近年、「デジタル通貨」「暗号資産」といったワードが、経済ニュースのヘッドラインを飾る機会も増えてきた。昨年は「ビットコインETF」が登場するなど、投資対象としてデジタル資産の存在感が増しつつある。加えて、中央銀行によるデジタル通貨の発行が、米中の覇権争いの要素として取り沙汰されるなど、中長期的な世界経済・資本市場の動向に影響を及ぼす存在にもなりつつある。
現状、デジタル資産は、機関投資家や個人投資家のポートフォリオ運用において、まだ縁遠いアセットではあるが、長期投資家にとっても注目をしておくべきカテゴリーの1つと言えるだろう。そこで、今回は、この分野の最先端を切り拓いているエキスパートに、現状と未来を語ってもらった。
JDR.株式会社* 取締役会長 小野明夫氏
前S&Pダウ・ジョーンズ・インデックス
日本オフィス統括責任者 牧野義之氏
(取材日:2022年2月16日)
*JDR.株式会社:デジタルマネーの正しい情報やデータを収集・精査分類し、分析・解析して提供することによりデジタル社会の発展を目指す企業。
中立的かつ公平に第三者の立場で評価する「デジタルマネーの格付け」を全世界に先駆けて開始。格付けに基づいたデジタルマネー市場の動向を明確に記した指標(インデックス)を提供し、市場参加者のディファクトスタンダードとなることで、取引の拠り所となることを目指している。
JDR.が開発したJDRインデックス(JDRI)は「S&P Dow Jones Indices LLC」がカスタム指数として算出を代行し、「Bloomberg」および「REFINITIV(旧ロイター)」から世界中に配信されている。
https://www.jdr1.jp/
【Part1】デジタル通貨とは?
「仮想通貨」から「暗号資産」へ
通貨を定義する基本機能
牧野 まず、現状の暗号資産の動向を明らかにしたいと思います。そのためには、これまでの経緯について、ある程度把握しておく必要があります。特に、国内では当初「仮想通貨」と呼ばれていました。しかし、G20等の国際的な場においての表現に合わせて、2019年に金融庁は「暗号資産」へと名称を変更しました。実は、この変更には大きな意味があります。その辺りから押さえていきましょう。
小野 仮想通貨から暗号資産への名称変更には、そもそも通貨とはどういうものなのか、という背景が関係しています。念のために言っておくと、通貨には、貨幣や現金など、いろいろな呼び方がありますが、要は「お金」です。そして、通貨の定義については、その機能を説明するほうがわかりやすいと思います。
牧野 いわゆる通貨の4大機能ですね。
小野 そうです。1つ目はモノやサービスとの交換ができる、価値の交換を完結させる中間的決済媒体機能です。2つ目は将来にわたって価値の蓄積や保存ができる、価値の保存機能。私はこれを財産機能と呼んでいます。3つ目がモノやサービスの価値を表す基準とすることができる、価値の尺度という単位機能です。4つ目は受け取り強制力(受け取りを拒絶できない)などの信用創造の源泉となりうる機能を備えていることです。これら4つの機能をすべて備えていることが、通貨にとって必要な条件になります。
牧野 それを踏まえた上で、名称変更の経緯を振り返っていきましょう。金融庁は、2016年に当時の仮想通貨を対象とした「改正資金決済法」を策定しました。日本が海外の主要国に先駆けて仮想通貨に関する法整備をしたことは、世界的にも大きく注目されました。
小野 改正資金決済法が施行された2017年は、ビットコイン相場の上昇や、ICO(新規仮想通貨公開)などがブームとなり、一般的な仮想通貨の認知度が世界中で一気に高まりました。しかしその後、仮想通貨の不正流出事件やマネーロンダリング、詐欺まがいのICOが頻発し、海外で仮想通貨に対する本人確認などの規制が強化されていくことになります。
牧野 そうした状況を受け、金融庁は、2019年に新たに資金決済法と金融商品取引法の改正案を策定し、仮想通貨を暗号資産と名称変更するに至りました。つまり、わずか3年程度で、仮想通貨から暗号資産に変わったわけです。
ビットコインは決済手段としては〝失格〟
小野 名前が変わったのは、取引所からの不正流出など信頼性への不安が強まるとともに、やはり、通貨としての停止条件が整っておらず、使いづらかったことが影響したと思います。覚えている方も多いでしょうが、ビットコインへの社会的な関心が高まった当時、家電量販店のビックカメラは、ビットコインで買い物ができるサービスを始めました。そして、ビックカメラ以外でもビットコインを決済手段として導入する店舗やネットショップが増えていったのですが、結論から言うと、決済手段として定着することはなかったわけです。なぜなら、決済手段としてのビットコインは、ボラティティが高過ぎたからです。
牧野 何か商品を売って1万円分のビットコインを受け取ったつもりが、次の日に20%下落して8000円分になった……などということが起きてしまうと商売にはなりませんよね。実際、そのくらいビットコインの相場はボラティティが高くて、リアルの決済手段としては非常に扱いにくいわけです。そのため、ビットコイン決済を止めるところが増えていきました。
小野 つまり、ビットコインは通貨の4大機能のひとつ、決済交換機能が脆弱だった、と言えます。こうしたことが、金融庁が「仮想通貨」から「暗号資産」に変更した背景にあるわけです。ただし、暗号資産という名称から分かるとおり、通貨と認めないものの、資産としての機能は認めています。価値の蓄積や保存ができる価値の保存機能、私が言うところの財産機能の部分ですね。
牧野 ビットコインは、2017年12月に国内取引所で1ビットコインが200万円を超えました。その後急落し、「ビットコイン・バブルは終わった」と言われましたが、低迷期を経て、2021年には高値を更新し700万円台まで上昇しました。ボラティティの高さは変わらずですが、価値の保存機能は失われてはいません。
暗号資産の定義と種類
小野 暗号資産の定義については、2017年に施行した改正資金決済法に記載がありますが、シンプルに言えば、「インターネット上でやり取りされる財産」ということです。「デジタル通貨」という言い方もできるでしょうが、私は「電子信号通貨」という表現を推しています。正確には、現段階では通貨ではなく電子信号資産という位置づけです。
牧野 現在、全世界で暗号資産はどのくらいの種類があるんですか?
小野 1万種類以上あると言われています。ただ、日常的に取引されているのはごく少数で、上位10コインの取引高が全体の95%以上を占めています。中でも、1位のビットコインが圧倒的で、全体の約7割です。
牧野 ひと口に暗号資産といっても、さまざまなタイプがありますよね。よくビットコインに対して、それ以外のコインを「アルトコイン」と呼びますが、それでは分類したことにはなりません。暗号資産のカテゴリーには、「ステーブルコイン」というタイプがありますが、こちらの方が重要ですよね。
小野 ステーブルコインとは、ボラティティを抑制することを狙った暗号資産のことです。コインを発行・運営する会社が、米ドルなどの法定通貨をコインの担保にし、コインと法定通貨との交換に応じることで、コインの値動きを安定させるという仕組みです。代表的なステーブルコインである「USDT(テザー)」は、1米ドルで1USDTが発行されます。こうすると、理論的には、USDTの値動きはほぼ米ドルに連動することになり、決済用の通貨としての地位を獲得し、ユーザビリティの確保もできることにつながります。担保にするものは、法定通貨だったり他の暗号資産だったりと、バリエーションがあります。
牧野 ステーブル化は、今後暗号資産が投資対象として定着していくかどうかに大きな影響を与えるテーマのひとつだと考えられます。これについては、また後ほど、述べていきたいと思います。
暗号資産「見える化」の取り組み
全世界の取引高は約70兆円まで急拡大
牧野 次に暗号資産の市場規模について見ていきたいと思います。前述したように、ビットコインは2021年に最高値を更新するなど、取引高の伸びは著しいものがありますよね。
小野 国内の取引高は、2021年は年間約3兆6000億円でした。2020年が1兆1000億円だったので、1年間で3倍以上に膨らんだことになります。これは、国内の取引所が公式に発表しているデータなので、海外の取引所などを使っているユーザーの分は含まれていません。そして、当社でデータを取っている海外30か所の取引所を合計すると、2021年は約70兆円で、前年比で4倍以上に増えています。近年、これほど取引高が増加している金融資産は他にはないでしょう。
牧野 2021年10月には、ビットコイン(BTC)の先物価格に連動するビットコイン先物ETFが、米国のSEC(証券取引委員会)に承認され、ニューヨーク証券取引所で取引がスタートしました。これも取引高の増加には寄与しましたよね。ETFであれば、税制も従来のルールが適用されますし、暗号資産の取引所よりも流動性は高くなるので、機関投資家もかなり買いやすくなったと言えます。ただ、このETFは、ビットコイン先物価格に連動するETFであり、ビットコイン時価とは異なり、先物の限月更新の際に「順ざや」の場合は、ロールコストが嵩むことになります。よって、この先物連動ETFについてもボラティティは大きく、機関投資家がポートフォリオの一部として運用するにはハードルが高い。その観点から、単一の暗号資産だけではなく、複数の暗号資産を網羅してマーケット全体が把握できるようなインデックスに対する投資家の関心は高いと思われます。
小野 株式市場における日経平均株価やTOPIXのように、暗号資産マーケット全体の動向を表すベンチマークが必要ですよね。
インデックス算出の有用性
牧野 ただ、機関投資家のニーズに応えられるようなベンチマークとなりうるインデックスというのは、簡単にはできません。私の前職にあたる指数会社としての立場から言わせていただくと、各暗号資産の価格と流通量、時価総額といったデータを統計的に解析し、その結果を基にした加重平均ベースで、暗号資産をとりまとめたインデックスを算出しなければならないからです。しかも、データや解析手法の客観性や透明性、公平性などを担保することも求められます。
小野 弊社では、そうした高い要求水準を満たせるように、マーケットの動向や暗号資産を含むさまざまなデジタルマネーの分析・格付けが行えるソフトウェアの開発を続けてきました。そして、まず、暗号資産市場を代表する格付け上位10銘柄で構成したインデックスである「JDR.Index」を作成し、公表しました。さらに、弊社独自の計算方法をもとに、世界を代表する指数会社S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスにより算出されたインデックス「JDRI」の運用を、2021年10月よりスタートしています。
牧野 今年2月からは、ブルームバーグとロイター(現RIFINITIV)で、おもに金融機関向けの情報端末を使って、JDR.Indexの配信が始まりましたね。
小野 JDRIは弊社が主要暗号資産の動向を終値ベースで指数化したインデックスで、市場の動向を示す指標として配信しています。一方で、リアルタイムでマーケット状況を把握して取引を実行するためには、リアルタイムベースのインデックスが必要となります。そこで、JDR.Index は、世界の主要な30の取引所のデータを、24時間365日解析して、弊社独自にリアルタイム指数化しており、その指数値は3秒に1回更新されています。また、これらのインデックス算出方法についても、サイト上で公表をしています。そうした部分が評価をしていただいたと思っています。
牧野 機関投資家がアセットクラスの対象として、暗号資産に投資するためのツールが整ってきたということですね。
今年2月からブルームバーグ(上)とロイター(現RIFINITIV)(下)で配信が始まったJDR.Indexの端末表示画面
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