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米国金利上昇の裏で、日本で起こった超長期金利の歴史的な上昇 その要因とは

「内田稔教授のマーケットトーク」をWeb記事で
2025年5月29日
内田 稔 /  高千穂大学 教授/FDAlco 外国為替アナリスト

当シリーズでは、高千穂大学の商学部教授で三菱UFJ銀行の外国為替のチーフアナリストを務めた内田稔氏に、為替を中心に金融市場の見通しや注目のニュースをウィークリーで解説してもらう。※この記事は5月23日配信の「内田稔教授のマーケットトーク【第33回】続・ドルの重し」を再編集しています。

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さて、ここからは今週の「悪い金利上昇とドル安」を招いたのが、先のムーディーズによる米国の格下げではない点をみていきます。図は過去1カ月のVIX指数です。米中暫定合意の後、一気にリスク選好となり、20を下回って低下しました。その後、米国債の格下げ報道を受けてVIX指数は上昇したものの20の手前で低下に転じ、元の水準付近まで戻っています。しかし、23日にかけて一気に20を上回る水準まで上昇しています。この原因は不調に終わった米国20年物国債入札です。この結果を受けて債券相場が値下がりし、長期金利の上昇や株安、VIX指数の上昇をもたらしました。

株価の動きを見ても同様で、格下げの発表後、確かに一旦は株安になりましたが、その後、持ち直しています。少しずつ長期金利が上昇したことにより上値が抑えられましたが、大きく下落したのは20年国債の入札後です。

長期金利もムーディーズの格下げ後に上昇しましたが、その後は債券の押し目買いによって金利が一旦低下しました。そこから「トランプ減税の延長」や「債務上限の引き上げ」を盛り込んだ予算審議を横目に、財政拡張への懸念による悪い金利上昇が進み、20年国債入札の後に4.6%台まで上昇しました。もっとも、予算案が下院を通過すると、一時的にリスク選好となって、「株高・債券高・ドル高」というそれまでの市況とは不整合なトリプル高が観測されています。本来であれば、財政拡張への懸念による悪い金利上昇がテーマだっただけに、予算案の下院通過を受け、長期金利が一段と上昇していたはずです。

各国金利差からわかること

改めて米国と各国の金利差を見てみます。横軸は米国と海外の金利差です。右に行くほど米国からみた対外金利差が拡大していることを意味します。縦軸はドル指数です。5月22日時点での金利差は1.6%付近でした。図から分かる通り、黒い散布図で示された今年3月までの金利差とドルとの関係性からすると、約4~5%。、ドルが下押しされている状況です。ただ、先週から続くリスク回避あるいは悪い金利上昇によるドル安といったテーマが払拭されるまで、ドルの戻りは鈍そうです。

出所:内田氏

来週以降、米国の予算案と相場の関係が重要になるでしょう。下院を通過した予算案が上院に回っており、ここから夏にかけて時間をかけて審議が進んでいきます。ただ、程度の差はあっても財政拡張路線は変わらないでしょう。

その場合、二つのシナリオが考えられます。1つは、「景気への追い風」と評価され、しばらくリスク選好になるパターンです。株高と債券高により、長期金利は低下するものの、リスク選好となってそれまで売られたドルが買い戻される展開です。2つ目は「悪い金利上昇」との見方からリスク回避が強まり、トリプル安が進展するパターンです。そのどちらに転ぶのか、カギを握るのは米国と各国・地域との関税交渉の行方です。対立が鮮明となってリスク回避色が収まらない状況となるのか、あるいは関税を引き下げ、交渉がまとまる状況になるのか、その結果次第でどちらのシナリオとなるのか方向性が見えてくると思われます。引き続き関税をめぐる各国・地域との交渉の行方が非常に重要です。ただ、今週のポイントは先週お伝えしたドルに対する2つの重しが当面ドルの上値を抑える可能性が高い点です。ドルについてはしばらく慎重な見方が必要と考えられます。

最後に日本の金利をみておきます。米国の長期金利に目を奪われている間、今週日本では驚異的な金利上昇が起こりました。日本の30年物国債の利回りが1999年以来、過去最高の水準まで上昇しました。要因の1つは金融政策の正常化を目的に、日銀が国債の買い入れを減額している点です。2つ目は消費税減税論の台頭にみられる通り、プライマリーバランス黒字化目標の後ずれで、これはいわゆる悪い金利上昇に該当します。また、インフレやインフレ期待が高まっている点も要因でしょう。中でも一番効いているのは、消費税に絡む日本の財政拡張の話題と考えられます。日本と米国では、経常収支が黒字か赤字か、という決定的な構造の違いはありますが、日本の金利上昇が必ずしも円高につながるわけではないでしょう。為替相場に影響が出るのは数カ月先かも知れませんが、今後こうした金利上昇が円高を招くものなのか、悪い金利上昇とみなされ、円高にはつながらないのか、日本についても注視していく必要があります。

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「内田稔教授のマーケットトーク」はYouTubeからもご覧いただけます。

公式チャンネルと第33回公開分はこちらから

内田 稔

 高千穂大学 教授/FDAlco 外国為替アナリスト

1993年慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、東京銀行(現、三菱UFJ銀行)入行。マーケット業務を歴任し、2007年より外国為替のリサーチを担当。2011年4月からチーフアナリストとしてハウスビューの策定を統括。J-Money誌(旧ユーロマネー誌日本語版)の東京外国為替市場調査では、2013年より9年連続アナリスト個人ランキング部門第1位。2022年4月より高千穂大学に転じ、国際金融論や専門ゼミを担当。また、株式会社FDAlcoの為替アナリストとして為替市場の調査や分析といった実務を継続する傍らロイターコラム「外国為替フォーラム」、テレビ東京「ニュースモーニングサテライト」、News Picks等でも情報発信中。そのほか公益財団法人国際通貨研究所客員研究員、証券アナリストジャーナル編集委員会委員も兼任。日本証券アナリスト協会検定会員、日本テクニカルアナリスト協会認定アナリスト、国際公認投資アナリスト、日本金融学会会員、日本ファイナンス学会会員、経済学修士(京都産業大学)