2022年から続いた世界的な物価上昇にようやく落ち着きがみられてきたが、今後の世界経済はどのような道筋を辿っていくだろうか。また、それによって日本銀行の金融政策はどのように展望できるだろうか。野村総合研究所でエグゼクティブ・エコノミストを務める木内登英氏に予測を語ってもらった。
最終回は、日銀が政策修正に着手せざるを得なくなっている背景と、金融政策正常化へ向けた具体的な見通しについて取り上げる。※本記事は2023年12月7日開催の「オルイン機関投資家フォーラム」でのセッション「日銀金融政策の評価と今後の展望」の内容をもとに採録しました。
インフレ期待が上振れ もはや日銀も無視できず
2023年4月に日銀の新総裁に就任した植田和男氏は、かねて「金融緩和の継続は適切」との発言を繰り返しており、金融市場では総裁交代後も早期の金融政策修正はないとの見方が多くを占めていました。そして実際に4月と6月の金融政策決定会合でも政策修正は見送られ、為替も円安に動きました。
ただ実際には、植田日銀がすでに政策修正を始めつつあると見ていいでしょう。2023年7月にはイールドカーブ・コントロール(YCC)の運営柔軟化を決定し、長期金利の上限0.5%を「めど」として、一定程度超えることを容認しました。続いて10月には、その上限をさらに1%にまで引き上げました。運営柔軟化の狙いは、利回り上昇を抑えるために大量の国債買い入れを強いられる事態の回避でしょう。また、従来のYCCの硬直的な運営が円安を加速しているとの批判に応える目的もありました。やはり日銀の金融政策の中で1番大きな課題となっているのがYCCであり、植田総裁も手を付けざるを得なかったのではないかと思います。
もっとも日銀はYCCの柔軟化について「物価目標達成を前提にした施策ではない」「金融政策正常化ではない」などと説明していますが、達観すれば正常化の一環と言えるでしょう。そして個人消費に対するインフレの影響が強まっている現状を踏まえれば、日銀は2%の物価目標達成にこだわらず、中長期的な物価安定を目指して本格的な政策修正を進めるべきだと私は思っています。
現状で問題となっているのが、インフレの中でも日銀が政策修正してこなかったことにより、個人のインフレ期待がかなり上振れてしまっている点です。例えば2024年の春闘を巡っては、個人と企業とで現状認識に大きなギャップがあるように思います。個人はかなり高いインフレが続くと見ており、賃金も相当増えてくれないと困ると思っているはずです。一方、企業はせいぜい2%を少し超えたぐらいのベアしかできないと見通しています(「②4月のマイナス金利解除は困難」参照:https://al-in.jp/13730/)。このまま春闘を迎えれば、個人の間では「期待したほどの賃上げにならなかった」との認識が広がり、結果として個人消費がかなり下振れてしまう恐れがあるでしょう。
個人のインフレ期待が引き上がったことについて「物価上昇を目指す日銀の狙い通りだ」との意見もありますが、実際には経済にとってマイナスです。個人消費が下振れてしまえば当然ながら経済を不安定化させますし、そもそも中央銀行は中長期のインフレ期待を安定化させるように政策を決めるのが本道です。
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