「オルタナティブデータ」と呼ばれる非伝統的な情報を用いた資産運用の最新動向について、認知拡大や業界ルール整備などの活動を展開する、オルタナティブデータ推進協議会(JADAA)関係者によるリレーコラム。
今回は、デジタルマーケティングビジネスによって培った知見をもとに、新たに自己勘定での投資事業も開始した株式会社マイクロアドの代表取締役社長執行役員の渡辺健太郎氏に、その狙いや背景について寄稿いただいた。
第18回「衛星データを活用したオルタナティブデータの可能性」はこちら。
データマーケティング会社が
なぜ「投資家」になったのか?
マイクロアドは新規事業として、オルタナティブデータを活用した自己勘定での投資事業を2023年1月から開始しました。
なぜデジタルマーケティングの会社が投資事業を行うのか、そこに至った経緯をお伝えすることで、当社の考えるオルタナティブデータとその活用法について説明します。
当社の主軸の事業は「UNIVERSE」というデータマーケティングサービスです。UNIVERSEは200社以上の企業からお預かりしている膨大なデータを、独自のAI技術によって分析し、業種に特化したマーケティング商品として展開しています。
現在は、18業種に向けた商品を展開しています。その中の自動車業界向け商品「IGNITION」が、当社がオルタナティブデータビジネスを始めるきっかけになったサービスです。
IGNITIONは、複数の自動車専門Webメディアからログデータをお預かりします。そのログデータは膨大なアクセスログで、「何時何分何秒にこのブラウザからこのURLにアクセスがあった」といった単純なデータに過ぎません。
言うまでもなくこのままでは使いようがないデータです。それを当社独自の日本語解析技術で一つひとつのURLに意味づけをし、最終的に価値のあるデータベースを自動で生成します。
例えば、「このURLはあるメーカーのこの車種の新車レビュー記事である」といった形でURLと記事の内容を関連づけします。そのうえで最終的に、興味関心のあるメーカー、車種は何で、今が検討段階であるか、などをユーザーごとのマーケティングデータベースとして構築することで、初めてマーケティングに使えるデータに昇華されていきます。
これにより例えば、400万円台のSUV車の購入を検討しているであろう人たちだけに広告を配信することが可能になります。
さらにユーザーの動きを分析することで、もう一段深く消費行動を読み解くことが可能になります。
当社分析では、自動車の購入にかかる期間は、検討開始のシグナルが出たタイミングからおおよそ11週間であるいうことがわかりました。
定説としては、ディーラーを訪問してから7週間で購買に至ると言われていますが、われわれはWeb上で早期のシグナルをキャッチできるのでそれよりも長い期間になっています。
一般的に、検討期間の前半では検討する車種が増え、平均で5〜6車種程度になり、そこから絞り込むフェーズに移動します。最終的には2台に絞っていくというプロセスになります。
そこで、検討期間の前半ではメーカーの広告を、車種を絞り込んでくる後半においてはディーラーや自動車保険の広告など、検討ステージによる広告の出し分けが可能になります。
このような分析を、業種ごとに異なるデータを使い、それぞれのマーケティング課題を解決する商品を18業種に展開しています。
オルタナティブデータ事業スタートまでの経緯
ある時、IGNITIONの考え方を拡張することで、車種ごとの販売台数を予測できるのではないか?というアイデアが生まれました。車種ごとに興味関心を持つ人を分析できるのであれば、同じようにその車種の未来の販売台数予測も高い精度で予想できるのではないかと考えたのです。
結果は予想通りで、車種ごとの興味関心度の動きから将来の販売台数の傾向を高い精度で予測することができました。特に強い予兆が確認できた車種は、実際、その半年後に大幅に販売台数が伸びていました。以下の図は、その予兆を指数化して実際の販売台数と比較したものです。ある年の4月に販売予測指数の値が大きく跳ね上がり、その3~6カ月後に実販売台数も大きく伸びていることが確認できます。
図:販売予測指数と実販売台数の推移(例)
この方法で、国内メーカーの主要50車種に対して指数化したデータを作成しました。これにより、メーカーごとの販売台数の今後のトレンドを予測する材料になると考えています。
また、予定販売台数の発表前にこのようなシグナルを検知できるため、先回りして販売動向を把握することが可能になります。
図:自動車メーカーごとの販売予測指数の推移(例)
このようなアプローチを自動車以外のセクターにも広げ、さらに株価との連動性を分析することで、現在では独自のポートフォリオでのα戦略を自社勘定を使って実行するまでに至りました。日々新しいデータを獲得し、新たな分析手法を生み出すことで、投資対象銘柄数の拡大に勤しんでいます。
われわれはマーケティングの会社ですので、データを読み解くアプローチは資産運用を専業とするアセットマネジメント会社のそれとは大きく異なります。
ユーザーの目線に立った時に、このデータの変化値がどのような未来の消費行動を示唆しているのかという考え方が、当社独自のアプローチであり将来的な差別化ポイントとなると思います。「未来予測の会社」と「総合データカンパニー」に向けて
私はマイクロアドがどんな会社であるかを投資家の皆さまに説明する際に「未来予測の会社」と話しています。デジタルマーケティングで私たちが行っていることを簡単に言うと、特定の商品を買う可能性が高い人をデータやAIを駆使して探し出すことです。
「商品を買う可能性」というのはもちろん未来のことであり、人々の未来の行動を予測していると言い換えることができるのです。デジタルマーケティングで当社が行っているのは、このように未来の消費行動の予測なのです。
私が当社を「未来予測の会社」と話しているもう1つの理由は、われわれはデジタルマーケティングだけの会社ではないということを伝えたいからです。
データとAIを駆使した未来予測は、デジタルマーケティングだけではなく、さまざまな事業を創出することができ、将来的に「総合データカンパニー」へ成長していくと、毎回の決算説明会で話しています。
ちなみに総合データカンパニーとは私の造語です。データは21世紀の石油と言われています。それは、20世紀に石油を加工することでさまざまな産業や商品が生まれたように、今後はデータとAIとの掛け合わせによって数多くの新しい産業やサービスが生まれていく。その会社の最終形を総合データカンパニーと呼んでいます。
当社のオルタナティブデータ事業は「未来予測の会社」を最もわかりやすく表現しているものだと思います。
誰しもが未来を予測できるのならば、株価を予測して莫大な富を築きたいと一度は夢想したことがあるのではないでしょうか。そのようなことが当社のオルタナティブ事業の実績として実現できたとしたら、データとAIで未来予測が可能であるということが証明できるはずです。
そして、それは私が掲げている総合データカンパニーというイメージが、高い解像度で多くの人に伝わるのではないかと考えているからです。
最後に
現在のデジタルマーケティング業界において一般的な手法である「RTB(Real Time Bidding)」は、もともと金融市場で発展した技術であり、リーマンショックをきっかけにその技術や仕組みが流入して出来上がったものと言われています。
それから十数年、当社のみならず、デジタルマーケティング業界自体もその技術流入により大きく発展してきました。
デジタルマーケティング特有のデータ分析手法とAI技術を掛け合わせ、未来を予測し、RTB技術の基になった金融市場へ技術を逆輸入するーー
そういったストーリーを思い描きつつ、われわれが独自のオルタナティブデータを活用して投資事業を行うことは、オルタナティブデータ活用の新しい可能性を見出す挑戦だと捉えています。
今後も新しい技術や分析手法を用いたオルタナティブデータが次々に誕生していくと考えられます。オルタナティブデータに関心を持たれるデータユーザーであるアセットマネジャーやアセットオーナーが気軽にデータにアクセスできる環境ができていくよう、われわれも事業を通じてオルタナティブデータの普及に寄与できればと思います。
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