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探せ、オルタナティブの代替資産
フロンティアアセットで目指す分散の追求
第2回 転換社債

2021年7月27日

コロナ禍で低金利に拍車がかかる中、オルタナティブ投資の存在感がこれまで以上に増している。一方で、人気の高いプライベートアセットに資金流入が続くなど、一部の資産ではバリュエーションの高まりを指摘する声もある。オルタナティブ資産においても、さらなる投資対象の拡大を検討すべき時が来ているのかもしれない。

そこで本シリーズでは、国内投資家にはまだ普及していないニッチな投資対象を「フロンティアアセット」と定義し、その特徴について紹介していく。シリーズ第2回は転換社債を取り上げ、その特徴をラザード・ジャパン・アセット・マネージメントの麻生博文氏と、野村證券の木須貴司氏に聞いた。

転換社債(CBConvertible Bond)とは、一定条件を満たすと株式に転換できる権利(新株予約権)がついた社債を指す。この連載のテーマは「フロンティアアセット」ということだが、CB自体は昔からある資産の1つでもある。

CBは社債と株式を組み合わせた性質を持っており、クーポンや償還期限があるという点では債券と同様。その一方で、CBはあらかじめ決められた価格(転換価格)で株式に換えることができるため、値動きが株価に連動する点では株式に近い資産でもある。

このCBの株価連動性の程度を表す指標をデルタと呼び、デルタが高いほど株価の値動きに合わせてCB価格も変動しやすく、デルタが低ければ普通社債のような値動きになる(図1)。デルタは同一企業であっても発行された銘柄ごとに異なるが、一般的に株価が転換価格を上回ればデルタが高まり、株価が転換価格を下回ればデルタが低くなる。

CBの市場規模はグローバルにおいて52兆円程度で、国・地域によって発行体に違いがあるが、「例えば米国ではテクノロジー、バイオ、サービス業などの革新的業態において成長している企業が成長資金の調達でCBの発行を拡大させている一方で、欧州では歴史のあるコングロマリット企業なども発行しています」と、ラザード・ジャパン・アセット・マネージメントのディレクターで、マーケティング/クライアント サービス部機関投資家ビジネスヘッドの麻生博文氏は語る。CBの発行には担保が必要ないため、特に米国では有形資産の蓄積の日が浅い新興企業から選好されているようだ。

ラザード・ジャパン・アセット・マネージメント
ディレクター
マーケティング/クライアント サービス部
機関投資家ビジネスヘッド
麻生 博文氏

CBの発行体は、債券を通じての資金調達はCBをメインに行っている企業が約6割となっている。そのため、投資適格社債やハイ・イールド社債(HY債)、バンクローンの発行体と重複しにくく、クレジット資産におけるエクスポージャーの分散につながる点も見逃せない。

また、昨年末までの過去20年間のCBのデフォルト率は2.13%で、同期間のHY債は3.85%である。CBは格付けを取得せずに発行されることが多く、シニア無担保債の比率が全体の約88%で、さらに劣後債の発行がある中であっても、CBのほうがデフォルト率は低いのは注目すべき点だろう。

無格付けが多数とはいえ、時価総額が1兆円を超える発行体が足もとで全体の約6割を占めており、米国ではTeslaAirBnBFord、欧州ではLVMHEDF、日本ではソニーなども発行してきた。「格付けを取得できないわけではなく、価格決定までの期間が1〜2日と短期間であるため、格付けを取得しないで発行される慣習があるようです」と麻生氏は説明する。

昨年は特に中国でCBの発行が相次いだため市場規模も拡大傾向だが、ではなぜ企業はCBを発行するのだろうか。その理由について、野村證券のフィデューシャリー・マネジメント部シニアコンサルタントの木須貴司氏は次のように語る。

「発行体にとってのメリットの1つは、普通社債と比べてクーポンを低く設定できることです。もう1つは、CBが株式に転換されると元利金を払わなくて済むため、将来的な負債が減ることです。つまり企業からすると金利が低く、利払いを減らせる可能性があるわけです」

野村證券
フィデューシャリー・サービス研究センター
フィデューシャリー・マネジメント部
シニアコンサルタント
木須 貴司氏

加えて、株式投資家にとっては新株発行による株式希薄化が直ちには発生しないし、CB投資家としても値上がり益が享受できるという点では「三方よし」の資産といえるだろう。

下値を抑制しつつ上値に追随 その効果は最小分散戦略以上?

では投資対象としてのCBには、どんな特徴や魅力あるのだろうか。木須氏は「CBは株価の上昇には一定程度追随しつつ下落は抑制できるという、非対称的な値動きに特徴がある」と言う。普通社債と比べるとCBはクーポンが低いが、下値が限定される。デフォルトさえなければ、満期までの金利収入や元本償還から算出される債券としての価値(ボンドフロア)を基本的に下回ることはないからだ。

CBのベンチマーク・インデックスから、債券や株式と比較してどんな値動きをするのか見てみよう。図2には、債券や株式の上昇時には追随しながらも、どちらの下落時にも耐性があることが示されている。

株式ではダウンサイドに強い戦略として最小分散戦略が挙げられるが、木須氏はCBと最小分散戦略の株価上昇時と下落時の追随率の比較を示してくれた(図3)。CB指数は株価下落時の追随率が5年と10年の平均で50%を切るが、上昇局面では75%以上も連動している。一方、最小分散は下落時に平均の追随率が50%を超えており、上昇時の追随率は66%以上だ。「このことから、CBは最小分散戦略よりも下値を抑えながら上値を追いかける特性が強いと言えます」と、木須氏はCBの可能性を示唆する。

最小分散が下値抑制として機能するのは、あくまで過去のデータを分析した上で最もリスクの低いポートフォリオに仕上げるから。それに比べてCBは、償還まで持ち切れば元本は確保されるため、下値が限定される理由を構造的に説明できる。その意味で、CBは下落を抑制するより確実な手段と言えるだろう。

麻生氏は「CBが上値にも追随できるという点に関しては、発行体の特性による面もあるでしょう。CBの発行体にはテクノロジー系などの成長企業も多く、株価が堅調に推移してきたため、株価上昇に追随する傾向にあるCBが良好なパフォーマンスを記録したと考えられます」と付け加えた。

幅広い戦略を提供できるマルチな性質を併せ持つ資産

それでは運用戦略として見たときに、CBにはどんな特徴があるだろうか。木須氏と麻生氏がともに挙げたのが、戦略の多様性だ。株式や債券の個別戦略においても低リスク型、高リスク型のようなスタイルの違いはあるが、CB戦略にも同様のことが言える。しかし、CBはデルタの水準によっては株式と債券のどちらにも近づくため、戦略の幅にも大きな広がりがある。

図4は、投資地域がグローバルで過去5年間のデータがあるCB戦略77ファンドを抽出し、年率リターンとリスクをプロットしたものだ。この図からも、CB戦略間でリスク・リターン特性にはかなりのばらつきがあることがわかる。

また、単にCBを保有するだけではなく、CBと他の資産の価格の歪みをとらえるCBアービトラージといった戦略も存在する。古くからあるヘッジファンドの運用手法の1つで、増資や合併などの企業イベントによってCB価格には歪みが生じやすいというのも背景にある。「CBは複雑な投資対象であるため、アービトラージ戦略を含めて幅広い運用ができる興味深い資産であることは確かです」と木須氏は語っている。

以上のように、ひと言でCB戦略といってもマネジャーによって取っているリスク量や種類がまったく異なる。戦略選定に当たっては、株式との連動性が高い銘柄に集中投資するのか、保守的な運用を目指すのかといった、マネジャーの目線を確認する必要もあるだろう。

麻生氏は「株式に近いCB戦略のほうが、上方追随と下方抑制の双方が狙え、よりCBらしい運用が期待できるものと考えています」と言う。その場合でもリターンが特定銘柄に依存しているのか、成長する複数の企業に分散投資しているのかではパフォーマンスの再現性が異なる。「そのため、成長力のある銘柄をいくつも選定できる、銘柄分析力のあるマネジャーを選ぶことが重要です」と、同氏は指摘している。

その他の留意点としては、デルタやボンドフロアのようなCB独特の用語や、発行時に付与される特殊な条項も数種類あるので、段階的に理解を深める必要はあるだろう。また、債券としてのCBはクーポンの水準は決して高くないため、イールドハントの文脈では扱いにくい。

ちなみに海外では、CB戦略に対するニーズは高まっているようだ。ファンドのインフロー・アウトフローを見るとCBには資金流入の傾向があり、2019年末から1年の間にファンド全体のAUMが約1.5倍に伸びている。

日本国内の機関投資家がCBに投資する意義は深い

それでは、日本国内の投資家がCBに投資する意義はどんな点にあるだろうか。木須氏は次の2点を挙げてくれた。「1つは株式の一部に組み入れることで、リターンをそれほど犠牲にせずにリスクを抑制できる点です。次にアルファ獲得の手段です。位置づけが難しく、必ずしも扱いやすい資産ではありません。そのため、見過ごされ、相対的に割安となっている可能性があります」。

ここ数年、株式のリスクヘッジの手段として最小分散戦略に注目が集まり、一気に資金が流入した。しかし、その後の最小分散のパフォーマンスが完全に期待通りだったとは言えない。

投資の格言にも「人の行く裏に道あり花の山」など、他の投資家と同じ行動をするよりも、むしろ違う行動を取るべきだとする教えがいくつも存在する。似たような投資をすることがすべて間違ってはいないだろうが、過熱している市場や投資対象には警戒感を持つべきだ。その点、CBにはまだ過熱感は見られない。

麻生氏は、今やCBが光る環境が整ってきたと指摘する。「コロナショック後の金融緩和によって金利はさらに低下し、株価もいっそう上昇しました。その意味では、ここ数年間はショックが複数あったにせよ、株式と債券を持っていれば報われました。しかし、今後の株式市場の動向や金利環境の変化に備えようと考える機関投資家にとっては、マクロ環境に依存しにくい企業独自の成長を捉えつつ、ダウンサイド抑制にも目配りができるCB運用が必要になるのではないでしょうか」。

一義的にはダウンサイド抑制を目的に株式枠への導入を検討できるだろうが、CBには幅広い種類の戦略があり、1つの資産でさまざまな使い方ができる。戦略によっては債券枠やマルチアセット枠、オルタナティブ枠などにも組み入れられる、懐の深い資産であることもわかった。国内投資家にとっても十分検討に値する資産の1つではないだろうか。

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