はじめに
今回はアラブ首長国連邦(以下UAE)について取り上げます。
UAEでは、従来の退職金(End of Service Gratuity)を補完・代替する確定拠出型(DC型)の職域貯蓄制度が一部エリアで先行導入され、注目を集めています。しかし、UAEの「確定拠出年金」は、日本の企業型DCの延長線で捉えると誤解しやすい側面があります。理解のため、主要な特徴を4点に整理します。
① 確定給付年金(DB)からの移行ではなく、「退職金(Gratuity)」からの移行である
欧米や日本では、企業年金DBが会計・コスト面で重くなり、DBからDCへ移る流れが一般的です。
一方、UAEでは外国人労働者向けにDBはあまり普及しておらず、退職時に会社が一時金で支払う「Gratuity」が主流でした。しかし、Gratuityは事前の外部積立が義務付けられていないため、企業の経営悪化時に支払いが不履行となるリスクが指摘されてきました。UAEのDC改革は、この未払いリスクを解消し、退職給付を「透明で確実な資産」に変える点に主眼があります。未積立の退職一時金から直接DC型へ移行する改革は、UAEの市場構造において非常に合理的と言えます。
② 主に外国人労働者を念頭に置いた退職給付改革である
UAEは人口構成が特殊で、人口の大多数(9割前後)が外国人居住者とされ、労働力に占める外国人比率はさらに高いといわれます。UAE国民には政府が運営する公的年金制度が用意されている一方で、外国人労働者は原則として対象外です。その結果、外国人にとってはGratuityが法定の退職給付の中心でした。外国人労働者に対し、国際標準に近い形で退職後の資産形成手段を整えることは、人材獲得競争の観点からもUAEの魅力を高める効果が期待されます。
③ UAE全土で一律適用ではなく、特定エリア(特に金融フリーゾーン)で先行している
UAEには「メインランド(本土)」と多数の「フリーゾーン(特区)」が存在し、適用される法規制が異なります。DC制度も全土で一律に始まったわけではありません。2020年にDIFC(ドバイ国際金融センター)やADGM(アブダビ・グローバル・マーケット)といった金融フリーゾーンで、先行的に制度導入が進められました。その運用状況や効果を確認したうえで、段階的に国全体へと適用範囲を広げていくアプローチが採用されています。
④ポータビリティ(資産の持ち運び)が確保されている
従来のGratuityは、転職のたびに勤続年数がリセットされ、資産形成がそのたび中断されるという課題がありました。DC制度では、UAE国内で転職した場合はもちろん、帰国・他国へ移住した後も、ドル建て資産として運用を継続(または任意のタイミングで引き出し)することが可能です。
DC制度の概要
UAEの確定拠出年金制度は、管轄エリア(DIFC、ADGM、メインランドなど)によって制度設計に共通点と相違点があります。
- 掛金設定:どの制度であっても、企業が負担する掛金(拠出率)は、従前の退職金規定(基本給の83%〜8.33%)をベースに設定されています。これにより、企業は従来の退職金コストと同等の負担で、新制度への移行によってコスト負担が急変しないよう配慮されています。従業員側の拠出は任意ですが、追加で積み立てたい場合は基本給の一定割合まで拠出できます。
- 運営体制:受託者や運営管理はエリアによって異なります。DIFCでは単一の業者が指定されていますが、他地域では市場競争を通じた発展を想定し、企業が複数のプロバイダーから選定する形が取られています。
- 投資オプション:従業員は拠出金の運用先を自ら選択します。提供されるファンドラインナップは制度・プロバイダーにより異なりますが、一般に株式・債券・バランス型・ターゲットデート(ライフサイクル)・マネーマーケット等が用意されます。加えて、制度によってはイスラム金融に配慮したシャリア適合型ファンドも選択肢として提供されます。
日本への示唆
UAEの事例は、雇用の流動化と国境を越えた人材移動を前提に設計されており、外国人労働者の受け入れ拡大が予想される日本にとって重要なモデルケースとなります
- 外国人・短期滞在者にも「メリットのある」制度設計:日本でも今後、外国人労働者や高度人材の受け入れ拡大が見込まれます。その際、「短期滞在でも加入・積立のメリットがある退職給付・年金」と、「帰国時に引き出しやすい/母国への送金や移管がしやすい」設計を意識することが、人材獲得・定着の観点から重要になります。
- 転職・国際人材に対応した「ポータビリティ」:終身雇用を前提としない働き方が広がり、人材の流動化が進む中、転職しても年金資産をスムーズに持ち運べるようにすることが求められます。そのためには、年金の移管に伴う分かりにくさや手続き負担を軽減することが重要です。あわせて、国外転出者・海外駐在員についても、引き出し/移管/口座維持のルールが過度に複雑にならないよう、制度側で整理・明確化する必要があります。