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DBDC横断コラム 鵜の目鷹の目かもめの目
第6回 トータルポートフォリオアプローチ(TPA)
~ 新次元のポートフォリオ構築とその現実

2026年3月13日
木須 貴司 /  かもめリサーチ&コンサルティング株式会社 代表取締役社長

金利のある世界の到来やプライベートアセットの普及、DBとDCの連携強化など、企業年金を取り巻く環境は転換点を迎えている。変化に対応するには鋭くも柔軟な発想で企業年金を洞察し、これからを見通す必要があるだろう。そこで、長きにわたって企業年金に携わり、2025年8月よりかもめリサーチ&コンサルティング株式会社を立ち上げた木須 貴司氏から、企業年金の今後を考える上でのヒントとなる視点やアイデアなどについて寄稿いただく。

今回のコラムでは、近年、注目が集まるトータルポートフォリオアプローチ(以下、TPA)の概要、注目されている背景、そして課題について解説する。

トータルポートフォリオアプローチとは

TPAは、「資産、すなわちポートフォリオ全体の目的達成のための統合的なアプローチ」を指す。「平均分散アプローチ」のような厳格な定義が存在するわけではなく、むしろ投資におけるマインドセットに近い概念である。そのためやや漠然としており、自明なことを述べているだけのように聞こえるかもしれない。

しかし実際には、我々は常に「ポートフォリオ全体」を考慮した判断を行っているとは限らない。TPAの核心は、「何に投資するか」ではなく、「ポートフォリオ全体をどのように設計するか」という視点にある。たとえば以下の例を考える:

1.債券におけるクレジット運用

金利上昇対応として、社債やハイイールド債、証券化商品などを投資対象とするクレジット運用、あるいはアンコンストレインド債券運用が利用されている。金利上昇局面における「債券運用」の中では相対的に良好だが、ポートフォリオ全体のリスクを上昇させる可能性がある。クレジット運用の導入によりどの程度、リスクを上昇させているのか、またどの程度までなら許容されるのかは、必ずしも十分に把握されているとは言えない。

2.オルタナティブ投資における株式・為替・金利等のリスク要因管理

オルタナティブ資産は、株式や債券とは異なるリスク要因、リターン源泉を有していると考えられている。しかし実際には、プライベートエクイティ(以下、PE)が上場株式を保有しているケースや国債を保有するヘッジファンドなどもあるため、伝統的資産と同じリスク要因を持つことも少なくない。こうした潜在的な共通リスク要因がポートフォリオ全体にどのように影響するのかは必ずしも十分に考慮されていない。

3.オルタナティブ資産のファンドごとのリスク・リターン特性の違い

一般にヘッジファンド等のオルタナティブ資産では、運用戦略・ファンドごとにリスク・リターン特性が異なる。この違いがポートフォリオ全体にどのように影響を与えるのか、は必ずしも考慮されていない。

従来の枠組みでは、まず「資産クラス」を定義し、その配分が固定される戦略的アセットアロケーション(SAA)によってポートフォリオ全体が設計されている。しかし、この場合、実務上ポートフォリオ全体が意識的に考慮されるのは、主として資産配分を決める時だけ、となることが多い。日々の運営では、ポートフォリオ全体に対する影響はそれほど検討できていない。

TPAが注目されている背景には、運用戦略の多様化に加え、これまで「その他」扱いであったオルタナティブ資産が投資ポートフォリオの中核を占めるようになってきたことがある。こうした環境の変化の中で、先に例示したようなSAAの課題を克服できる枠組みとしてTPAが注目されているのである。

図表1は、伝統的な資産配分(SAA)とTPAの主な考え方を比較したものである。前述の通りTPAは「投資思想」に近い概念であるため、その具体的な形態には様々なものが存在する。しかし基本的には、ガバナンス、リスク配分・管理、投資機会の検討、運用チームの構成といった要素を、ポートフォリオ全体の目的に沿ってより柔軟に設計する考え方と整理することができる。

<図表1: 伝統的な資産配分(SAA)とTPAの比較>
 

注:SAA=伝統的な資産配分、戦略的資産配分(Strategic Asset Allocation)、TPA=トータルポートフォリオアプローチ(Total Portfolio Approach)

出所:CAIA Association ”The Rise Of Total Portfolio Approach”などよりかもめリサーチ&コンサルティング作成

 

TPAの採用は、大規模投資家を中心に拡大している。図表2はTPAの導入事例を示したものである。TPAという概念が明確に整理され始めたのは2019年頃とされるが、2000年代前半から「One Portfolio(ワン・ポートフォリオ)」など、類似するコンセプトは存在していた。

筆者の知る限り、日本の企業年金基金の中には類似の考え方を採用している基金がある。一般にTPAとして整理されているわけではないが、日本の大学ファンド(JST)においてもレファレンスポートフォリオが採用されており、TPAのエッセンスを取り入れた資産管理が行われている。実際、参考文献*1によればTPAには50以上のグレーゾーンが存在するとされている。

<図表2: TPAの導入例>


 注1:為替はUS$1=150円、C$1=115円、A$1=110円、NZ$1=90円、DKK1=25円、KRW1=0.1円として換算

 注2: PF=ポートフォリオ

出所:各種資料よりかもめリサーチ&コンサルティング作成

Thinking Ahead Institute(TAI)が実施した調査*2は、TPAを採用しているアセットオーナーは伝統的な資産配分を採用しているアセットオーナーよりもパフォーマンスが優れていたと報告している。しかし、単純にリスクを取っていただけ、サンプルバイアスの影響も含まれるため、リターンに対する影響は現時点では、なんとも言えないというのが正直なところだ。

TPA実現のための具体的なツール

TPAが拡大している背景の一つには、このアプローチを実際に運用するためのツール・インフラが整備されてきた、というのもある。主なものとして以下が挙げられる。

・データ基盤:パブリック資産、プライベート資産のいずれについても、一元的に管理されたデータプラットフォームが必要となる。前述のような大手機関投資家では、IBOR(Investment Book of Record)と呼ばれる統合データ基盤を導入しているケースが多い。IBORは、保有資産、リスクエクスポージャー、取引情報などを統合的に管理する基盤であり、ポートフォリオ全体をリアルタイムで把握するための中核インフラと位置付けられている。

・ファクターモデル
:「資産クラス」ではなく、リスクファクターと呼ばれる共通言語によって資産・戦略を横断的に分析する。ただし、「ファクター」とは言っても様々な定義がありうる。後述する通り、定量データだけでは統計的に十分な推定が難しい場合も多く、定性的な判断を組み合わせる必要がある。

なお、TPAでは「ベンチマーク」という概念は基本的に存在しない。運用戦略の評価は、従来の資産クラスベースのベンチマークではなく、ファクター分析を用いて行われる。その結果、「アルファ」の定義も従来とは異なる。TPAにおけるアルファとは、ベンチマークに対する超過収益ではなく、ファクターによって説明されるリターンを控除した後に残るリターンを指す。


・ポートフォリオ構築・CMAモデル:期待リターンやリスクを推定するモデル(CMA:Capital Market Assumptions)、リスク配分モデル、さらに経済環境が変化した場合にリスク・リターンの変化をシミュレーションするモデル(マクロレジームモデル)が含まれる。

・流動性管理モデル・ストレステストモデル
:PEなどのキャピタルコール、分配等をシミュレーションするモデル、経済シナリオ生成モデル(ESGモデル: Economic Scenario Generator)、流動性ストレステストなどが含まれる。

・ソフトツール/ガバナンスのためのツール:リスク・リターンの目標設定のためのレファレンスポートフォリオ、すべてのリスクエクスポージャーをリアルタイムで監督する統合ダッシュボード、ファクター寄与分析モデル

少なくとも運用戦略、運用商品ごとにリスク・リターン(期待アルファを含む)等を予測するモデルを有している必要がある(それがなければポートフォリオ全体に与える影響を計算できないため)*3

もっとも、これらのツールはTPAを可能にする条件ではあるが、十分条件ではない。最終的にはガバナンスと意思決定プロセスの設計が重要となる。

TPAの課題と未来

全体のリターンが最も重要なのだから、それに向けて運営を行っていくべきという、TPAの基本思想に反対する投資家はいないだろう。しかし、実行しようとするといくつかの壁があることも事実である。実際、図表2で示している通り、現状、導入しているアセットオーナーは海外の大手アセットオーナーが中心である。

 具体的には次のような「壁」がある。

1. 高度なデータ分析・統計処理能力:ファクターによる分析は、データが豊富にある上場資産であればある程度実施可能である。しかし、データ量が限定されるプライベート資産では、難易度は大きく上がる。どの範囲までの分析結果を信頼すべきか、慎重な判断が必要で最終的に人による判断も不可欠である。マクロ経済シナリオの分析も経済・投資ファクターとマクロ経済シナリオとの関係性をしっかりと結び付ける必要がある。そのためには一定の前提と広範囲でのモデル化能力が必要である。

2. リターン予測、とりわけ「アルファ」の予測の精度:アクティブファンドの「アルファ」をどのように推定するべきかについて、明確な答えは存在しない。単純にリスク量(トラッキングエラー)を基準に評価すると、リスク量が大きいマネージャーほど期待リターンが高いという、ある意味で自明な結果になってしまう。そのため、ファンドマネージャーの質などの定性的な情報を活用する必要があるが、ファンドマネージャーの質に関する情報、すなわち一般的なファンドレーティングの概念は、TPAにおけるリターン予測の定義と必ずしも一致しない。

3. 残差リスク:通常、ファクターは経済に関するデータや流動性がある市場資産のデータにより定義される。しかし、プライベートアセットは、一般にこのようなデータ分析になじまないリスクも有している。たとえばレバレッジのリスク、流動性リスク、監査・会計リスクなどである。リスクファクターで説明できないリスク、残差リスクに管理できない思わぬリスクが含まれる可能性がある。

4. 柔軟性・機動性の活かし方:TPAでは、CIOにより大きな権限を委譲し、柔軟かつ機動的な運用を可能にしているケースが多い。その背景には、金融危機やパンデミックのような予想外の事態に迅速に対応できるという考え方がある。しかし、そのような局面において市場より優れた判断を行うためには、組織としての情報優位性や分析能力が必要となる。これは必ずしもすべての投資家が持っている特徴ではない。


もちろん、TPAが目指す姿そのものを否定する声は少ない。むしろ、TPAはアセットオーナーが目指すべきベストプラクティスの集合であると指摘する意見もある。

しかし、実際にはそれぞれのアセットオーナーごとに活用できる内部・外部リソースは異なるし、置かれている状況も異なる。伝統的資産のみのシンプルなポートフォリオにおいてTPAは必ずしも必要ではないし、多少複雑性が増した程度であっても、SAAを基本としつつ、TPAの要素を取り入れる、といったアプローチも選択肢として有力ではないだろうか。

まずはTPAそのものを目指すのではなく、TPAのエッセンスを取り入れたセミTPAを目指すことが、現実的な第一歩ではないかと筆者は考える。

*1 CAIA Association “Innovation Unleashed: The Rise of Total Portfolio Approach” available at https://www.nxtbook.com/caia/ThoughtLeadership/the-rise-of-total-portfolio-approach/index.php

*2 https://www.thinkingaheadinstitute.org/content/uploads/2025/04/FF-TAI_AOPS24_ClosingReport_v4.pdf

*3 なお、当社でも運用戦略・商品ごとにリスク・リターン等を分析・提供するサービスを提供している(期待アルファの推定はAIモデルにより実施)。当社が提供するTPA用ツールおよびTPAについてのより詳細なレポートを当社ホームページ(https://kamomeresearch.com)に掲載予定である

木須 貴司

 かもめリサーチ&コンサルティング株式会社 代表取締役社長

大阪大学大学院(数学専攻)修了後、2009年国内保険会社入社。その後、2012年、当時の野村證券フィデューシャリー・サービス研究センター(現在の野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング)に入社。以降、13年にわたって資産運用コンサルティング業務に従事。2025年8月、資産運用や企業年金に関するリサーチ会社「かもめリサーチ&コンサルティング」を設立。
保有資格:日本証券アナリスト協会 認定アナリスト(CMA)、CAIA協会認定オルタナティブ投資アナリスト、G検定(ジェネラリスト検定)等