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企業年金担当者が知っておきたい 海外DC最新事情 
第1回 オーストラリア

2025年10月14日
DBの普及が頭打ちになるなか、同じ企業年金としてDBとDCが連携強化を図る動きがある。また、日本のDCが海外の制度を参考に創設されたことを踏まえると、海外のDC事情についてアンテナを張っておくことは、企業年金の今後を考える上でも非常に有意義だろう。そこで、DC制度の調査を進める野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティングの樋渡靖一郎氏から、海外DCの事例を紹介していただく。

はじめに

今回から数回にわたり、海外の確定拠出年金の特徴を紹介するとともに、日本の確定拠出年金が今後どのように発展し得るかを考えていきます。第1回はオーストラリアを取り上げます。

確定給付年金(DB)と確定拠出年金(DC)が併存している日本と異なり、オーストラリアにはスーパーアニュエーションと呼ばれる、国策として強制加入が義務付けられた私的年金制度があります。資産の大部分は確定拠出型のファンドで運用されており、残高は20256月時点で4.3兆豪ドル(約410兆円)と同国GDPの約1.5倍に達しています。

オーストラリアの確定拠出年金制度を見るにあたり、①拠出制度、②デフォルト商品、③プライベートアセットへの投資、④ポータビリティ、⑤給付フェーズ、⑥選択肢と投資アドバイスの6つの観点から概観します。

拠出制度

雇用者による拠出が義務付けられており、拠出率は段階的に引き上げられ、20257月には賃金の12%に達しています。従業員はこれに加えて、任意で追加拠出が認められていますが、年間上限が適用されます。日本では企業型DCの導入自体が企業の任意で、国民全体を網羅する仕組みではありません。一方でオーストラリアは雇用主拠出を義務化することで、被雇用者の大多数を資産形成のスタートラインに立たせ、「やろうと思っているけど始めていない」という状態を大きく減らしています。

デフォルト商品

日本のDCでは元本保証(定期預金等)がデフォルトになるケースが少なくないのに対し、オーストラリアでは規制当局が認めたMySuperがデフォルトファンドとして義務付けられています。MySuperは「バランス型ファンド」か「年齢連動のライフサイクル型」でなければなりません。拠出が強制される制度と組み合わせることで、投資経験の有無にかかわらず長期的に成長資産へ分散投資が行われる設計です。さらに監督当局が毎年実施するパフォーマンステストにより成績が検証され、連続不合格なら新規受け入れ停止など実効性のある是正措置が科されるため、低パフォーマンス商品は市場から自動的に淘汰される仕組みになっています。

プライベートアセットへの投資

スーパーアニュエーションファンドの大きな特徴として、プライベートアセット(未上場インフラ、未上場不動産、プライベートエクイティ等)への積極的な投資が挙げられます。 この投資を可能にしている背景には、主に3つの要因があります。第一に、圧倒的な資産規模と強制拠出制度による安定した資金流入。第二に、加入者が退職まで資金を引き出さないため、流動性の低い資産でも長期保有できるという運用期間の長さ。第三に、国内に民営化インフラや再生可能エネルギーといった豊富な投資機会が存在することです。 プライベートアセットへの投資により、流動性プレミアムの獲得や、株式市場とは異なる値動きによる分散投資効果が期待できます。

ポータビリティ

2021年導入のスタッピング制度により、転職や離職をしても資産が個人の口座に自動でついて回り、個人が生涯にわたって一つの口座で資産を管理しやすくなっています。日本では転職のたびに煩雑な移換手続きが必要となり、手続きを忘れると資産が「塩漬け」状態になるリスクがありますが、今後、DC制度間の移換手続きが簡素化されることで、この問題の改善が期待できます。

⑤給付フェーズ

日本のDC制度では、給付が始まると運用を止めて単に元本を取り崩す仕組みが主流です。これはインフレ下では資産が実質的に目減りするリスクを抱えています。これに対し、オーストラリアでは「給付フェーズ」に入っても基本的に運用を継続します。「アカウント・ベースド・ペンション」と呼ばれる仕組みのもと、資産を年金口座に移管して、その中で運用を継続しつつ、国が定める最低率以上を毎年計画的に引き出します。さらに、年金口座内の運用益が非課税になっており(上限はあります)、加入者には運用を継続する強いインセンティブが働きます。

選択肢と投資アドバイス

加入者は運用商品だけでなく、スーパーアニュエーション基金(日本でいう運営管理機関に相当)そのものを自由に選択できます。さらに投資アドバイス体制が整備されており、基金内での「どの投資オプションを選ぶべきか?」といった個別助言のサービスが、無料または低価格で提供されています。一方、日本の確定拠出年金制度は、運営管理機関による『個別・具体的な投資助言』が法律上難しく、一般的な情報提供に留まっています。このため、加入者は多数の商品を前にしながらも最適なポートフォリオを組むための専門的な助言を得られず、結果として元本確保型に資金が偏ったり、資産形成への関心が薄れたりする、といった課題が生じています。オーストラリアのように、運営管理機関が加入者に対してより踏み込んだアドバイスを提供できるような法整備が進めば、多くの加入者が専門的なアドバイスを受ける第一歩となり、「貯蓄から投資へ」という国のスローガンがより実効性のあるものになるカギとなるでしょう。