連載 小倉邦彦の資産運用時事コラム第9回 フォローの風に乗るプライベートデットの最新動向を探る後編:ダイレクトレンディングに関する井戸端会議 ~ 最新動向を議論する
■前半の目次
1.PDの基本的な仕組み
・DLにおける融資先の規模
・スプレッド水準は?
・シニア、メザニン、ユニトランシェの違い
・代表的なコベナンツとその重要性
・ファンドレベルのレバレッジは必要か
・一般的なファンドの形態~クローズドエンド型かオープンエンド型か~
・「スポンサー付き」とは?
・どのようなファンドを選択すべきか
2.ベンチマークにみるPDのリターン推移、クレジットロスはどの程度?
■後編の目次(今回)
ダイレクトレンディングに関する井戸端会議 ~ 最新動向を議論する~
・はじめに~井戸端会議参加者プロファイル
・年金の増加は巡航速度、DLに熱い視線を注ぐ生保は年金を上回る勢い
・当面フォローの風が吹き続けるが今後の懸念は?
・スポンサー付き案件への影響
・パブリック市場(バンクローン、HY債)の変調を受けPDは融資が大型化
・大型案件ではコベナンツ・ライトが進む?
・DLは既に大型LBOの世界でも地位を確保、パブリック物と共存する方向へ
・DLにおけるセカンダリー投資の現状
・DLにおけるESGの観点
・筆者あとがき
後編 ダイレクトレンディングに関する井戸端会議
~最新動向を議論する~
「前編:基礎編 プライベートデットを徹底解説」ではプライベートデット(PD)の基礎知識について、年金基金常務理事による対談形式で総括してきたが、今回は後編として筆者がダイレクトレンディング(DL)に詳しい複数の専門家(資産運用会社)と最近面談した内容を、年金基金の常務理事と資産運用会社のDL担当部長との井戸端会議(対話形式)に置き換えてわかりやすく解説していきたい。
年金の増加は巡航速度、DLに熱い視線を注ぐ生保は年金を上回る勢い
B氏:今日はCさん、Dさん共に忙しい中をお集まりいただきありがとうございます。今年度になってからDLに関するセミナーや専門誌での特集記事が多いですが、年金基金の関心は高いのでしょうか?
C氏:年金では以前からDLへの関心は高く、オルタナ投資に占める比率でもインカム系のインフラに迫る勢いがあるかと思いますが、最近では生保を中心とした金融法人のニーズの高まりが顕著です。これは新型コロナでもDLの耐性が確認された点が大きいと思います。
B氏:Bloomberg*2 でも「国内生保、220兆円のPrivate Credit市場に熱視線」との見出しで国内生保がDLを含むPrivate Credit投資の拡大を図っていると伝えていました。一部の生保では「デフォルトや回収リスクをまだ評価していない新たな分野であるため様子見したい」というところもあるようですが、多くは「利回りが比較的高い上に変動金利のためインフレや政策金利上昇にも強く為替ヘッジコストを軽減しやすい、リスクリターン効率が高い」等の理由で急速に拡大を図っているようですね。
*2 2023年8月18日付Bloomberg Web News タイトルは上記の通り
D氏:欧州系の老舗有力マネジャーで現在募集中のファンドは今年末の締め切りまでに日本だけで700億円を超えるコミットメントを集めると言われていますが、そのうち生保を中心とする金融法人が50%強を占めており、従来メインであった年金(一部大学基金を含む)を上回る状況のようです。もちろん、年金(一部大学基金を含む)だけでも300億円を上回るコミットメントを集めているので、既存投資家によるリアップ分も含め、年金からのニーズは引き続き高いですね。
B氏:以前は年金主体だったので様変わりですね。でも、年金からすると生保をはじめとした金融法人が本格的にこの資産クラスに参入してくるのは、「お仲間が増える」という意味で安心感はありますが、これは海外の投資家でも同じような状況なのでしょうか?
C氏:米国では従来はオルタナ投資といえばプライベートエクイティ(以下、PE)の比率が高かったのですが、金利上昇でDLのイールドもそれに連れて上昇、さらに安定したリターンが取れるということで資産割合は増えてきていると思います。基礎編であったCalPERSなどもその例でしょうね。年金から見たDLに対するニーズはどうですか?
B氏:年金の場合は不動産、インフラ、DLといったインカム系のPAは8割程度が円ヘッジされています。従って、ドル円のヘッジコストが6%、ユーロ円でも4%を超える水準になっているので、DL以外は円ベースのリターンが低下傾向です。この点、DLは変動金利なのでヘッジコストの上昇を吸収できるというメリットがある上に、基礎編でも年金基金常務理事のAさんに説明したように、貸し手優位の状況からスプレッド水準も厚くなっており、シニアでもファンド報酬控除後(Up Front Feeは考慮せず)で円ベース5%超のリターンが取れるので人気は高まっています。ただ、DL自体は年金基金では2015年頃から導入が始まり、この2~3年で急速に拡大したと思いますので、中規模以上の年金で入れるべき基金はほぼ入れ終わったというところではないでしょうか。
C氏:それでは新規投資は主にリアップ対応ということになるのでしょうか。そうすると既存のファンドが有利で新規参入組にはきついですね……。また、2022年に株式と債券が同時に下落し、デノミネーター効果で比較的好調だったPAの資産割合が相対的に増加したため、政策アセットミックス上、身動きが取れなくなってリアップを見送る年金も一部ではあるようです。
B氏:それは私も聞いています。ただ、これまで伝統4資産やオルタナ投資でも流動性のあるヘッジファンドやマルチアセットを主体でやってきた年金が、ここにきて「ポートフォリオの分散投資効果改善のために」新たに低流動のPAを導入する動きもあるようです。
D氏:それは楽しみですね。いまならインカム系ではDLが一番妙味のある資産クラスだと思います。また、DLはクローズドエンド型ファンドが主流なので、これまで小規模な年金では分散の観点から導入が難しかったと思いますが、比較的小規模でも投資できるオープンエンド型の「オルタナマルチ」あるいは「デットマルチ」のようなものもいくつか紹介されていますね。
B氏:確かにそれであれば資産規模が100億円以下の基金でも無理なく導入はできますね。信託銀行等がデューデリジェンスしていれば安心感はありますが、オルタナマルチはリスクやリターンのプロファイルが異なる複数のファンドから構成されているので、自身で中身はよく見ておいた方がよいと思います。またオープンエンド型ファンドなので一定の流動性があるのは事実ですが、ロックアップ期間や、その後のゲート条項などもしっかり確認しておく必要はありますね。平常時はよいのですがマーケットが大きく崩れてロスカットのために解約しようとすると大勢の人が出口に殺到しているので、解約待ちの長蛇の列に並ぶということになる可能性もあることは念頭に置いておいた方がよいでしょう。
当面フォローの風が吹き続けるが今後の懸念は?
B氏:欧米ともに今のところ景気はリセッションというよりもソフトランディングになる可能性の方が高いようなので、今後数年で景気悪化による企業倒産が続発し、Credit Lossが増大する懸念は低いようですが、ほかに懸念すべき点は何かありますか?
C氏:マクロ的には「適温経済」が続くようなのでそちらは心配していませんが、FRBパウエル議長が9月のFOMCで発言した「Higher for Longer」という言葉が象徴しているとおり、今の金利水準がいつまで続くかでしょうね。金利上昇は投資家にとってはイールドの上昇でプラスになっていますが、借入人サイドは金利コストの増加で大変です。それをカバーできる成長があればよいのですが、そうでないと景気後退よりも先に金利コスト上昇による貸倒率の上昇が懸念されるところです。PEファンドでもグロースやベンチャーキャピタル(VC)は金利上昇を見越して2021年にかなりの資金調達を進めました。ここにきてリファイナンスの時期が近づいてきており、これも注意点の一つでしょうね。
D氏:DL全体のInterest Coverage Ratioも徐々に低下し足元では2.0~2.5倍程度になっており、ちょっと注意が必要ですね。
B氏:なるほどですね。ところで本件とは直接関係ないのですがCさんのお話しされたVCのデットはハイリスクなので日本の年金ではあまり投資対象にしていないと思います。やはりLoss Ratioは高いのですか?
C氏:VCデットは確かにリスクが高いですが、融資期間は短期間に限定し、一般的には融資額の10%程度のワラント(新株引受権)を付与されるので、こちらでデットには本来ないアップサイドを狙えます。従って、融資先が1~2件倒れてもアップサイドが狙えるという仕組みになっています。
B氏:話を元に戻して「今後の懸念点」ですが、パブリック市場のバンクローンやHY債は金利上昇が始まった2022年から貸倒率が徐々に上昇しているようです。DLの方は目立った動きはないようですがちょっと心配ですね。
D氏:米国におけるバンクローンの金額ベースでのデフォルト率は2023年10月には3.08%に上昇しています。新型コロナの2020年は年平均で5.58%と大きく上昇しましたが、その後は2021年0.49%、2022年1.64%と低水準だったのですが、金利高が続いている影響もあり、ここのところ上昇傾向が目立ちます。*3
*3:JPMorgan 「Default Monitor」2023年11月1日
C氏:とはいってもバンクローンの貸倒率は2008年からの15年平均で3.08%なので、平均的な数値に戻ってきたということかもしれません。一方で、バンクローン市場では格下げの件数が格上げの件数を大きく上回る状態が続いていますし、JPモルガンは2024年のバンクローンの貸倒率が4.0%に上昇すると予想しています*3 。DLも金額が大型化しバンクローンに内容が近づいている部分もあるので、「鹿も四つ足、馬も四つ足」ではないですが、多少気を付けて動向を見ておいた方がよいでしょうね。
D氏:Cさんも指摘されたように米バンクローン市場での格下げ案件の増加も気になるところです。本来はディフェンシブセクターですがヘルスケアやテクノロジーの一部では、過去にプライマリー市場の需給関係が緩んでいた時に、相対的に高いレバレッジや低いInterest Coverage RatioでアグレッシブにLBOを行ってきたので、足元の高金利下では脆弱性にスポットライトが当たっているようです。ヘルスケアは高金利のほかに、労働集約的で低マージンという特徴が、足元のインフレ下ではプレッシャーになっているようです。
C氏:そうですね、ただこれはパブリック市場で資金調達した企業の話であって、DLでは一定の規律を維持し、そこまでアグレッシブに融資は行われてこなかったと思います。
B氏:インフレや高金利で強いプレッシャーを受けている企業が、リファイナンスの際に従前のバンクローン等パブリック市場での資金調達を諦めてプライベート市場のDLを頼ってくるようなときは、ファンドマネジャーにしっかり選別してほしいです。
D氏:そこはお任せください(笑)
スポンサー付き案件への影響
B氏:前編(基礎編)でAさんには「PEファンドがバックについていると、投資先企業(DLの融資先)の業績が悪化した場合に追加で資本注入してくれる可能性もあるが、PEファンドのGPも債務保証をしている訳ではないので、そこに100%依存はできない」と説明しましたが、最近の高金利下でスポンサーの行動に変化などありますか?
C氏:ご指摘の通りで最近は融資をデフォルトさせて貸し手に担保物件を差し押さえ(Foreclosure)させるケースや、Debt Equity Swapで貸し手がPEファンドに代わり主要株主になって再建を図っていくようなケースもちらほらと出てくるようになりました。高金利が続くことによるコスト増が背景にあると思います。
D氏:そういう意味でも繰り返しになりますが、デューデリジェンスの際にGPの投資先に対するコミットメントレベルはよく把握しておく必要がありますね。
B氏:PEもバイアウトファンドでは2022年から新規投資には慎重姿勢で、今はAdd- On投資やFollow- On投資*4主体になっているようですが、この傾向はDLにも影響しているのでしょうか?
*4 Add-On投資:PEファンドがある企業を買収後に当該企業と同業で規模の小さい企業を追加的に買収・水平統合しValue Upを図るもの。Follow-On投資:投資をした案件の次の資金調達ラウンドにも引き続いて投資を行う(追加増資)もの。
C氏:DLにとっては既存融資先への追加融資になるので、詳細なデューデリジェンスがさほど必要ないといった点からも魅力があります。Add -On関連の融資はアッパーミドルでもやっているようです。
D氏:欧州でもスポンサー付き案件は9割近くになります。Add -On案件のような追加融資(成長資金)に対応できるのは大手ファンドマネジャーの強みと言えるかと思います。
B氏:少し視点は変わりますが、スポンサー付きが大半ということはPEファンドのエグジットが大幅に鈍化している影響をDLも受けているのでしょうか?
C氏:これは顕著な傾向としてあります。CliffwaterによるとDLのベンチマークCDLIの実効融資期間(Effective Loan Life)は過去15年平均の3.13年から2023年6月末には5.26年に急拡大しています。以前は融資期間が5~7年でもエグジットにより3年程度で期前返済が実施されるというのが一般的だったようですが、今はM&Aマーケットの低迷でエグジットにブレーキがかかっており、DLの期限前償還が減少しているようです。
D氏:以前は優良貸出先に対する融資が期限前償還されるのは収益機会の減少という点で悩みの種でもあったので、優良企業に対する融資期間が延びる分には収益機会が増えるという見方もありますが、PEファンドのGPからすると、過去にかなりアグレッシブな投資をした企業のエグジットが遅れるのはちょっと心配でしょうね。
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パブリック市場(バンクローン、HY債)の変調を受けPDは融資が大型化
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