要約
確定拠出年金(DC)は、2024年度末時点で利用者が1,300万人を超え、老後資産の受け皿として存在感が一段と高まっている。同時点で資産総額は30兆円を超え、過去10年で約3倍に拡大した。加入者の投資信託による運用の拡大が背景にあり、掛金拠出額の増加に加え、株高や円安進行による時価上昇が資産増加に大きく寄与している。
一方、DCの資産を元本確保型商品(預貯金・保険)100%で運用する加入者は依然として存在する。低利回りの元本確保型商品はインフレ時には実質価値が目減りするため、老後資産を十分に確保できない可能性が高い。投資信託の運用で収益を得ている加入者との資産格差は拡大している恐れがあり、分散投資の実践を促す仕組みの構築が必要である。
加入者が自ら運用を指図しない場合に適用される指定運用方法には、投資信託の選定を促すことが求められる。また、加入者の適切な商品選択をサポートするには、投資教育も重要だ。企業型DCを運営する企業や運営管理機関に対しては、従業員の運用改善に成功している企業の事例を参考に、投資教育の効果を高めるための工夫と継続的な実施の徹底を求める必要があるだろう。
※当記事は2025年11月14日に公開されたものです。
DCの利用者は1,300万人を超えた
確定拠出年金(DC)には、企業が従業員のために導入する企業年金である企業型(企業型DC)と、個人が任意で加入する個人型(iDeCo)がある。2024年度末時点における加入者数は、企業型DCが862万人、iDeCoが363万人となり、合計1,225万人に達した(図表1)。さらに、DCにおいては、掛金を拠出せず、それまでに積み立てた資産の運用指図のみを行う運用指図者が130万人以上存在しており、これを含めるとDCの利用者は1,300万人を超えている。老後に向けた資産形成制度として、DCの重要性は一段と高まっている。
投信運用の拡大、DC資産総額の増加に大きく寄与
同時点におけるDCの資産総額は、企業型DCが24.4兆円、iDeCoが7.1兆円で、合計31.5兆円となった(図表2)。2015年度末時点の10.8兆円(企業型DC:9.6兆円、iDeCo:1.2兆円)から過去10年で約3倍に増えた。内訳を見ると、預貯金・保険などの元本確保型商品が横ばいである一方、投資信託(投信)の増加が目立つ。企業型DC、iDeCoの資産総額に占める投信の割合は、両制度比較可能な2023年度末でそれぞれ67%、74%(2024年度末:77%)となった。
投信の残高が増加している要因の一つは、掛金収入の増加である。DCは加入者自身が運用商品を選択し、掛金を配分して運用する仕組みだが、制度開始以来、投資経験がないことや金融の知識不足、関心の低さなどを理由に、預貯金・保険などの元本確保型商品で運用を行う加入者が多いと指摘されてきた。企業型DCにおける加入者の掛金額の状況を見ると、2017年度までは元本確保型商品が50%を超えていた。だが、2018年度以降は投信が逆転し、その後も投信への配分比率は上昇傾向が続いている(図表3)。近年の資産形成に対する意識の高まり等を受けて、投信での運用を選択する動きが広がってきたと思われる。元本確保型商品へ配分されている掛金額は4,000~5,000億円程度で横ばいが続く一方、投信への掛金額は増えており、2023年度には9,000億円を上回ると推計できる(図表3の棒グラフ)。
また、投信の時価上昇の効果も大きく影響している。日本銀行「資金循環統計」のデータによると、企業型DCにおける投信の残高は、2015年度末の5.1兆円から2024年度末には18.2兆円に増え、企業型DC全体の資産総額に占める割合は同期間で53.0%から74.6%に上昇した(※1)。各年度末の増加分(前年差)について、加入者の掛金拠出等による資金流出入(フロー)と投信の時価変動に要因分解すると(図表4右)、掛金収入をベースにフローが安定的にプラスとなる中で、特に2020年度と2023年度は、投信の時価上昇による影響で大きく残高が増えていることがわかる。2020年度の増加分2.6兆円のうち1.7兆円、2023年度の増加分4.1兆円のうち2.8兆円が時価上昇によるものであった。
企業型DCで運用されている投信の資産額をタイプ別に見ると、2022年度末までは国内外の株式や債券に投資する「バランス型」が最も多かったが、2023年度末で「外国株式型」が逆転した(※2)。世界的に進む株高や、日米金利差の拡大などを要因に2022年春以降続く円安の進行による時価上昇が進む中、より高い運用リターンの獲得を目的とした加入者の資金シフトが活発化していると思われる。
iDeCoについては、図表2で確認したように、資産総額に占める投信の割合は企業型DCより高い。「外国株式型」の資産額が2020年度末以降最も多く、2023年度末はiDeCoで保有する投信の残高の約半分を占めていることから、時価上昇の影響が大きかったと思われる。また、運用商品別の掛金額の状況を入手できないため推測ベースとなるが、勤め先に導入されていれば自身の意思にかかわらずほぼ自動的に加入となる企業型DCに対し、iDeCoは個人が任意で加入するため、制度の内容を勉強し一定の理解を深めている加入者が多いのではないか。とすれば、長期分散投資の重要性を強く意識するiDeCoの加入者が、より積極的な運用を行った結果とも考えられるだろう。
投信による運用の拡大は、日本の投信市場へ与えるDCのインパクトを着実に高めつつあるようだ。投資信託協会のウェブサイト(※3)で検索できるDC専用ファンド(投信)498本(最終検索日:2025年11月7日)のうち、「野村外国株式インデックスファンド・MSCI-KOKUSAI(確定拠出年金向け)」の純資産総額が、DC専用ファンドとして初めて1兆円を突破した。これは国内の追加型株式投信(ETFを除く)2,328本(最終検索日:2025年11月7日)の中で9番目に大きい規模であり、DC専用ファンドとして異例の存在感を示している。
さらに、2025年10月には米国S&P500指数が過去最高値を更新し、日経平均株価が史上初の5万円台に到達するなど、株高が進んでいる。国内外の株式に投資するDC専用ファンドの時価上昇が、DC全体の残高をさらに押し上げている可能性が高く、今後も、資産増加という成功体験をもつ加入者による資金流入が加速する可能性も指摘できよう。
元本確保型商品100%運用の加入者、適切な商品選択をどうサポートするか
しかしながら、投信での運用を積極化させる動きがある一方で、徐々に減少傾向にはあるものの、DCの資産を元本確保型商品のみで運用している人は依然として存在している。金融庁「資産運用サービスの高度化に向けたプログレスレポート2025」(※4)(2025年6月)(以下、プログレスレポート)によると、元本確保型商品のみで運用している人の割合は、2024年9月末時点で企業型DCが19.6%(175万人)、iDeCoが18.2%(79万人)である。
低利回りの元本確保型商品による運用では、インフレ時には実質的な資産価値が目減りし、退職後の資産形成に十分なリターンを確保できない可能性が極めて高い。また、DCでは運用中の投信の分配金や運用益が非課税(通常の口座では税率20.315%で課税)となり、収益を再投資することで複利効果を得ながら効率よく運用できるメリットがある。だが、元本確保型商品の運用ではその恩恵はほとんど受けられないだろう。
プログレスレポートでは、DCで元本確保型商品のみを選択している加入者の比率は、近年よりも過去に加入した人ほど高いことを指摘しており、元本確保型商品のみで長期間運用を続けている加入者は少なくないはずだ。投信運用で収益を得ている加入者との資産格差はすでに生じていると思われるが、昨今の株高等を踏まえればその格差はさらに拡大している恐れがある。
現状、元本確保型商品のみで運用する加入者の中には、こうしたデメリットを理解した上で選択する人もいるだろう。だが、おそらく、制度への関心のなさや理解不足により、とりあえず元本確保型商品を選択し、その後も運用商品の見直しを行わないまま、その状態が継続されてしまっているケースも少なくないと思われる。元本確保型商品のみで運用する加入者、あるいは元本確保型商品の資産構成比率が極めて高い加入者に対し、投信での運用の必要性をしっかりと伝え、分散投資の実践をサポートする仕組みを構築していく必要がある。
元本確保型商品のみで運用する人が存在している要因の一つとして、指定運用方法に元本確保型商品を選定する企業が多い点が考えられる。指定運用方法は、運用指図をしないDC加入者の資産を、あらかじめ指定された運用商品で自動的に運用できる仕組みであり、2016年のDC法改正により2018年5月から導入された。年金運用は最小のリスクで一定の期待リターンを得るための長期分散投資が基本であり、運用指図をしない加入者もそれを実践できるようにする目的から、諸外国のDCではターゲット・デート・ファンドなどのバランス型投信を選定する事例がある。
だが、プログレスレポートによると、2024年9月末でiDeCoでは指定運用方法を選定しているプランの82%が投信を選定しているが、企業型DC導入の事業主ではその割合は36%にとどまり、64%は元本確保型商品が選定されている。2023年度に指定運用方法が適用された加入者62.3万人(※5)の中には、結果として元本確保型商品100%で運用されている加入者も含まれているだろう。指定運用方法に元本確保型の商品を選定する企業に対しては、投信の選定を促す取り組みが求められる。
加えて、投資教育の徹底も適切な商品選択をサポートする重要な仕組みである。特定非営利活動法人確定拠出年金教育協会のウェブサイト(※6)では、企業型DCの投資教育に取り組む企業の事例が紹介されている。これを見ると集合セミナーを定期的に実施し、その場で従業員に運用商品の選択と掛金の配分を促すことで元本確保型商品の選択比率が大幅に減少した事例がある。
また、加入者に送付される運用状況の報告書をセミナーで使用し、報告書の読み方や運用商品を見直す場合の考え方を説明したり、自分の運用結果を加入者全体の傾向と比較したりするなどの具体的な取り組みも、従業員の運用に対する関心を高めるのには効果的のようだ。特に、ここ数年は投信による運用パフォーマンスが好調であり、多くの加入者にとって自身の運用内容を見直すきっかけとなるのではないか。企業型DCを運営する企業や運営管理機関に対しては、同協会が紹介する事例などを参考に、これまで以上に投資教育の効果を高めるための工夫と継続的な実施の徹底を求める必要があるだろう。
※1 資金循環統計における企業型DCの主な資産項目は「現金・預金」「投信」「未収・未払金」となる。企業型DCの運用商品には生命保険や損害保険があるが、資金循環統計では保険商品の運用資産を一定のルールに基づき、「現金・預金」「投信」「未収・未払金」の各項目に計上している。そのため、図表4左の資金循環統計上の投信残高は、図表2左の投信残高よりも数値が大きく、企業型DC全体の資産総額に占める投信残高の割合も前記した数値より高めに算出されている。日本銀行調査統計局「資金循環統計の作成方法」参照。
※2 運営管理機関連絡協議会「確定拠出年金統計資料」(2024年3月末)
※3 一般社団法人投資信託協会「投信総合検索ライブラリー」
※4 https://www.fsa.go.jp/policy/pjlamc/20250627/20250627.html
※5 脚注2に同じ。
※6 特定非営利活動法人 確定拠出年金教育協会「企業表彰・事例紹介概要」
当記事は大和総研のホームページに掲載されている、同社の政策調査部・佐川あぐり研究員のレポートを抜粋したものです。同氏の公開するレポートは下記リンクから閲覧できます。(大和総研のホームページへ遷移します。)
https://www.dir.co.jp/professionals/researcher/sagawaa.html



