との間でのサステナビリティに関する建設的な対話が一定の目線に基づいて行えることを挙げつつ、固定化された分類がイノベーションをかえって阻害し得ることをデメリットとして言及する*3

*3:加藤氏はまた、仮に法制化するとした場合にEUのTRをそのまま受け入れるべきか、日本独自のTRを開発すべきか、を折衷案とともに判り易く解説している。

2021年6月18日に公表された金融庁の『サステナブルファイナンス有識者会議 報告書』も、タクソノミーの設定はサステナブルファイナンスを推進する政策ツールになり得るし、「グリーン」であるか否かの判断の簡便化と信頼性向上という効用があるが、基準設定に担保されるべき科学的根拠や、中央集権的な基準設定に伴うコスト、高頻度で見直しがなければ関係者の判断が固定化されるリスク、各国のエネルギー事情などへの留意などを課題として指摘する。

そして、コスト・ベネフィットの適切な判断のためには、市場ベースでのESG評価の活用など抵コストで柔軟性のある代替的な施策の有無を検討したり、「サステナブルファイナンスに関する国際的な連携・協調を図るプラットフォーム(International Platform in Sustainable Finance:IPSF)」といった国際的な議論に日本への影響も踏まえながら適切に参画したりすることが望ましい、と述べている。

さらに同報告書(案)は、顧客保護の観点から「ESG」や「SDGs」、「グリーン」や「エコ」などの名称をつける投資信託の場合、顧客による誤認防止や特性把握のために可能な限り指標などを用いた明確な説明がなされるべきであり、金融庁がそうした具体的な指標も含めて調査・分析を行うとともに、運用会社等に対するモニタリングを進めることが適当と提言している。

EUにおけるSFDRの開始は、日本のアセット・マネジメント業界にとって、日本の次代を支える資金フロー(サステナブルファイナンス)の中心的な担い手であるという自覚と責務の下、業界横断レベル、および個社レベルのいずれにおいても、一層本格的なESGファンドの組成に伴う開示・説明のあり方についてグローバル目線の見解を発信し始めること、そして方法論に関する実務的な研究・開発を深掘りし、早期に実践していくことが喫緊の課題になった、と知らせる狼煙と言っても過言ではないだろう。

井潟 正彦

立教大学大学院 ビジネスデザイン研究科客員教授

井潟正彦 Masahiko Igata
大手邦銀、外資系信託銀行、シドニー大学留学(MBA)を経て、野村総合研究所に入社。野村総合研究所アセットマネジメント研究室長、野村ホールディングス経営企画部次長、野村資本市場研究所研究部長、同執行役員、同常務、野村サステナビリティ研究センター・シニアフェロー(兼務)などを経て、2021年4月より株式会社 助太刀 常勤監査役。2016年度より立教大学ビジネスデザイン研究科特任教授、2020年度より同客員教授。金融審議会「投資信託・投資法人法制の見直しに関するワーキング・グループ」専門委員、経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」(通称・伊藤レポート)会議メンバーなども歴任。

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