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企業年金担当者が知っておきたい 海外DC最新事情 
第2回 シンガポール

2025年11月10日
樋渡靖一郎 /  野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング株式会社 投資戦略部 シニア・ポートフォリオ・マネージャー
DBの普及が頭打ちになるなか、同じ企業年金としてDBとDCが連携強化を図る動きがある。また、日本のDCが海外の制度を参考に創設されたことを踏まえると、海外のDC事情についてアンテナを張っておくことは、企業年金の今後を考える上でも非常に有意義だろう。そこで、DC制度の調査を進める野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティングの樋渡靖一郎氏から、海外DCの事例を紹介していただく。

はじめに

本連載では各国の確定拠出型制度を取り上げています。今回は、日本と同様に少子高齢化が進むシンガポールを紹介します。 (文中の数字は記事執筆当時の数値で、今後、見直しが入り、変更される可能性があります。)

シンガポールには、国民と永住権保持者を対象とする強制加入の積立型社会保障制度「CPF(Central Provident Fund:中央積立基金)」があります。CPFは拠出と運用の結果に応じて給付が決まるという点で「確定拠出型」の特性を備えています。「確定拠出型」の年金は、将来の年金原資を現役時代に積み立てる「積立方式」を基本としており、現役世代が高齢者世代を支える「賦課方式」と比べて、少子高齢化の影響を受けにくいという大きなメリットがあります。

その一方で、原則として自分が積み立てた分しか給付を受けられないため、「長生きしすぎて資金が尽きてしまう」という長寿リスクを個人が直接負うことになります。 この課題は、日本の確定拠出年金が抱える問題とも共通しています。個人の積立を基本としながら、国としてどのように長寿リスク対策を制度に組み込んでいるのか。CPFの概要とともに、その工夫も見ていきましょう。

拠出

CPFの拠出は原則として企業と従業員の双方が負担します。 CPFへの拠出率は年齢によって細かく設定されています。55歳以下では、雇用主が賃金の17%、従業員が20%を負担し、合計で37%が積み立てられます。 例えば月収30万円(約3,000シンガポールドル)の人の場合、毎月約11万1千円がCPF口座に積み立てられる計算になります。これは日本の企業型DCにおける掛金上限(月5.5万円)と比べるとかなり高い水準です。

55歳を過ぎると拠出率は段階的に下がりますが、70歳超でも雇用主7.5%・従業員5%の計12.5%と依然として高水準です。 政府は「高年齢層の拠出率を数年かけて引き上げる方針」を示しており、長寿化を見据えた調整が続けられています。

口座

給与から天引きされた拠出金は年齢に応じた割合で、以下の3つの口座に自動で配分されます。

口座名

主な目的

最低利率の下限

Ordinary Account (OA)

住宅購入・ローン返済・教育費

2.5%

Special Account (SA)

老後資金の長期運用(退職準備)

4.0%

Medisave Account (MA)

医療費・医療保険

4.0%

出所:NFRC

さらに55歳になると、OAとSAから規定額が移され、退職後の年金の原資となる退職金口座(Retirement Account:RA)が自動で新設されます。この段階的・自動的な資金仕分けにより、長寿リスクと医療費リスクの双方を計画的に管理できる構造が整っています。

運用面では、加入者自身がファンドを選択する必要がなく、各口座ごとに政府が定める利率で運用されます(OAが年2.5%、SA・MA・RAが年4.0%)。金利環境によっては、この最低保証を上回る追加利率が適用されることもあり、さらに合算残高の最初の6万S$に年1%の追加利息が上乗せ、55歳以上は最初の3万S$にさらに年1%が上乗せされます。

その上で、より高いリターンを目指す人のために、自己責任で投資ができるCPF投資スキーム(CPFIS)も用意されています。加入者が目的別に資産を着実に積み立てながら、必要に応じて運用リスクを選択できる環境が整備されており、老後資金の確保を制度的に担保する仕組みになっています。

受給

CPF LIFE (Lifelong Income For the Elderly) は終身年金制度で、その名の通り「生涯にわたって(Lifelong)高齢者に所得(Income)を提供する」ことを目的としています。 上記のRAが原資となり、現在は65歳(給付開始年齢)以降、自動的にCPF LIFEに加入します。RAに十分な残高がない場合は、最低水準を満たすよう追加入金する仕組みなども用意されています。CPF LIFEに加入すると、自分のRA残高と加入者で共有する大きな資金プール(「終身入金基金」)から生涯にわたって毎月一定額の年金を受け取ります。受け取り方法は次の3つから選べます。

プラン名

特徴

Standard Plan 

定額給付。支払水準が最も高い(デフォルト)

Escalating Plan 

初期の給付は低めだが、毎年+2%で増額(インフレに対する耐性を高める)

Basic Plan

給付は低いが、死亡時の残余金の戻りが多い

出所:NFRC

CPF LIFEの設計は「長生きリスクのカバー」と「インフレなどを見据えた多様な受給オプション」の両立に成功していると言えます。

投資教育

まず、強制拠出・利率保証・口座の自動移行といった仕組みにより、「学ばなくても大きな失敗をしにくい」制度設計が施されています。そのうえで、小学校から金融リテラシーを正式なカリキュラムに組み込み、政府主導のプログラムによって若年層に基礎知識と判断力を身につけさせています。

さらに政府は、CPF/CPF LIFEにおける資金移動やプラン選択など重要な意思決定のタイミングごとに、テスト・面談・シミュレーターなどの学習機会を必ず用意し、加入者を支援しています。この「政府主導の投資教育」と「加入者が迷わない制度設計」は、日本の確定拠出年金でもぜひ参考にすべきポイントです

 

樋渡靖一郎

 野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング株式会社 投資戦略部 シニア・ポートフォリオ・マネージャー

マルチアセット分析部(現ファンド分析部)にて、機関投資家(年金含む)向けのファンドの評価業務を行う。現在は投資戦略部でファンドオブファンズの投資助言及びそれに関する調査・分析業務に従事。