当シリーズでは、高千穂大学の商学部教授で三菱UFJ銀行の外国為替のチーフアナリストを務めた内田稔氏に、為替を中心に金融市場の見通しや注目のニュースをウィークリーで解説してもらう。※この記事は7月5日に配信された「内田稔教授のマーケットトーク 【第39回】再来!?金利とドルの逆相関」を再編集しています。
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今日のテーマは「ドルと金利の関係」です。ドル円の動向やニュースを振り返りながら、ドルとユーロの関係、ドルと金利の関係、円高を阻んでいる要因について解説し、来週のポイントをお伝えしていきます。

出所:内田氏
関税交渉の進展と懸念
今週は様々な報道が出ました。まず関税交渉に関して、ベトナムとの合意がまとまり、イギリスに次いで2番目となりました。カナダとの間では、一時期米国が交渉打ち切りという強硬姿勢を見せていましたが、カナダ側がデジタルサービス税の撤回を表明したことを受け、交渉を再開することで合意しました。喧嘩別れではなく、交渉で合意に至る可能性が出てきた点は良い話です。
しかし問題は、4日になってトランプ大統領が、貿易交渉で合意できない国に対して最大で70%の関税を8月1日から課すことを表明したことです。交渉が間近な国は10%か20%、合意に遠い国に対しては60%か70%の税率とされ、これは為替市場に新たな混乱をもたらす可能性があり、ドル安要因となります。

出所:内田氏
米国労働市場の動向
米国の労働市場については、雇用動態調査(JOLTS)が発表されました。求人件数を失業者数で割った値が持ち直しました。

一方でADP雇用報告は2023年5月以来初めてマイナスとなりました。これにより雇用統計に向けて緊張が高まりました。結果的に雇用統計では非農業部門雇用者数(NFP)、失業率ともに改善しましたが、賃金の伸びは鈍化していました。
この雇用統計の発表前、7月の利下げ織り込みは約24%でしたが、雇用統計を受けて7月利下げの可能性は5%まで後退しました。これでおそらく7月の利下げはほぼなくなったと思います。ただし、非農業部門雇用者数増加の約半分が政府職員であり、ADPではマイナスでしたので、労働市場は悪化しつつあると考えられます。失業保険継続受給者数を見ると、コロナ前の3年間平均では約180万件弱でしたが、現在は200万件に迫る動きとなっています。職を離れている期間が長くなればなるほど再就職が難しくなりますので、このデータは米国の労働市場が弱くなっていることを示唆しています。

パウエル議長の発言と減税法案
今週はパウエル議長が、データ次第としつつ7月の利下げを否定しないという発言をしました。これはECBが主催する会での発言でしたが、この発言を受けて7月利下げ観測が意識された場面がありました。しかし、雇用統計で7月利下げ観測は大きく後退しています。また、トランプ減税を恒久化する減税法案が議会を通過し、4日にトランプ大統領の署名で成立する見込みとなっています。ヨーロッパや日本でも政府の財政拡張という報道が相次いでおり、世界的に長期金利が上がりやすい状況です。米国の株の先物市場は、この議会通過という報道の後、若干下がるような反応となっています。

出所:内田氏
市況について
米国の主要株価指数であるS&P500やナスダックが史上最高値を更新する非常にリスク選好的な状況になっています。VIX指数が16台まで低下している状況です。米国の株価上昇は総じてドル安の緩和となりますが、ユーロドル相場が1.18台まで上昇しており、こうした状況が続くとドルは続落します。一方でVIX指数の低下はリスク回避の円買いとは逆の動きが出やすい状況ですので、円安要因にもなります。
ドル円相場の動向
今週のドル円相場は、143円をわずかに割れたところから145円を超えたところでレンジとなり、方向感が出にくい展開でした。雇用統計で一旦145円に乗せましたが、雇用者の伸びの半分近くが政府関係者でした。賃金の伸びも予想を下回ったことで、当初の反応ほど強い雇用統計ではなかったという見方が浸透するにつれて145円台を維持できず、関税の話も影響し、144円台前半まで緩んできています。

ドル指数の推移
2021年以降のドル指数のレンジの上から見た61.8%押しが約98でしたが、今週は96までドル安が進み、61.8%押しを明確に下抜けしました。チャート的には半値押しの次の節目がこの61.8%です。その次に76.4%押しもありますが、経験則上、ここはサポートとしては弱いことが多い為、ドルについては全戻し、つまり元々の安値である90をわずかに割ったぐらいの水準まで、あと数%ドル安が進む可能性を念頭に置く必要があります。

ユーロドル相場の分析
その際、ドル指数の約6割を占めるユーロドル相場が重要です。以前からお伝えしていた1.15の攻防は明確に抜けており、今週は1.18台に乗せる場面がありました。RSI(相対力指数)は70%を超えてユーロが買われすぎ、即ち売りシグナルが点灯していますが、例えばユーロドルが1.2や1.25に向かう大相場である場合、この買われすぎシグナルが点灯したまま相場が上昇していく可能性もあります。

ユーロについては2つのストーリーが考えられます。1つは、NATOがGDPに対して5%まで軍事関係の予算を拡大し、ドイツも3月に憲法を改正してまで財政拡張への道を開きました。即ち、安全保障をキーワードにしたユーロ圏の財政拡張です。これはユーロ圏の投資機会が増えることを意味します。実際、ドイツの軍事企業ラインメタルの株価が大幅に上昇していることに象徴されるように、ユーロ圏に投資資金が流れ込んでいる可能性があります。一方で、ユーロ圏は輸出依存度も高いので、ユーロが上がってくるとECBが黙っていないでしょう。ユーロ高を止めるために積極的な利下げを再開する可能性も出てくると思います。
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