国内外を覆う不確実性によって景気や市場を見通すことは困難を極めています。そこで国内屈指の著名エコノミストである、第一生命経済研究所の経済調査部で首席エコノミストの永濱利廣氏に、経済・市場の今後を読み解く手がかりになるテーマについて解説していただきました。
※本稿は、11月12日掲載の第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト、永濱 利廣氏のレポート「望ましい財政目標とは~国債格付けと関係が深いのはフローよりストックデータ~」を抜粋・再編集したものです。
要旨
〇国債格付けは、経済・財政指標を基にした定量評価と定性評価を組み合わせたものが評価基準とされている。日本国債の格付けは、世界三大格付け機関によって1998年以降、計16回の格下げと計4回の格上げがされている。
〇四半期データが取れる6つの財政関連指標と3大格付け機関の平均格付けを数値化したものとの単純相関を示すと、経常収支/GDP、一般政府資金過不足/GDP、長期金利、名目成長率―長期金利といったフローデータはいずれも予想される符号条件を満たしていないのに対して、債務残高/GDPや純債務残高/GDPはいずれも相関関係が高いことがわかる。
〇最も相関係数が高い「政府債務残高/GDP」との回帰式に基づけば、直近は三大格付け機関の1つが1ノッチ格上げをしてもおかしくない水準にあり、仮にすべての格付け機関で日本国債の各付けがAAAまで行くためには、106%程度まで下げる必要があると試算される。同様に純「債務残高/GDP」との回帰式に基づけば、直近は3大格付け機関のうち2社が1ノッチ、1社が2ノッチ格上げしてもおかしくない水準にあり、仮にすべての格付け機関で日本国債の各付けがAAAまで行くためには35%程度までの低下が必要になると試算される。
〇財務省がまとめた格付け会社の評価項目のうち財政に関する指標を見ると、全般的にフローの財政収支よりも、包括的なストック指標を重視している傾向が見て取れる一方で、フロー指標としては、プライマリーバランス(PB)という形でみている格付け会社はなく、利払い費の情報を見ていることがわかる。
〇日本ではタイムリーに公表される利払い費のデータが存在しないことからすれば、格付けにも配慮した望ましい財政目標としては、PBよりも経済規模の拡大が考慮されるストックデータを新しい目標と位置づけるべきであり、その部分的要素となるPBや名目成長率と長期金利の関係などを参考指標扱いにすることで常時観察していくというのが望ましいと考えられる。はじめに
参院選で減税の議論が活発化して以降、日本国内では危機的な日本の財政状況を懸念する向きが台頭しており、財源もなく大型減税を実施すれば、国債の格付けが格下げとなる可能性が高まるとする向きがある。
一方、海外では日本の一般政府の財政収支(資金過不足)の赤字が2025年1〜3月期にほぼ解消されていることから、財政が過去30年で最も良好な状況にあるとする向きもある。
そもそも国債格付けは、経済・財政指標を基にした定量評価と定性評価を組み合わせたものが評価基準とされている。
そこで本稿では、日本国債の格付けに影響を与えそうな経済指標を抽出して格付けに対する説明力の高さを計測し、日本国債の格下げを回避するために必要な条件を検討する。
過去の日本国債格下げの金融市場への影響
日本国債の格付けは、世界三大格付け機関によって1998年以降、計16回の格下げと計4回の格上げがされている(資料1)。

そこで以下では、それぞれの格付けを定量的に比較した。具体的には、各機関の最高格付けを10とし、格付けが1ランク下がるごとに数値が一単位ずつ下がることにし、平均値をとってまとめた(資料2)。
平均値を見ると、金融システム不安が生じた1998年以降に格下げが始まり、戦後最長の景気回復が始まった2002年に下げ止まり、欧米の住宅バブルによる恩恵を受けた2007~2008年にかけては一部機関で格上げが実施された。しかし、東日本大震災の影響を受けた2011年以降は格下げに転じ、消費増税の先送りが決まった2014年末以降にもう一段の格下げが実施され、現在に至っている。

格付けと関係が深い財政指標
以上を踏まえて、格付け平均値を、財政の持続可能性に関係するとされる6つの経済指標で単回帰することで、日本国債格付けへのインプリケーションを考えた。なお、分析の対象は、四半期データが取れる以下の6指標を説明変数の候補とした。
図表3では、上記6つの財政関連指標と3大格付け機関の平均格付けを数値化したものとの単純相関を示した(1997年4Q~2025年2Q)。これによれば、経常収支/GDP、一般政府資金過不足/GDP、長期金利、名目成長率―長期金利といったフローデータはいずれも予想される符号条件を満たしていないことがわかる。
対して、債務残高/GDPや純債務残高/GDPはいずれも相関関係が高いことがわかる。これは、格付け機関が格付けを変更するトリガーとしては、必ずしも経常収支や財政収支、長期金利や名目成長率といったフロー変数の変化ではなく、債務残高/GDPといったストック変数の変化の影響が大きいことを示している。
そして、最も相関係数が高い「政府債務残高/GDP」との回帰式に基づけば、直近は三大格付け機関の1つが1ノッチ格上げをしてもおかしくない水準にあり、仮にすべての格付け機関で日本国債の各付けがAAAまで行くためには106%程度まで下げる必要があると試算される。
同様に「純債務残高/GDP」との回帰式に基づけば、直近は3大格付け機関のうち2社が1ノッチ、1社が2ノッチ格上げされてもおかしくない水準にあり、仮にすべての格付け機関で日本国債の各付けがAAAまで行くためには35%程度までの低下が必要になると試算される。
こうした関係に基づけば、仮に政府が財政目標を見直すとすれば、プライマリーバランス(PB)などのフローデータよりも債務残高/GDPストックデータを財政健全化の最終目標として用いる方が適切といえよう。

格付け機関が注目する財政指標
では、実際に格付け機関はどの財政指標を評価項目としているのだろう。そこで以下は、財務省がまとめた格付け会社の評価項目 のうち財政に関する指標をまとめた結果である(図表4)。やはりここでも、(純)債務残高/GDP(歳入)や外貨建て債割合といったストックデータが全ての機関の評価項目に入っていることがわかる。また、利払い費/GDP(歳入)や財政収支/GDP、もしくは純債務残高増減/GDPといったフローデータも含まれていることがわかる。
そして全体的な特徴をまとめると、フローの財政収支よりも、包括的なストック指標を重視している傾向が見て取れる。ただ、債務残高と純債務残高のどちらを重視するかは機関によって異なる(S&Pのみ純債務重視)。一方で、フロー指標としては、PBという形でみている格付け会社はなく、利払い費の情報を見ていることがわかる。
ただ、日本ではタイムリーに公表される利払い費のデータが存在しない。こうしたことからすれば、格付けにも配慮した望ましい財政目標としては、PBを目標と位置付けるのではなく、経済規模の拡大が考慮されるストックデータを新しい目標と位置づけるべきであり、その部分的要素となるPB、名目成長率と長期金利の関係などを参考指標扱いにすることで常時観察していくというのが望ましいと考えられる。

