関税政策の転換や地政学リスクの高まりなど不確実性の増す世界経済を見通すことは困難を極めている。今後のマクロ経済や市場環境の見通しについて、マーケットコンシェルジュの代表、上野泰也氏に語ってもらった。
※当記事はオルイン セミナー内のセッション内容をもとに再構成したものです。
トランプ大統領の動向と「力の行使」という新たな時代
まず全体感としてお伝えするのが二点です。
一点目は、トランプ大統領の言動について。今年6月に80歳の誕生日を迎えるトランプ大統領は健康不安説が流れているほか、イランに対する姿勢を含め発言内容に一貫性が見られません。今後もトランプ大統領の言動に振り回される場面が続くとみており、ボラティリティは避けられないと覚悟せざるを得ないでしょう。
二点目は、今回の対イラン軍事行動に象徴される「力の行使によって秩序を変える」という新たな要素が完全に定着したという点です。ロシアによるウクライナ侵攻の際は、覇権主義・強権主義国家の側からそうした動きが生じましたが、今年は民主主義陣営の筆頭であるはずの米国自身がそれを行っています。トランプ氏の2期目が終わった後もこの傾向は米国に残り続けると私は見ており、力の行使によって秩序が形成される新しい時代に入ったという認識が必要ではないかと思います。
世界経済の見通し——底堅さと下振れリスク
世界経済全体については、「耐久力(レジリエンス)があり、底堅く推移している」というのが大まかな見方です。おそらく、この点については大方の異論はないかと思います。
昨年4月の相互関税導入の際には、多くのエコノミストが景気の大幅悪化や米国経済のリセッション入りを予想しました。しかし実際にはIMFの見通しを見ても成長率は3%台前半をキープしています。今回のイランへの軍事行動でWTI原油価格が一時119ドル台まで上昇したとしても、それによって世界全体の成長率が大きく押し下げられることはおそらくないと見ています。ただし、2026年の成長率予想は4月に下方修正が見込まれます。
米国については、世界有数の産油国であるという構造的強みに加え、富裕層の堅調な消費動向が景気を下支えしています。物価高の長期化により低・中所得層の消費は活性化しにくい状況ですが、トランプ減税や還付の増加も見込まれることから、米経済が失速するとは考えにくい状況です。雇用については一時的に下振れが見られましたが、2月の雇用統計は一時的なイレギュラーな弱さと理解していいでしょう。
欧州については、意外にも雇用情勢が底堅く、ユーロ圏のPMIは50を上回る状態が続いています。ECBは利下げ局面を終了して様子見に転じており、ドイツが積極財政を打ち出している点も注目されます。エネルギー高による交易条件の悪化という下押し要因はあるものの、全体としては底堅く推移するとみています。
中国は、全国人民代表大会(全人代)において成長目標が4.5〜5.0%へと下方修正されました。昨年は5.0%、その前年も5.0%での着地という結果でしたが、管理国家である以上、指導者のメンツをつぶすような数字にはならないでしょう。一部民間予測では4.2%といった数字も出ていますが、4.5〜5.0%の目標を掲げた以上、その範囲内に落としてくると見ておくのが順当です。
日本経済の見通し——名目と実質の乖離
日本経済については、名目成長率は高いものの、それは物価高の影響によるものです。実質成長率は潜在成長率の0.5〜0.6%程度にとどまっており、低空飛行が続いています。
実質賃金はプラスに転じたものの、足元の原油高によって先行きが怪しくなりつつあります。また、人口減少・少子高齢化を背景とした消費需要の数量的な減少と、長生きリスクに起因する根強い将来不安がシニア層を中心に消費を抑制しています。個人消費が本格的に強くなることは、事実上難しいと厳しく見ています。
高市内閣が注力する成長戦略については、「言うは易し行うは難し」の典型例です。全要素生産性や労働生産性というのは、振り返ってみて初めて確認されるものであり、特定の設備投資や政府支出によって確実に高まるという性格のものではありません。コンセプトとしては正しいとしても、実績として出てくるかどうかには疑問符がつかざるを得ません。
日本国債と日銀の金融政策
このようなGDPや潜在成長率に関する考え方からすると、日本の長期金利(10年債)はすでにかなり上昇したのではないかという見方をしています。3月13日時点で2.2%を超えている状況ですが、リスクプレミアムを加味しても、現在の金利水準はやや売られすぎではないかというのが私の見方です。
潜在成長率が0.5〜0.6%程度から大きく変わらないという前提のもと、物価については2%目標の維持は難しく実力不足であると見ています。物価上昇を1.5%程度に甘めに見積もり、潜在成長率と足して2%程度が向こう10年の名目成長率の目安になると考えます。
物価についていえば、現在のインフレはコスト高やサプライサイドの要因によるものであり、景気が過熱して需要が強いからモノ不足になっているわけではありません。その意味で、これは「悪いインフレ」の性格が非常に強いといえます。消費減税の議論が展開されていますが、処方箋として適切かどうかは個別に吟味する必要があります。例えば運輸業等における労働時間の規制緩和を通じて供給の天井を緩和することで、物価上昇圧力を和らげるといった政策対応のブレークダウンが求められると思います。
利上げのハードルが上がっている状況の中で、「リフレ派」が増える来年7月までの間に日銀としては利上げの機会を逃さずに積み重ねておきたいというのが、執行部の考えではないかと思います。現在0.75%まで来ており、あと1回の利上げで悲願の1%に到達します。
ただし、高市首相が日銀の利上げに難色を示しているとの情報もあります。円安・原油高の状況下でどう対応するか、情勢は引き続き流動的です。さらに2028年3〜4月には植田総裁と副総裁2名が任期満了を迎え、執行部が刷新されます。ここでリフレ派が登用されるようなことになれば、日銀の在り方が抜本的に変わる可能性があります。
欧米の金融政策
FRBについては、物価安定と最大雇用のデュアルマンデートのもと、当面は様子見が続くとみています。PCEデフレーターの下げ渋りに加え、原油高による期待インフレの上振れリスクも出ており、パウエル議長在任中の利下げは極めて難しい状況です。市場では6月も見送りで、年内1回実施できるかどうかというところまで期待がしぼんできています。
ウォーシュ次期議長候補については、タカ派と報じられることが多いですが、それはバランスシートの縮小問題に関してです。利下げについては、トランプ大統領が指名した経緯や、AIによる生産性上昇が金利の下げ余地を広げるという論旨を展開していることからも、イラン情勢が落ち着けば利下げを志向する立場を取るのではないかと想像しています。つまり、年内に利下げがないとは言い切れないでしょう。
ECBについては、原油高がそのまま物価上昇につながるため、利上げ方向への向かわざるを得ない立場にあります。2022年のコロナ後の需給逼迫とウクライナ戦争に伴うインフレを「一時的・過渡的」と判断して利上げが出遅れた苦い経験があり、今回はその反省からタカ派トーンが出やすい状況です。

マーケットコンシェルジュ 代表 野泰也 氏