大和総研・佐川あぐり研究員の年金レポート 米国401(k)プランにおけるターゲット・デート・ファンド導入の効果
要約
米国では、全体の約6割の世帯が株式を保有しているが、その多くは退職貯蓄制度等を通じた間接保有であり、株式市場における存在感は大きい。退職貯蓄制度として普及する401(k)プランの加入者全体の資産構成を見ると、約7割が株式に投資されている。特に、20、30歳代の株式比率は他の年齢層と比べて約9割と高く、若年層の間接的な株式保有が増えている。
要因の一つがターゲット・デート・ファンド(TDF)への配分比率の高さだ。TDFはライフサイクルに応じて変化する投資家のリスク許容度に合わせて、ファンドの資産配分を自動的に調整する仕組みで、一般的に若年期は株式の配分比率が高い。米国では、自ら運用指図を行わない加入者も一定のリスクを取った運用を実践できるよう、401(k)プランの自動加入化に際しTDFの導入を政策的に促してきた。その結果、若年層のTDFへの配分比率が高まり株式比率は上昇したと考えられる。
これにより、米国では若年層の金融資産額が増加し、退職貯蓄制度以外の形での株式投資の実践が広がった可能性が高く、TDF導入の効果が表れていると言える。日本のDCでも、指定運用方法にTDF等のバランス型ファンドを設定する動きは広がりつつあるが、未だ多くは元本確保型商品を導入している。政府は、国民の安定的な資産形成の促進に向けてDCのさらなる普及を目指しており、事業主へ指定運用方法などの見直しを促すことを具体策に挙げている。米国の現状は、大いに参考となろう。
1.米国家計の株式保有動向について
米国の家計では、資産形成の手段として株式への投資が一般的であり、全体の約6割の世帯が株式を保有している。FRBの“Survey of Consumer Finances”(2022)によると、1989年は株式を保有する世帯は約3割だったが、1990年代に高まり、2000年代以降は概ね50%前後の水準が続いている(図表1)。2022年には58.0%と最も高い数値となった。
ただし、この株式には個人が直接保有する分だけでなく、退職貯蓄制度等を通じた間接的な保有分も含まれている。直接的に株式を保有する世帯の割合は2022年時点で21.0%であった。ITバブルで株式相場が活況だった2001年の調査結果が21.3%だったことからすると、1989年以降の約30年間、多い時でも2割強とほぼ横ばいで推移している。つまり、家計の株式保有比率の高まりは、退職貯蓄制度などを通じた間接的な株式保有が増えた影響が大きいと考えられる。

直接保有、間接保有を合わせた家計の株式保有額は、1990年末の2.2兆ドルから2024年末には57.9兆ドルと26倍に増え、各時点における家計金融資産に占める割合も13.8%から44.4%へと高まっている。この間の間接保有額は株式保有額全体の2~4割程度を占め、直接保有額より少ないが、2000年代以降、概ね家計金融資産の10~15%程度を維持している。

退職貯蓄制度においては、個人が老後に向けた資産形成を前提に定期的に積み立てた資金を長期で運用する。多くの場合、退職前の資産の引き出しに制限を付しているため、短期的な相場変動が起こっても投資資金は市場に留まりやすい。この点、株式市場における安定的な資金提供者として、退職貯蓄制度を利用する個人の存在感は大きいと言える。
2.401(k)プランの株式比率上昇とターゲット・デート・ファンド(TDF)
米国では、401(k)プランなどの確定拠出年金(DC:Defined Contribution Pension Plan)や、個人退職勘定(IRA:Individual Retirement Account)など、自助努力型の退職貯蓄制度が普及している。退職貯蓄制度の資産総額は2024年末時点で44.1兆ドルとなり、2000年代以降、概ね家計金融資産の3割強で推移している。同時点におけるIRAの資産総額は17.0兆ドル、401(k)プランは8.9兆ドルである。
DCの中で、最も普及している401(k)プランは、内国歳入法(IRC:Internal Revenue Code)401条(k)項に規定する要件を満たす企業年金制度で、1978年の改正により創設された。従業員(加入者)の拠出について、所得税の課税が給付時まで繰り延べられ、運用中に得られる収益も非課税で、収益再投資による複利効果も享受できるため、税制面での優遇が大きい。基本的な仕組みは、従業員の拠出をベースとし、多くの場合、企業も従業員の拠出額に応じて一定金額を拠出する(マッチング拠出、※1)。拠出した掛金は、各プラン内で提供される株式や投資信託などを従業員が選択して運用指図を行う。
401(k)プランの加入者全体の資産構成を見ると、株式ファンドは1996年以降、概ね4~5割の水準を維持している(図表3)。個別株式は、1990年代後半には2割近くを占めていたが、近年は低下傾向にあり、2022年末は3.6%となった。一方、近年構成比が上昇しているのが、株式や債券など複数の資産に分散投資するバランス型ファンドの一種であるターゲット・デート・ファンド(TDF:Target Date Fund)である。米投資信託協会(ICI:Investment Company Institute)では、2007年からそれまでバランス型ファンドと分類していたカテゴリを「TDF」と「TDF以外」に分けて構成比を公表している。2007年末時点で「TDF」と「TDF以外」は同程度だったが、徐々にTDFの比率が高まり、2022年末では株式ファンドと同程度となった。
TDFとは、ライフサイクルに応じて変化する投資家のリスク許容度に合わせて、ファンドの資産配分を自動的に調整する仕組みが内包されたファンドである。一般的には、リスク許容度が高い若年期にはファンド内の株式の配分比率を高めにし、ターゲットとなる退職日に向けて、徐々に株式の比率を下げ債券などの比率を上げていくのが望ましいとされている。この年齢別の資産比率の推移はグライド・パスと呼ばれる。例えば、米国のTDF市場において運用残高が最大のバンガード社のグライド・パスを見ると、20-40歳までは株式の比率を90%とし、40歳からターゲットとなる退職日に向けて徐々に株式比率を低下させる形状が描かれている(図表4)。


TDFは2006年成立の年金保護法(Pension Protection Act of 2006)で、401(k)プランへの自動加入化に際し、加入者が運用指図をしなかった場合に投資されるデフォルトファンドの一つに認められた。特に、自動加入によって新たに加入した者の中には、自ら積極的に運用指図を行わない加入者も少なくないと考えられる。こうした加入者も一定のリスクを取った運用でリターンを確保しつつ、退職が近づくにつれてリスクを抑えて資産を保護するという観点から、TDFが適切とされた。米国以外の海外諸国でも、同様の観点から、DCのデフォルトファンドとしてTDFを設定する例が見られる。
米国では、年金保護法の成立を機に、TDFを投資オプションとして導入する動きが広がり、自動加入の対象となった若年層の新入社員の資産の多くがTDFに配分されるようになったと推察される。2022年末で、20歳代の加入者の71.6%、30歳代の加入者の63.8%が401(k)プラン資産の90~100%をTDFへ配分していた(※2)。そして、こうしたTDFの配分比率の高さは、結果として若年層の401(k)プラン資産全体に占める株式の比率(株式ファンドやTDFが保有する株式と個別株式を含む)を上昇させたと考えられる。
4401(k)プラン資産全体に占める株式の比率は、2007年以降概ね6~7割程度の水準が続いており、2022年末で71.0%となった(前掲図表3)。もっとも、年齢階級別にみれば若年層の株式比率はさらに高く、2007年末から2022年末にかけての上げ幅も大きい。ICIの資料によると、2007年末は20歳代が76.7%、30歳代は79.3%だったが(※3)、2022年末にはそれぞれ89.5%、87.4%へ上昇している(※4)。
3.米国のTDF導入の効果から得られる日本への示唆
米国の401(k)プランにおいては、TDFの導入を政策的に促してきた結果、若年層の加入者を中心にTDFへの配分比率が高まり、株式比率が上昇している。退職までの期間が長い若年層の資産拡大に繋がる期待は高く、実際、2019年から2023年にかけて18~39歳の若年層の金融資産が増加したことを示す調査結果(※5)も公表されている。すでにTDF導入の効果が表れている可能性はある。
また、米国では、401(k)プランなどのDCによる株式保有をきっかけに株式への直接投資を始める人は少なくない(※6)。資産増加の成功体験をもつ若年層が退職貯蓄制度以外の形で株式投資を実践し始めている可能性も指摘できる。図表1で示したように、株式を直接保有する世帯は2022年で21.0%だったが、世帯主の年齢階級別に見ると35歳未満が23.1%と最も高かった(図表5
)。この年齢層は、1989年から2019年の調査では株式保有率が最も低かったが、直近の3年間で大きく上昇した。近年、米国では単位未満株を取引できるサービスの普及により、少額からの株式投資が可能となった。新たな投資ツールの誕生が家計の株式投資への参加を促した面もあるだろうが、若年層を中心に広がる401(k)プランを通じた株式投資が、個人投資家のすそ野を拡大させた面も十分に考えられるのではないか。
一方、日本のDCにおいても、指定運用方法(=デフォルトファンド)にTDFなどのバランスファンドを設定する動きは徐々に広がりつつある。だが、指定運用方法を採用している企業のうち、元本確保型商品を導入する事業主は未だ65.9%と多い(※7)。政府は国民の安定的な資産形成を促進するために、DCのさらなる普及を目指しており、内閣官房「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 2025年改訂版」(2025年6月13日)では、具体的な施策として、事業主に指定運用方法などの見直しを促すことを挙げている。米国のTDF導入の現状は、日本の今後の取り組みに大いに参考となるだろう。

※1 日本のDCでは、掛金の拠出は事業主拠出を原則とし、事業主が規約で定める場合には従業員による追加拠出(マッチング拠出)を認めているため、米国の仕組みとは異なる。
※2 ICI“Supplemental Tables: 401(k) Plan Asset Allocation, Account Balances, and Loan Activity in 2022 (xlsx)”Figure A8
※3 ICI RESEARCH PERSPECTIVE “What Does Consistent Participation in 401(k) Plans Generate? Changes n
401(k) Account Balances, 2007–2013” SEPTEMBER 2015, VOL.21, NO.4
※4 ICI RESEARCH PERSPECTIVE “401(k) Plan Asset Allocation, Account Balances, and Loan Activity in 2022” APRIL 2024, VOL.30, NO.3
※5 Rajashri Chakrabarti, Natalia Emanuel, and Ben Lahey “Wealth Inequality by Age in the Post‑Pandemic Era”Liberty Street Economics, Federal Reserve Bank of New York, February 7, 2024.
※6 杉田浩治「米国の個人株主実態調査」、日本証券経済研究所、2006年7月18日
※7 企業年金連合会「2023(令和5)年度 企業型確定拠出年金実態調査結果 (概要版)」(2025年3月27日)
当記事は大和総研のホームページに掲載されている、同社の政策調査部・佐川あぐり研究員のレポートを抜粋したものです。同氏の公開するレポートは下記リンクから閲覧できます。(大和総研のホームページへ遷移します。)
https://www.dir.co.jp/professionals/researcher/sagawaa.html