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リレーコラム データサイエンスの新地平
~オルタナティブデータ活用最前線~
第17回 上場会社ディスクロージャー情報の活用高度化に向けた取り組み

2023年4月20日
保坂 豪 / 株式会社 JPX総研 フロンティア戦略部 データサービス企画グループ
統括課長

「オルタナティブデータ」と呼ばれる非伝統的な情報を用いた資産運用の最新動向について、認知拡大や業界ルール整備などの活動を展開する、オルタナティブデータ推進協議会(JADAA)関係者によるリレーコラム。

今回はJPX総研フロンティア戦略部の保坂豪氏に、上場会社のディスクロージャー情報の活用高度化をテーマに寄稿いただいた。

第16回「今だから考えたいインバウンド復活とデータの関係性」はこちら



近年のデータの多様化や分析技術の進展に伴い、投資機会やビジネスの創出、業務オペレーションの効率化およびコストの削減等に資する新たなデータ配信やその仕組みの改善を求める声が高まっています。日本取引所グループ(JPX)では、グループ各社のデータ・デジタル事業を集約したJPX総研を2022年4月に設立し、市場全体の機能強化と効率化につながるサービスの創造を追求しています。

今回は、上場会社ディスクロージャー情報の活用高度化に向けた取り組みについて紹介します。

投資家向けイベントの議事録の配信 -SCRIPTS Asia

上場会社による機関投資家向けの決算説明会等のイベントは、重要なIRイベントの1つです。一方で、タイミングの集中や言語・地理的な障壁、時差等、さまざまな要因によりイベントに出席できず、重要な情報を十分に取得できないことが世界の投資家の間で情報格差を生んでいました。

これらの課題を解消するために、JPX総研は投資家向けイベントの議事録(イベントトランスクリプト)の作成・配信をするSCRIPTS Asia社と、2020年に業務提携を行い、2023年2月に同社を完全子会社化しました。同社は、2023年3月現在、日本企業は1100社以上、主要インデックス組入銘柄の8割超の企業をカバーしており、年間2500以上の企業イベントの書きおこしを提供しています。投資家向けイベントの議事録を、日本語の確報版はイベント終了の12時間後に、英語は15時間程度で提供しており、クオンツ運用を手がける運用機関のユーザー向けにXML及びJSONファイルも配信しています。

議事録を作成するスピードの速さと書きおこしの品質の高さが特徴であり、IR担当者の負担を大幅に軽減できるほか、投資家の情報収集の効率化や深度ある対話の実現に寄与しています。

イベントトランスクリプト配信の流れ



イベントトランスクリプトの活用事例


また、独立系リサーチ会社であるExtractAlphaは、Scripts Asiaが作成した、投資家向けイベントの議事録をもとに自然言語処理を活用した投資モデルを作成しました。金融版コーパス(自然言語処理用のテキストデータベース)であるFinBERTを用いて事前学習したBERTBidirectional Encoder Representations from Transformers)を使い、各イベントトランスクリプトのセンチメントスコアを算出し、そのセンチメントスコアをもとに、シグナルを生成しました。このシグナルを基に作成したロングショート・ポートフォリオは、2019年から2022年の間に、低いターンオーバーで、年率11.0%のリターンと1.08のシャープレシオを生み出すことができました。このように、イベントトランスクリプトを用いて、新たな投資戦略の策定にも利用することが可能です。

シグナルの生成過程


バックテストの概要


イベントトランスクリプトのセンチメントシグナルを利用したバックテスト結果


ESG情報に関する取り組み-JPX上場会社ESG情報WEB-

統合報告書やCSR報告書といったESGにまつわる報告書は、約1000社の東証上場会社が任意で作成・開示しています。これらの情報は、TDnetでの開示のほか、上場会社のウェブサイトに掲載されています。また、一元的に全社の情報を収集できるサイトが存在しないために、投資家は各上場会社のホームページを個別に確認せざるを得ず、情報収集に多大なコストと手間がかかっていました。

これらの課題を解消するために、DATAZORA社と連携し、上場会社のESG報告書やESG関連のニュースリリースを一元的に閲覧可能なウェブサイト、JPX上場会社ESG情報WEB(ベータ版)を昨年10月提供開始しました。本ウェブサイトでは、東証上場会社各社のウェブサイト上で開示されているESG関連ニュースおよび統合報告書、CSRレポート、環境報告書やサステナビリティレポートといったESG情報を含む報告書掲載URL等を一覧化しています。掲載URL等の収集はDATAZORA社が担うため、上場会社にとってはIR実務負担の増加とならずに、より広範な投資家や株主等に自社のESG関連情報を伝達できるようになり、一方、投資家や株主等にとっては各社のウェブサイトへのアクセシビリティが向上し、情報収集の負担軽減につながることが期待されます。

JPX会社ESG情報WEB(ベータ版)

JPX上場会社ESG情報WEB(ベータ版)


また、他の開示情報と同様、掲載ファイルをよりデジタルな形で取得したいというニーズも存在することから、有償でのサービスをご用意しています。JPX上場会社ESG情報WEB(ベータ版)に掲載されるESG関連情報と同等の情報を取得いただけるAPIサービスのほか、ESG関連情報に加え、上場会社が自社ウェブサイト上で開示している幅広いIR情報・PR情報(EDINETTDnetでは開示されていない情報を含む)を取得いただけるAPIサービスや、統合報告書やサステナビリティレポートといったESG情報を含む報告書および上場会社ウェブサイトのサステナビリティ関連ページから非財務データを抽出したファイル(CSV)・ウェブサイト・APIサービスの提供も行っています(サービスの詳細については以下のサイトを参照)。

JPX上場会社ESG情報関連サービス

決算短信のHTML化に関する共同実証実験

決算短信は、上場企業の決算発表の内容をまとめた書類であり、投資判断上重要な書類の1つです。決算短信には、決算情報だけでなく、経営成績等の概況や将来予測に係る記載、セグメント情報といった定性的情報が含まれており、情報の利活用に係るニーズは強いです。これらの開示はPDF形式で配信されていますが、データとして取り出しやすい形式で配信して欲しいという意見が多いことから、202112月より、決算短信のHTML化に関する共同実証実験を開始しました。

本実証実験を開始して以来、四半期ごとにHTMLファイルを開示している上場会社数は増加しており、20232月末日時点で、累計で2400社超(上場会社数に対する割合は約6割)の上場会社が任意で開示しています。引き続き、本実証実験における効果検証を行い、本実証実験後の恒常的な対応について検討を行っていきます。

HTML ファイルを開示している上場会社数の推移


本稿で紹介した取り組みに関する詳細な説明や、デモ・トライアルも提供可能です。ご興味がございましたらお気軽にお問い合わせください。


保坂 豪

株式会社 JPX総研 フロンティア戦略部 データサービス企画グループ
統括課長

2005年慶應義塾大学経済学部卒業後、東京証券取引所に入社。情報サービス部、考査部、マーケット営業部、総合企画部 フィンテック推進室を経て、2018年4月より現職。
現在は日本取引所グループのデータ・デジタル事業を担うJPX総研において、マーケットデータ分野における新規ビジネス開発プロジェクトをリード。
2014年3月筑波大学大学院経営システム科学専攻修了(経営学修士)。2014年に「東京証券取引所におけるHigh-Frequency Tradingの分析」で証券アナリストジャーナル賞を受賞。

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