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企業年金担当者が知っておきたい 海外DC最新事情 
第7回 スイス

2026年4月10日
樋渡靖一郎 /  野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング株式会社 投資戦略部 シニア・ポートフォリオ・マネージャー
DBの普及が頭打ちになるなか、同じ企業年金としてDBとDCが連携強化を図る動きがある。また、日本のDCが海外の制度を参考に創設されたことを踏まえると、海外のDC事情についてアンテナを張っておくことは、企業年金の今後を考える上でも非常に有意義だろう。そこで、DC制度の調査を進める野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティングの樋渡靖一郎氏から、海外DCの事例を紹介していただく。

はじめに

今回はスイスを取り上げます。スイスは長らく低金利、時にはマイナス金利、そして通貨高圧力に直面してきました。国内債券の利回りが低い環境は、積立型の年金制度にとって厳しい条件です。その意味で、スイスは日本に先んじて「低金利下で積立年金をどう成り立たせるか」という課題に向き合ってきた国の一つといえます。では、こうした環境のもとで、どのような問題が生じ、どのような対応が取られてきたのでしょうか。まずはスイスの年金制度の全体像から確認してみます。

スイスの年金制度

日本の制度にも似た「3本の柱(3階建て)」の構成になっています。

・第1の柱(公的年金):AHV(老齢・遺族保険)と呼ばれる公的年金で、全居住者・就労者が強制加入する賦課方式の制度です。老後の最低生活を支える基礎部分にあたり、日本の国民年金に相当するものです。

・第2の柱(職域年金):BVG(職業年金法)に基づき、企業が提供する職域年金です。これは日本の確定拠出年金(以下DC)に似た面もありますが、運用や給付の仕組みには大きな違いがあるため、後で説明します。

・第3の柱(私的年金):個人が任意で加入する私的年金で、日本のiDeCoに相当します。3a3bに分かれており、3aは、老後資金づくりを目的とした税制優遇付きの任意積立制度です。拠出額に上限があり、原則として老後まで引き出しは制限されます。3bは、より自由度の高い任意の私的貯蓄・保険です。3aほどの明確な税制優遇はない代わりに、拠出上限や引き出し制限は厳しくありません。

スイスの職域年金の特徴

雇用主と従業員が共同で拠出し、加入者ごとに資産が積み上がっていくという点においては、日本のDCと似ています。しかし、大きく異なる点がいくつかあります。

①基金による合同運用

加入者は個別に商品を選ぶ仕組みになっていません。加入者は自分の口座残高を確認できますが、実際の運用は基本的に基金側が行います。このため、低金利下で収益を確保するための対応も基金が担っており、国内債券だけでなく、外国資産、不動産、オルタナティブ資産を組み合わせた分散投資が進められてきました。ただし、例外として、一定の年収を超える高所得者向けの任意の上乗せ部分「1eプラン」が2006年に施行され、日本のDCに似た形で個人が運用商品を選べる制度が導入されています。

1eプランのラインアップは、日本の企業型DCのように単一資産クラスのファンドが多数並ぶ形ではなく、保守型・バランス型・成長型といった複数資産に投資するファンドが主流となっています。高所得者向けの上乗せ制度であるため、通常の職域年金より株式比率の高い戦略も認められ、不動産を組み入れた分散型戦略も一般的です。

②機動的に調整される「法定最低利率」

国が最低利率を定めており、基金は積立金のうち、義務部分については、最低限この利率で利息付与しなければなりません。(一方、非義務部分=上乗せ部分は、最低利率の対象外であり、基金が規程で別の利率を設定し、実務上は最低利率より低い利率が用いられることも多いです。)これは、加入者ごとの積立残高が単に市場環境次第で変動するだけではなく、制度として一定の下支えが設けられていることを意味し、日本の企業型DCのように運用成果がそのまま個人の残高に反映される仕組みとは大きく異なります。

制度発足時の1985年には最低利率が4.0%でしたが、金利環境の変化に合わせて段階的に引き下げられ、2026年は1.25%になっています。最低利率の変更は連邦参事会の権限で行えるため、国民投票を経ずに比較的機動的な調整が可能でした。この点は後述する転換率の問題とは対照的です。

③受給額を決定する「転換率」

受給時には、積立金に「転換率」を掛けた金額が一生涯受け取れる「終身年金」として約束されます。法定最低部分の転換率は長く6.8%とされてきました。例えば、退職時の義務部分の積立金が3千万円なら、年間204万円を生涯受け取れる計算です。長生きのリスクを個人ではなく、年金基金(制度側)が引き受けてくれる手厚い仕組みです。(その意味ではこの制度はDCDBの中間的な意味合いを持つと言えます)

しかし、近年は、平均寿命の延びと長引く低金利による運用難により、高い転換率どおりに年金を払い続けることが年金基金にとっても維持困難な「高すぎる約束」となってしまいました。

このため、政府は転換率の引下げを繰り返し試みましたが、ここで立ちはだかるのがスイス特有の「国民投票」というシステムです。2010年、2017年、2024年に行われた国民投票では、転換率を引き下げる案は否決され続けています。つまり、年金制度の持続可能性を考えると、引下げの必要性が高いですが、給付水準の低下に対する国民の抵抗は強く、実現できていないようです。

日本の確定拠出年金への示唆

デフォルトファンドの資産クラスの拡充

スイスの年金基金は、資産配分において不動産の比率が大きく、インフラ投資も一定程度行われています。加入者が選択できる1eプランの投資戦略においても、提供例によってはバランス型戦略の中に不動産やオルタナティブが組み入れられています。日本のDCのバランス型ファンドやターゲットデートファンドも、国内外の株式と債券の4資産だけでなく、資産クラスをより幅広く設計する余地はあると思います。 

老後所得全体の設計

日本のDCは、退職時に貯まった積立金を「一時金」として一括で受け取るケースが多く、どう取り崩すかは個人の自己責任に委ねられています。一方、スイスは「転換率」を用いて制度側が終身年金を保証していますが、その約束が、重い負担になっています。「長生きリスクをカバーする制度設計」がいかに重要で、難しいかを示してると言えます。日本でもDCDB、退職金制度を別々に考えるのではなく、老後所得全体の設計として、どう安全に取り崩していくかを考える必要があるのかも知れません。

樋渡靖一郎

 野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング株式会社 投資戦略部 シニア・ポートフォリオ・マネージャー

マルチアセット分析部(現ファンド分析部)にて、機関投資家(年金含む)向けのファンドの評価業務を行う。現在は投資戦略部でファンドオブファンズの投資助言及びそれに関する調査・分析業務に従事。