「オルタナティブデータ」と呼ばれる非伝統的な情報を用いた資産運用の最新動向について、認知拡大や業界ルール整備などの活動を展開する、オルタナティブデータ推進協議会(JADAA)関係者によるリレーコラム。
第3回は、前回に続いて海外アセットオーナーのデータ活用事例について、同協議会メンバーで株式会社ナウキャスト代表取締役CEOの辻中仁士氏に解説いただく。
第2回「海外アセットオーナーのデータ活用先進事例【前編】」はこちら。
海外事例からみる
アセットオーナーのオルタナティブデータ活用の類型
前回見てきたとおり、オルタナティブデータの活用は海外アセットオーナーにおいて加速しています。では、どのような活用方法を考えていけばいいでしょうか。
結論としては、その方向性はインハウス運用機能の有無によって大きく異なるものになります。本稿ではそれぞれのパターンを見ていきましょう。
インハウス運用を行うアセットオーナーのデータ活用
インハウス運用をしているならば、そのオルタナティブデータの活用方法は長期投資家(いわゆるロングオンリー)のものとかなり類似します。
長期投資家が必要とするのは短期的な経済指標、企業収益の動向ではなく、長期的なトレンド変化に関する情報、個別企業であったとしても四半期決算の動向ではなく、長期的な成長性に関しての分析だからです。アセットオーナーは長期の負債を持つ観点から、オルタナティブデータの最大の特徴点である速報性とそれを活かした短期的な投資にはそぐいません。
しかし、オルタナティブデータは一般に伝統的な情報ソース(Traditional data)に対して「異なるカバレッジ」「高い粒度」を持つという特徴を有しています。こうした特徴は長期投資の観点でも有用に活用可能であり、わが国においてもインハウス運用も併せて行っている一部の年金基金や保険会社で注目が高まっています。
図1:投資家のタイプとデータへの向き合い方
実際に、筆者が代表を務めるナウキャストにおいても、そうした例が徐々に出てきています。例えばコロナ禍が始まった2020年前半、消費者の巣ごもりとデジタルシフトが急速に進んだことによって、株式市場においては関連銘柄が伸び、グロース株優位の展開が続きました。しかし、残念ながらそうした「巣ごもり」的な動きやデジタルシフトを早い段階で捉えることは既存の情報ソースでは難しいのが実情です。人の行動に直接関与するデータは経済統計や企業決算には表れないし、新興企業や外資系の企業が主な担い手となっているデジタル関連市場は業界統計や公的統計が未整備であることがほとんどだからです。
この点、例えば携帯電話の位置情報やクレジットカードデータのようなオルタナティブデータは、そうした既存の情報ソースならではの制約から離れ、高粒度かつ新興業態も含めたカバレッジの情報を提供可能です。
図2は、ナウキャストの創業者・技術顧問で、東京大学経済学部の渡辺努教授と、国立情報学研究所の水野研究室と協力し、コロナ禍以降に東京都内の人々がいかに巣ごもり的な行動をしているのか、それにともなって外出行動と相関が高いサービス消費がいかに落ち込んでいるのかを示した例です。この分析では人の行動を携帯電話の位置情報で、サービス消費をクレジットカードデータでそれぞれ捉え、指標化しています。
図2:東京のStay-at-Home指標とJCB消費NOW
出所:国立情報学研究所・総合研究大学院大学 水野研究室 http://research.nii.ac.jp/~mizuno/ の「COVID-19特設サイト:外出の自粛率の見える化」、ナウキャスト/JCB「JCB消費NOW」
また、図3は同じく渡辺教授の協力を得て、クレジットカードデータを指標化したものです。この分析は2020年3月29日に公表したものですが、初めての緊急事態宣言(2020年4月~5月)に入る前から、新型コロナウイルスの感染拡大を契機として消費者が外出関連消費を抑える一方で、ECやコンテンツ配信などのデジタル消費を増やしていることを明確に示しており、大きな反響が寄せられました。
図3:感染拡大前(20年1月後半)から2020年3月前半の各業態の支出の変化
出所:渡辺努「クレジットカード支出金額の「1人当たり支出金額」と 「支出者数」への分解」(2020年3月29日)
近年増加が続く不動産やプライベートエクイティへのアセットオーナーの投資においては、より一層、伝統的な情報源がないケースが多く見受けられます。例えば不動産の領域においては物件や商圏ごとにその特性が大きく異なり、近年では比較的安全性が高いと言われていた首都圏のオフィスビル投資でも、テレワークの普及に伴い、出社率の低下とそれに伴う減床・退去リスクと向き合う必要が出てきています。しかし、こうしたリスクを定量的に把握することは既存の情報源では非常に難しいと言わざるを得ません。この点、携帯電話の位置情報により、オフィスの出社率を定量化する取り組みが行われています。
インハウス運用を行うアセットオーナーにおいては自身の資産ポートフォリオごとに「現状のデータでは見えていないリスク」は何で、それをオルタナティブデータで定量的に捕捉できないかを検討することが重要になってくるでしょう。
外部委託型のアセットオーナーは
オルタナティブデータと無縁か
実際には、わが国においては年金基金のほとんどがインハウス運用を行っていないことが知られています。少し古いデータにはなりますが、2016年1月12日の厚生労働省年金部会のヒアリング資料では、直近年度のインハウス運用のシェアの概算として、前回の記事で取り上げたGIC(シンガポール)やAPG(オランダ)、CPPIB(カナダ)がそれぞれ運用資産全体の80%~90%を自家運用している一方で、GPIFの同比率が28%に留まることを指摘しています。
今後国内アセットオーナーがオルタナティブデータの活用に対していかに向き合っていくかについては、こうしたインハウス運用と外部委託のミックスをどのように考えていくのか、その方針と密接に関わってくると考えられますが、結論としては、インハウス運用機能がないアセットオーナーも、オルタナティブデータの活用と縁がないわけではありません。
例えばESG投資では、アセットオーナー自身がESGに準拠した投資を実践するというよりは、アセットマネジャーに投資を委託し、その委託先の選定基準や委託後のチェックにおいて、ESGスクリーニングの実施有無等を確認していることで間接的ではあるものの、ESG投資の普及に大きな役割を果たしています。
同様に、今後投資パフォーマンスに直結するオルタナティブデータの活用についても、委託先選定における基準とすることも1つの考え方です。
実際に、世界最大のアセットマネジメント会社であるブラックロックは、オルタナティブデータがコロナ禍に活躍していたことをホワイトペーパーで発表しています。同ペーパーによれば、2020年1~6月における同社の運用成績に基づくと、オルタナティブデータを活用したシグナルのインフォメーションレシオ の平均値は1以上となり、伝統的な株価、財務データを活用したシグナルの値が0.2にとどまることと比較して明確な優位性があるとしています(図4)。
図4:インフォメーションレシオの分布(2020年6月)
出所:BlackRock“Alpha Innovation via Alternative Data” (2021) (https://www.blackrock.com/us/individual/literature/whitepaper/alpha-innovation-via-alternative-data.pdf)
また、欧州を拠点とするオルタナティブデータプラットフォーム会社のEagleAlpha社が、ファンドの資金フロー情報を扱うEPFR社と2021年に実施した調査では、過去5年間で、オルタナティブデータ活用に先進的なアセットマネジャーは、業界全体の平均の2倍以上のスピードで預かり資産を増やしていることを示しており、グローバルでデータ活用に積極的な運用者に資金が集まる流れがあることがわかります。
以上、前回・今回の連載で見てきたとおり、海外市場ではアセットオーナーが間接・直接問わず、さまざまな形でオルタナティブデータを活用しています。国内アセットオーナーにおいても今後活用が加速する可能性を感じさせます。
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