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リレーコラム データサイエンスの新地平
~オルタナティブデータ活用最前線~
第6回
不動産投資におけるオルタナティブデータ活用

2022年5月20日
佐久間 誠 / 株式会社ニッセイ基礎研究所 金融研究部 不動産投資チーム 准主任研究員

「オルタナティブデータ」と呼ばれる非伝統的な情報を用いた資産運用の最新動向について、認知拡大や業界ルール整備などの活動を展開する、オルタナティブデータ推進協議会(JADAA)関係者によるリレーコラム。

第6回は、不動産投資におけるオルタナティブデータ活用の現状と今後の可能性をテーマに、ニッセイ基礎研究所 金融研究部不動産投資チームの准主任研究員、佐久間誠氏に解説いただいた。

第5回「ESG投資とオルタナティブデータの接点【2】」はこちら

ヒト・モノの流れを把握することで
不動産投資はどう変わる?

不動産投資においてオルタナティブデータの一層の活用が期待されています。オルタナティブデータは従来、一部の専門家のみが活用していましたが、コロナ禍を経て、一気に身近なものとなりました。繁華街などの人出を計測した人流データや、ロシアによるウクライナ侵攻の戦況を可視化した衛星画像データは、テレビや新聞などで目にすることも多く、最近身近になったオルタナティブデータの代表例と言えるでしょう。本連載の第2回と第3回で紹介したように、海外投資家はすでにオルタナティブデータを本格活用しており、今後は国内投資家の間でも浸透することが予想されます。

さまざまな投資対象のうち、不動産はオルタナティブデータを活用するメリットが特に大きいと考えられます。その理由として、オルタナティブデータには、不動産と相性の良いものが多いことが挙げられます。不動産はその名前が示す通り動かないため、ヒトやモノなどが動き利用されることではじめて、価値が生まれます。このヒトやモノの流れをタイムリーに把握することはこれまで困難でしたが、オルタナティブデータがそれを可能にしつつあります。また、不動産投資における課題としてデータ制約が長らく指摘されてきました。個別物件のデータがない、成約データがないなど、定量分析をするために必要なデータをそもそも取得できないことが多くあります。加えて、データを入手できたとしても、公表までのタイムラグが大きいことも課題でした。しかし、オルタナティブデータが普及することで、このデータ制約が解消に向かうことが期待されます。

それでは、オルタナティブデータの活用によって、どのような分析が可能でしょうか(図1)。オルタナティブデータは、公表までのタイミングが早く、取得頻度も高いため、「速報性・リアルタイム性の高い分析」が可能です。また、「これまで定量化されてこなかった定性的な情報を活用した分析」として、例えば、細かい粒度のデータによりサブマーケット分析を高度化することができます。なお、オルタナティブデータを活用して、「新たな経済指標・インデックスの開発」をすることもできます。そこで、本稿ではいくつかのデータを示しながら、不動産におけるオルタナティブデータの活用事例を見ていきたいと思います。

図1:不動産投資におけるオルタナティブデータ活用の方向性と具体例

(注)方向性は岡崎・敦賀 (2015)から引用,具体例はニッセイ基礎研究所
(出所)岡崎 陽介,敦賀 智裕 (2015) 「ビッグデータを用いた経済・物価分析について― 研究事例のサーベイと景気ウォッチャー調査のテキスト分析の試み ―」,2015年6月,日本銀行をもとにニッセイ基礎研究所作成.

検索トレンドを活用した
「速報性・リアルタイム性の高い分析」

「速報性・リアルタイム性の高い分析」のニーズが最も高いセクターは、ホテルと商業施設でしょう。一般的に、不動産は賃貸契約に基づいて固定賃料が支払われ、これが不動産投資の特徴の1つであるインカムの安定性をもたらします。一方、ホテルや商業施設では、運営実績に応じて変動する賃料を受け取る賃貸契約も多く見られます。そのため、検索トレンドや人流、衛星画像、POS、クレジットカード決済履歴などのオルタナティブデータをもとに、ホテルや商業施設の市況を短期予測するメリットは大きいと言えます。

そこで、サーチエンジンでの検索動向を指数化した検索トレンドを用いることで、ホテル市況をタイムリーに分析する事例を紹介します。検索トレンドは、米Google社の「Google Trends」から「ホテル」の検索動向を取得したものを用いました。ホテルの検索トレンドと、ホテル市場を分析する際によく用いられる伝統的データである観光庁「宿泊旅行統計調査」の延べ宿泊者数を比較すると、両者は高い相関を示しています(図2)。

図2:ホテルの検索トレンドと日本の延べ宿泊者数の推移
(注)検索トレンドは,米Google社「Google Trends」から「ホテル」の検索回数を取得したもの
(出所)Google,観光庁のデータをもとにニッセイ基礎研究所作成

 

そのため、検索トレンドを活用することで、ホテル市況をリアルタイムに把握することが可能となります。宿泊旅行統計調査は、第1次速報として全国の月次データが翌月末、第2次速報として都道府県別などのより詳細な月次データが翌々月末に公表されます。一方、Google Trendsのデータはほぼリアルタイムで入手できます。2022年5月にホテル市場のデータを取得したと仮定すると、宿泊旅行統計は3月までの全国データを、検索トレンドは直近のデータを取得することが可能です。このように検索トレンドによって、より早く市況を把握することができ、図表2では、宿泊旅行統計調査の延べ宿泊者数が2022年5月にかけて改善に向かうことを示唆しています。

オルタナティブデータは伝統的データに対して1~2カ月先行して公表されることが多く、ホテルなど市況の変化が投資パフォーマンスに大きく影響するセクターにおいて、特に有用でしょう。

住宅の周辺環境可視化による
「これまで定量化されてこなかった
定性的な情報を活用した分析」

日本では「これまで定量化されてこなかった定性的な情報を活用した分析」の先行事例はあまり多くないため、米国における分析を紹介します。

米不動産サイト大手のZillowは、1997年から2013年にかけての住宅価格の変化を、スターバックスが近くにある住宅かどうかという切り口で分析しました(図3)*1。具体的には、主要20都市で、スターバックスから約400m以内の住宅と全住宅の住宅価格の変化を比較し、全ての都市においてスターバックスに近い住宅ほど価格上昇率が高いという結果になりました。同社はこの現象を「Starbucks Effect」と呼んでいます。

また、米コンサルティングファーム大手マッキンゼーのメンバーは、オルタナティブデータを活用して、住宅の周辺環境の影響をより体系的に分析しています。彼らは、不動産市場や建物などに関する伝統的データと、周辺のカフェの数など住宅の周辺環境を含むオルタナティブデータが賃料予測にどのように寄与するかを分析しました。その結果、伝統的データが4割程度の寄与であるのに対し、オルタナティブデータの寄与は6割に上ることを示しました*2。つまり、伝統的データよりも、オルタナティブデータの方が、賃貸住宅投資を分析する上でより重要で有益である可能性が出てきたのです。

図3:スターバックス近隣の住宅の価格変化率(対 全住宅)
(出所)Anderson (2015)をもとにニッセイ基礎研究所作成

人流データをもとにした
「新たな経済指標・インデックスの開発」

最後に、「新たな経済指標・インデックスの開発」として、ニッセイ基礎研究所とクロスロケーションズが共同で開発したオフィス出社率指数を紹介します(図4)。同指数は、スマートフォンの位置情報をもとにした人流データから、オフィス所在地の中心点から半径30mの来訪者数を集計し、東京都心部のオフィス出社率を推計したものです。

東京のオフィス出社率は、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて初めて緊急事態宣言が発令された2020年4月から5月にかけて最も落ち込み、34%を記録しました。新型コロナウイルスという未知の感染症に対して、経済活動に支障をきたしてでもオフィス出社を取りやめた時期です。

その後は、2020年6月から2021年9月にかけて、新規感染者数の増減にあわせて概ね45%65%のレンジで上下動を繰り返しました。この時期は、ウィズコロナを前提とした新たなワークスタイルの模索が進み、新規感染者数の増減に対する指数の感応度は徐々に小さくなりました。

そして、2021年9月末に緊急事態宣言が解除された後、緩やかにオフィス回帰が進んだ結果、感染拡大の第2波以降のレンジ(4565%)の上限を上回り、202112月後半から2022年1月前半には70%以上の水準を維持しました。また、2022年1月以降は、オミクロン株の拡大により新規感染者数が過去最高の水準となり、再びオフィス出社を抑制する企業が増えたものの、オフィス出社率は60%程度への落ち込みにとどまっています。2021年の秋以降は、ワクチン接種が進んだこともあり、オフィス回帰の動きが強まっていることを示唆しています。

図4:東京のオフィス出社率指数と新規陽性者数の推移
(出所)クロスロケーションズ・ニッセイ基礎研究所,厚生労働省のデータをもとにニッセイ基礎研究所作成.

以上のように、不動産投資においてオルタナティブデータを活用することでさまざまな観点から分析できることを紹介しました。その他にも多くの活用事例がありますが、不動産投資におけるオルタナティブデータの活用はまだ緒に就いたばかりです。今後、オルタナティブデータがますます普及することで、不動産投資においてもデータに基づいた投資判断の重要性が高まりそうです。

*1 Jamie Anderson (2015) “Starbucks: Inspiring and Nurturing the Human Spirit… by Caffeinating Home Values “, Zillow, 13th Feb 2015.

*2 Gabriel Morgan Asaftei, Sudeep Doshi, John Means, and Aditya Sanghvi (2018) “Getting ahead of the market: How big data is transforming real estate”, Urban Land Magazine,5th Oct 2018, Urban Land Institute

佐久間 誠

株式会社ニッセイ基礎研究所 金融研究部 不動産投資チーム 准主任研究員

住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)、国際石油開発帝石、ニッセイ基礎研究所、ラサール不動産投資顧問を経て、現職。主に不動産・金融市場等に関する調査・分析業務に携わる。最近は、不動産テックなど最新技術の不動産分野への応用に関する調査や、オルタナティブデータを活用した不動産市場の研究も手掛ける。著書に『マイナス金利下における金融・不動産市場の読み方』(東洋経済新報社、部分執筆)、『不動産テックの課題』(東洋経済新報社、部分執筆)。

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