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【為替相場】ドル円155円の分岐点は?円安とドル高の「合わせ技」で何が変わるのか

「内田稔教授のマーケットトーク」をWeb記事で
2025年11月4日
内田 稔 /  高千穂大学 教授/FDAlco 外国為替アナリスト

当シリーズでは、高千穂大学の商学部教授で三菱UFJ銀行の外国為替のチーフアナリストを務めた内田稔氏に、為替を中心に金融市場の見通しや注目のニュースをウィークリーで解説してもらう。※この記事は11月1日に配信された「内田稔教授のマーケットトーク第56回 円安とドル持ち直しでドル円155円も」を再編集しています。ご質問はYoutubeチャンネルのコメント欄からお願い致します。また、チャンネル登録もお願い致します。

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今回のテーマは「円安とドル持ち直しで155円も」です。円安にドル高が加わる結果、ドル円の一段高が見込まれますが、その際の注意点などについて解説します。

はじめに年初来のドル円相場を振り返ります。今年は157円台で寄り付いた後、一時159円に迫りましたが、その後は下落しました。米国の景気減速が意識された上、4月以降は相互関税やトランプ減税に伴う財政悪化懸念などからドル安が進みました。

ただ、その後は落ち着きを取り戻しています。7月に成立した減税法案に関して、財政赤字の拡大分を関税収入が穴埋めするとの見方が広がりました。そして、9月の利下げ再開後はドルが持ち直しに転じ、10月以降は高市内閣の発足により、上昇に勢いがつきました。これまでの戻り高値は154円45銭です。(スライド2)

足元で円安が進んでいる通貨ペアはドル円だけではありません。そこで年始を100として指数化した上で、ほかの通貨ペアも見てみましょう。スウェーデンクローナ円は年初に比べて15%程度もスウェーデンクローナ高円安となりました。スイスフラン円やユーロ円は史上最高値更新です。カナダドル円も年初の水準を明確に抜けてきました。カナダは関税交渉においてトランプ大統領より不利な条件を突き付けられており、全般的に冴えない値動きが続いていますが、円はそのカナダドルに対しても下落しています。そしてドル円も年初の水準まで残すところあと2%に迫っています。(スライド3)

こうしてみると今週は円独歩安だった印象もありますが、そうではありません。今週の主要通貨の対ドル変化率を見ますと円は確かに下から3番目と冴えない値動きでしたが、今週はここに挙げている全ての通貨がドルに対して下落しています。つまり、ドルも堅調に推移していたのです。今週、ドル円相場が154円台を回復したのは、円安とドル高の合わせ技だったことがわかります。(スライド4)

為替相場に影響した材料は

今週、相場に影響した材料をみていきましょう。まずはベッセント財務長官と片山大臣の会談です。27日に片山大臣からは金融政策が話題にならなかったことや、為替に関する踏み込んだ話が出なかったことが明かされ、市場も安堵しました。ところが、翌日になり、ベッセント財務長官がSNSのXにて、また財務省もホームページにて、やや強めの円安牽制を発しました。過度な円安を防ぐために日銀に金融政策を自主的に判断させるべきとの内容です。これを受け、ドル円は一時151円台半ばまで下落しました。当面、ドル円の上値を抑える材料として機能しそうです。(スライド5)

一方、新旧の日本の総理大臣の発言に照らせば、円安に対する見方も変化している可能性があります。例えば、岸田総理はドル円が160円に達した後、円安を注視すると発言しました。トランプ大統領を除けば国の元首が為替相場に言及するのは異例のことです。

また、岸田総理に続き、茂木幹事長や河野デジタル大臣も相次いで日銀に利上げを促す発言を重ねました。当時、160円は円安のメリットとデメリットが逆転する境界ラインとして政権内で共有されていたと考えられます。

これに対し、高市総理はドル円が153円台で推移していた10月9日、テレビ番組の中で円安には両面があり、輸出企業にとってはメリットもあると発言しています。その上で物価上昇については補正予算で対応すると発言しています。これはガソリンの暫定税率引き下げなどを指すものと考えられます。全体としてみると、やや円安を容認しているとも見受けられます。

片山大臣は一方的な動きであるとして、円安を牽制しましたが、高市政権は政策を総動員して名目のGDPの拡大を図る一方、金融政策については緩和的な政策を志向すると考えられます。その結果、インフレやインフレ期待の進展により、実質金利が下がり、円安が進みやすくなると考えられます。実際に日本の当局がここからの円安に対してどの程度の強い調子で牽制していくのか、注目です。(スライド6)

さて、その後のドル円は154円台まで上昇しましたが、その材料となったのが日銀です。予想通り、政策金利を据え置きました。展望レポートでは2026年度、2027年度ともに物価見通しは前回7月から横ばいです。

引き続き物価安定目標の達成時期は2027年度とされ、日銀は慎重に利上げ時期を模索すると考えられます。今回の正常化においてマイナス金利の解除を除けば利上げは展望レポートが公表される会合でした。植田総裁も会見で利上げを急ぐ姿勢は示しておらず、引き続き米経済の下振れリスクや賃上げの動向を見極めるとして慎重なスタンスを崩していません。

このためメインシナリオは年明け1月会合での利上げです。但し、それまでにドル円相場が160円に迫るといった円安となった場合、利上げが12月に前倒しされる可能性は認識しておく必要があります。(スライド7)

FOMCの振り返りとドルの動向

今週、ドルもしっかりと推移しましたが、材料となったのがパウエル議長の記者会見でした。FOMCでは利下げとQT、即ち量的引き締めの停止が決まりました。いずれも織り込み済みだったことから、緩和的な決定ではありますが、その後はむしろドル高に進みました。

ただサプライズだったのがパウエル議長の発言です。12月の利下げを強い調子で否定したのです。9月のFOMCに示された見通しによって市場は10月に続く12月利下げも織り込んでいただけに、この発言がドル高に繋がりました。確かに経済指標の発表が遅れており、12月の利下げが既定路線とならないことは当然です。それにしても非常に強い調子で12月利下げを当然視する声をけん制したのです。(スライド8)

ここでドルと金利差を見ておきましょう。主要6通貨(EUR、JPY、GBP、CAD、SEK、CHF)に対するドルの動きを示すドル指数とその6通貨の金利を加重平均してドル金利から引いたものです。年初から4月までは両者の動きは整合的でしたが、相互関税が発表された4月以降、金利差に対してかなりドル安が進みました。

但し、夏場以降にドルが持ち直しており、現在、金利差にキャッチアップしつつあります。このまま金利差との整合的な水準までドルが戻ると仮定すれば2%程度のドル高が見込まれます。ドル円にこのドル高が加わると年初の157円台回復も視野に入って来る計算です。(スライド9)

11/3週のポイント

来週の予定を確認しましょう。来週は7日に米雇用統計を控えていますが、政府機関が閉鎖されたままとあって発表されるのか、不確実です。このためISMやADPなど民間から発表される指標で米経済を見て行くことになります。ただ、先月のADPでは雇用者の伸びがマイナスでした。市場も労働市場の悪化をある程度は織り込み済みと考えられ、よほど深いマイナスの値とならない限り、ドル安圧力は限られそうです。(スライド10)

それでは来週のポイントです。引き続き円安とドル高によって、ドル円の155円台の回復も見込めます。ただし、ベッセント財務長官の円安けん制が意識され、ドル円の上値は次第に重くなりそうです。この為、円安の主戦場はクロス円となりそうです。

ただ、ドルの立ち位置が変化した結果、クロス円の上昇も緩やかとなりそうです。例えば、円安かつドル安の場合、ユーロやスイスフランといった他通貨が相対的に上位に押し上げられます。その他通貨と円の強弱の格差が大きく広がる結果、クロス円は勢いよく上がります。

一方、今週のように円安ではあってもドルが堅調に推移する場合、その他通貨がいくらか下に押し下げられる結果、他通貨と円の相対的な強弱の格差が縮まります。その結果、クロス円の上昇は緩やかとなります。来週も依然として円安圧力が意識されそうですが、ドル円の上値はやや重く、クロス円の上昇ペースも鈍ると考えられます。(スライド11)

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「内田稔教授のマーケットトーク」はYouTubeからもご覧いただけます。

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内田 稔

 高千穂大学 教授/FDAlco 外国為替アナリスト

1993年慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、東京銀行(現、三菱UFJ銀行)入行。マーケット業務を歴任し、2007年より外国為替のリサーチを担当。2011年4月からチーフアナリストとしてハウスビューの策定を統括。J-Money誌(旧ユーロマネー誌日本語版)の東京外国為替市場調査では、2013年より9年連続アナリスト個人ランキング部門第1位。2022年4月より高千穂大学に転じ、国際金融論や専門ゼミを担当。また、株式会社FDAlcoの為替アナリストとして為替市場の調査や分析といった実務を継続する傍らロイターコラム「外国為替フォーラム」、テレビ東京「ニュースモーニングサテライト」、News Picks等でも情報発信中。そのほか公益財団法人国際通貨研究所客員研究員、証券アナリストジャーナル編集委員会委員も兼任。日本証券アナリスト協会検定会員、日本テクニカルアナリスト協会認定アナリスト、国際公認投資アナリスト、日本金融学会会員、日本ファイナンス学会会員、経済学修士(京都産業大学)