「オルタナティブデータ」と呼ばれる非伝統的な情報を用いた資産運用の最新動向について、認知拡大や業界ルール整備などの活動を展開する、オルタナティブデータ推進協議会(JADAA)関係者によるリレーコラム。
今回は、不動産DXの最前線について、株式会社ブログウォッチャーの小林樹杏氏に寄稿いただいた。
第19回「未来の消費行動予測ビジネスで培ったノウハウを自己勘定の投資判断にも応用」はこちら。
新型コロナウイルスによる各種制限も、感染症法上の位置づけが「2類相当」から「5類」に移行したことで緩和され、街の賑わいが戻ってきました。さまざまな悲劇や問題を引き起こした新型コロナウイルスは、人々の生活や考え方・習慣にも大きな変化をもたらしたと考えられます。
特に大きな転換の1つとして、人の移動にまつわるデータの活用に対する意識の変化がありました。
緊急事態宣言の発出等により、人の流れが大幅に変化する未曾有の状況を前にして、今までは当たり前だった「ここは観光客が多い」「土日は人通りが増えるよね」というような、経験則が全く通用しなくなってしまいました。人々の実際の動きの変化を把握するための手段として、「位置情報データ」というオルタナティブデータが脚光を浴びるようになったのです。
さらに、毎日のワイドショーで「本日の渋谷スクランブル交差点の人流は、昨日比何%増です」といったニュースが流れるようになったことも、「位置情報データ」が広く世間に知られる後押しになったといえるでしょう。
当社はこの激動する世界の中で、位置情報データを用いてさまざまな事象を紐解いてきました。
その中から今回は、「不動産業界への位置情報データ活用」という文脈にフォーカスして紹介いたします。
不動産業界に押し寄せるDXの波
「不動産業界」と聞くと、難しくレガシーな業界という印象を受ける方も多いかと思われます。
一方で、世間ではさまざまなやり取りが電子化し始めるなど、データ活用が当たり前になりつつあります。何より、これからの時代を担うデジタルネイティブな世代は、データによる明確なエビデンス提示がなされないと、取引そのものに不信感を抱くことも少なくありません。
そして、そのような状況を打破すべく、各企業がDXを掲げてデータ活用を推進し始めました。
変革の時を迎えた不動産業界において、位置情報データという人の移動のビッグデータを元に、不動産業者の業務のDXを推進している事例を紹介させていただきます。
位置情報データとは
実際の事例を紹介する前に、位置情報データについての説明と、弊社の紹介を簡単にさせていただきます。
弊社ブログウォッチャーは、株式会社リクルートと株式会社電通のジョイントベンチャーで、2017年頃より位置情報データの取得・蓄積から分析・広告活用まで、一気通貫でビジネスを展開しています。
「位置情報データ」と一言で表しても、実は多くのデータがあり、それぞれ特徴や優れている点が異なります。
例えば、主にわれわれが活用しているGPSデータは、衛星から取得される位置情報であり、時間的・空間的な網羅性の高さに優れています。ただし、数メートル〜数十メートル程度の誤差が生じることや、屋内での計測には適していないなどの特徴もあるため、空間的精度に優れたWi-Fiやビーコンを併用して、互いの長所を活かす方法を採用しています。
弊社はこのビジネス価値の高い位置情報データを、月間3000万MAU(Monthly Active User:月間アクティブユーザー数)、450億レコードという、業界最大級の規模で保有しています。
また、位置情報データを活用する際に非常に重要になるのが、プライバシーの保護です。位置情報を提供いただくユーザーと、活用いただく企業の双方に安心いただけるよう、データの取得・管理・活用の各プロセスにおける透明性を担保し、持続可能な運用を続けることに全力で取り組んでいます。
具体的には、位置情報を取得する際に全てのユーザーに活用範囲の明示を行い、許諾を得た方からのみ、位置情報データを許諾範囲に沿って取得しています。なお、取得するデータには、いわゆる個人情報は含まれません。また、汎化加工と呼ばれる処理を複数回施し、特定の個人が識別されるリスクを限りなく低減した上で活用すること等を実施しています。
その他にも、こうしたプライバシー保護の動きを広げるために、LBMA Japanという業界団体に発足時から携わり、業界価値の向上のために積極的に活動しています。
不動産業界における活用事例
不動産業界と一言で表現される中には、さまざまな業態が存在します。不動産開発もあれば、売買や賃貸などの不動産取引、さらには投資なども含まれ、全てを合計すると数十兆円にも上る、国内でも最大級の業界市場規模を誇ります。
しかし、この不動産業界のどの業態においても、共通して行われている業務があります。
それは「不動産を知る=調査する」という業務です。
どのような業界であっても、自分の商売道具を熟知する必要がありますが、不動産は場所に紐づくというその商品特性上、同じものは2つとしてありません。そのため開発業者は、開発用地選定のために徹底的に候補地を調査しますし、仲介業者はお客様にメリットとデメリットを説明するために、その物件周辺を調査します。投資の場合はもっとわかりやすく、資産性の確証を得るためにエリア調査を行います。
従来これらの業務は、非常にアナログで属人性が高く、不透明なものとして、実施されてきました。
物件の概要程度であれば、登記情報などから知ることができますが、実際にそのエリアがどんな雰囲気なのか、どういう人が多いのか、といった情報は地道に収集するしかありません。
多くの不動産業界の企業は、自社で保有する過去の契約者データを調査に用いることはできますが、母数が限られていますし、エリアやユーザー層に非常に偏りが生じてしまいます。結局、どの企業も労働集約的な手法により、時間をかけてさまざまなデータをかき集め、なんとか形にしているものの、結果として毎回同じような調査結果がまとめられているようなことも珍しくありません。
そこで弊社では、自社で保有する3000万MAUの位置情報ビッグデータを用いることで、こうしたエリア調査を、誰もが簡単に、高いクオリティで行える状態を目指して、プロダクト開発を行なっています。
調査対象エリアでは、どこからどのようなユーザーが来訪しているのか、夜間の人通りはどれくらいなのか、性別年代層はどのように変化しているのか等を、高い解像度で分析できるデータを提供することで、不動産業界の業務をより円滑に進められるよう日々改善を重ねています。
以下に、その事例の一部を紹介します。
・具体事例1:エリア調査ダッシュボードの開発
無数に存在する開発候補地を、不動産開発会社がPC上で簡単に閲覧・調査できるよう、位置情報データをダッシュボード化して提供しています。
位置情報データを活用することで、毎回現地に行ったり、時間をかけて調査する必要がなくなります。
基本的な項目として、「指定したエリアに居住する人のデモグラフィックデータ」や「生活圏の表示(勤務地や引越し元などの統計表示)」や「行動傾向の表示(弊社独自のペルソナイズ技術)」といったものを提供しています。
今後は、行政の公開調査データなどの位置情報以外のデータも取り込みながら、不動産業界の企業にとって、より使いやすいものになるようアップデートをしていく予定です。
・具体事例2:物件スペックからのポテンシャル調査
位置情報データだけでなく、実際の物件データも投入して可視化することで、人の流れと物件のスペックから、その物件のポテンシャルや資産性を分析する事例です。
部屋単位での不動産投資や管理仲介を行う企業にとって、活用しやすいダッシュボードになっています。
結び
位置情報データの不動産業界における活用の観点から、ほんの一部の事例を紹介させていただきました。
冒頭にも記載しましたが、不動産業界はDXの推進が今まさに叫ばれている業界の1つです。不動産業界のDX推進に取り組んでいるわれわれは、「位置情報データ」というオルタナティブデータが発揮する価値の可能性は、無限大だと思っています。
しかし同時に、位置情報データだけでは、不動産業界の革命は達成されないでしょう。今後、さらに多様なオルタナティブデータと組み合わせることで、より多くの価値や、今まで見えなかったファクトが見えてくるはずであると考えています。
データビジネスにおける協業や、新しいデータの開発に向けてのお話があれば、ぜひお声がけいただけると幸いです。
不動産業界以外にも、広告や観光、小売、都市計画といったさまざまな領域で位置情報データの活用が進んでいます。生活を便利にし、さらにビジネスの意思決定を加速する「位置情報データ」の今後に、ぜひご期待ください。
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