「オルタナティブデータ」と呼ばれる非伝統的な情報を用いた資産運用の最新動向について、認知拡大や業界ルール整備などの活動を展開する、オルタナティブデータ推進協議会(JADAA)関係者によるリレーコラム。
今回は気象データの利用可能性をテーマに日本気象協会の吉開朋弘氏に寄稿いただいた。
第14回「アクセスランキングスコアの投資への応用」はこちら。
地球温暖化と異常気象
近年の地球温暖化に伴い、経済活動に対する気象リスクが無視できない状況となってきています。2022年の世界の平均気温は1880年以降で5番目に高かったと発表されました[1]。
世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)によって設立された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、世界の平均気温の上昇は今後少なくとも半世紀は継続すると言われており、それに伴い猛暑・洪水・干ばつなどの被害が増加すると言われています[2]。2022年はインドやアメリカでは熱波・干ばつが発生し、パキスタンでは国土の3分の1が浸水する大規模な洪水が発生しました。日本でも2月には記録的な豪雪となり、東京でも6月下旬に9日連続で35度を超す猛暑日を記録するなど、各地で異常気象に見舞われました。
WMOによると、気象災害による世界の経済損失は過去50年間で約400兆円にのぼると言われており[3]、1970年代から2010年代にかけて約7倍に増加したと言われています。日本でも2019年に発生した台風19号による被害額は約1兆8,600億円[4]となるなど、経済活動に対する気象リスクが、無視できない状況となってきています。したがって、過去のデータから気象リスクを分析し、将来の気象リスクに備えることがますます重要になっているのです。
[1] https://www.nasa.gov/press-release/nasa-says-2022-fifth-warmest-year-on-record-warming-trend-continues
[2] https://www.ipcc.ch/report/sixth-assessment-report-working-group-i/
[3] https://public.wmo.int/en/media/press-release/weather-related-disasters-increase-over-past-50-years-causing-more-damage-fewer
[4] https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r1/r1_h/trend/part1/chap5/c5_1_00.html
企業の気象データ活用とリスク評価の動き
日本では近年、生産年齢人口減少への対策として、データ活用やDXの機運が高まっています。その流れを受け気象データの活用も近年急速に増加しており、気象データを分析に利用する企業数はこの5年間で約10倍に伸びています[5]。従来の天気予報はテレビ・Webなどで人が見ることを目的とした定性的な情報がメインでしたが、近年はデータ分析やAIモデルの説明変数として利用する「定量データ」としての意味合いが強くなっています。
また、近年の気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)やESG投資の流れを受け、企業が気候変動関連リスク評価に取り組む動きが活発になってきています。日本のTCFD提言への賛同企業は世界最多の1,158社にのぼり、上場企業を中心に多くの企業が気候変動関連リスクの評価・開示を推進しています[6]。TCFD提言におけるリスクは「移行リスク」と「物理的リスク」に分かれていますが、気象リスクは「物理的リスク」として扱われています。またその物理的リスクも、極端な気象現象が自社の資産・事業に及ぼすリスク(急性リスク)、長期的な平均気温上昇や降雨パターンの変化が自社の資産・事業に及ぼすリスク(慢性リスク)の2つの指標に分類されています。
[5]https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd132110.html
[6]https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/tcfd_supporters.html
気象データの種類と特徴
気象データをオルタナティブデータとして活用するにあたり、気象データの特徴を簡単にご紹介します。一概に気象データと言っても、その種類は多種多様で、観測データや予測データ、要素も気温・降水量・湿度・気圧・花粉など、さまざまなデータが存在します。ほかにも気象衛星「ひまわり」の衛星画像や天気図、台風経路図、注意報・警報の情報なども広義の気象データです。日本気象協会ではこれらの数百種類におよぶデータを取り扱っています。
気象データの特徴は「高頻度」「高粒度」「予測可能」の3点です。例えば雨の観測データなどは、最小粒度で1分間隔・全国約250m四方のデータが取得可能です。気温や天気・風向風速などの各要素についても、1時間単位の全国約1km四方のデータを取得することが可能です。日本気象協会では、約1km四方の詳細な気象データをWeb APIで取得可能なWeather Data APIというサービスを提供しています[7]。
また、気象データの最大の特徴は「予測可能」であることです。気象予測は物理法則に基づいて予測を行っているため、猛暑や豪雨など、これまでに起きたことがない気象現象を予測することが可能です。過去データから適切に気象リスクを分析することができれば、気象予測データを用いることでこの先の各企業の商品・売上の動向を予測する、ということが可能になります。
[7] https://ecologi-jwa.jp/service/weather_api/
図表3 気象データの特徴
気象リスクの評価事例
最後に各企業における気象データの活用事例・リスク分析事例をご紹介します。企業活動における気象リスクを評価する際に重要な視点が時間スケールです。ここでは、気象リスクを数年~数十年単位の気候変動による影響(長期)と、猛暑・冷夏などの数カ月単位の影響(中期)、雨や雪・台風などの数日単位の影響(短期)に分けてご紹介します。
数年単位の長期の気象リスク分析として、気候変動に伴う洪水や高潮といった異常気象の発生と、干ばつや水ストレス (水不足) などが各製造拠点に与える影響を分析するなどの事例が挙げられます。このような長期の気象リスク分析には、気候変動シミュレーションモデルの分析結果を活用し、CO₂排出シナリオに基づいた洪水発生頻度や浸水リスクを想定し、施設影響の定量分析を行っています。日本気象協会では、KPMGコンサルティングと協業して、こうした気候変動の緩和・適応に向けた総合コンサルティングサービスの提供を行っています[8]
また、数カ月単位の中期の気象リスク分析として、季節商品の需要予測や製造・販売・配送計画などが挙げられます。日本気象協会では約400品目のインテージSRI+(全国小売店パネル調査)をはじめ、さまざまなデータと気象の関係をあらかじめ分析し、独自の統計モデルの中で「気温1℃あたりの売上影響」を算出しています。たとえばルームエアコンは気温1℃あたり約9%の売上影響があるカテゴリですが、前年との気温差が2℃あるだけで、売上に±18%程度の気象影響が含まれることになります。日本気象協会では、日本気象協会ではこうした気象リスクを、たとえば昨今のコロナ禍における市場への影響や増税、値上げの影響などの各要因と合わせて分析するサービスを行っています[9]。
[8] https://www.jwa.or.jp/news/2023/02/19121/
[9]https://ecologi-jwa.jp/archives/trend-forecast/20220531
数日単位の短期の気象リスクとしては、日配品の食品ロス、小売業における来店客数減少・季節商材の立ち上がりによる欠品・値引き、配送業における道路通行止めなどのリスクが挙げられます。こうした数日程度の気象予測であれば降水量・湿度・風などのさまざまな気象要素が利用可能となり、エリアについても細かい粒度で予測することが可能でき、小売店の売上予測や発注業務、日配品の製造計画などに利用することができます。日本気象協会では、ソフトバンク株式会社と合同で気象×人流データを利用したAI需要予測サービス「サキミル[10]」の提供を行っており、小売店の業務課題の解決を支援しています。
[10] https://www.softbank.jp/biz/services/analytics/sakimiru/
さいごに
気象は全産業の3分の1に影響を及ぼすと言われています。各企業の気象データの活用は進んできていますが、活用できている企業は全体の10%程度にとどまっています。近年の気候変動に伴い、業務への気象リスクを把握し、その内容を発信・開示する機運が高まっています。オルタナティブデータとして気象データの活用が進むことで、各企業の気象リスクの可視化や、各業界へ与える影響の定量化の取り組みが発展するでしょう。
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