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自民圧勝でも「円高」が進んだのはなぜか?市場の裏側と今後の展望

「内田稔教授のマーケットトーク」をWeb記事で
2026年2月16日
内田 稔 /  高千穂大学 教授/FDAlco 外国為替アナリスト

当シリーズでは、高千穂大学の商学部教授で三菱UFJ銀行の外国為替のチーフアナリストを務めた内田稔氏に、為替を中心に金融市場の見通しや注目のニュースをウィークリーで解説してもらう。※この記事は2月13日に配信された「内田稔教授のマーケットトーク 第69回 自民圧勝後の円高の後講釈」を再編集しています。ご質問はYoutubeチャンネルのコメント欄からお願い致します。

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今回は「自民圧勝後の円高の後講釈」について解説します(スライド1)。


はじめに、最近のドル円を振り返っておきましょう。1月23日の米通貨当局によるレートチェックを受けて152.10まで下落した後、ベセント財務長官のドル高政策を堅持するとの発言や協調介入への懐疑的な見方を受けてドル円は反発しました。

その後、選挙を前に様子見となりました。その衆議院選挙では自民党が歴史的な大勝を遂げました。その結果を受け、株式相場が急上昇しましたが、ドル円は翌朝こそ157円台までドル高円安となったものの、その後は伸び悩み、週末にかけて軟調に推移しました。これまでの安値は152.27となっており、前回安値の152.10と合わせ、この152円台前半がサポートになっています(スライド2)。

過去1週間の主要通貨の対ドル変化率を見てみましょう。すべての通貨がドルに対して上昇しており、今週はドル全面安だったことがわかります。今週の初め、中国当局が国内銀行に対して米国債の保有を抑制するように勧告したとの報道を受け、中国勢による米国債の売却およびドル売り観測が影響したと考えられます。

もっとも、今週の米国債は値上がり(長期金利は低下)しており、実際にそのような米国債離れの動きが見られたわけではありません。一方、上昇した通貨の中で最も上昇したのが円です。今週はドル安と円高が合わさった結果、ドル円相場が値幅を伴って下落したことになります(スライド3)。

円安の材料を再確認

次にこれまでの円安の材料を確認しておきましょう。ここ数年の円安に最も影響してきたと考えられるのが、インフレ率の高進に伴いマイナス圏にとどまっている実質金利(=名目金利-インフレ率)です。

また、貿易赤字をはじめとする国際収支に需給面での円売りを示唆しています。さらに、高市政権が誕生した後は積極財政との見方から金融政策についても日銀の利上げが後ずれするとの見方が浮上しました。

最近では財政悪化に伴う「悪い金利上昇」が円安に波及しているとの見方も燻っていました。ただ、こちらの動画ではこれまでCDSスプレッドが比較的落ち着いていることから、市場が本当に日本政府の財政の先行きを警戒しているわけではない点も示してきました(スライド4)。

一方、その「悪い金利上昇」をもたらす一因であるタームプレミアを見ると、1月下旬をピークに足元ではやや落ちていました。1月下旬から2月にかけて行われた日本の超長期国債の入札でも前回を上回る応札倍率が見られるなど、財政悪化への懸念はやや沈静化していた模様です。

為替相場同様、このタームプレミアムも衆議院選挙明けの月曜日こそ再び拡大する場面が見られましたが、その後は低下しています。これから自民党は野党も交えた国民会議を立ち上げて、消費税減税に関する議論を加速させていく予定です。

前回第68回の動画でも示した通り、消費税に関してはみらいの党を除けば、期間を2年間に限定し、対象も食料品に絞った税率引き下げを主張する自民党案の税収減が最小です。自民党が今回大勝したことで、さらなる減税を主張する野党側の要求を受け入れる必要性が低下した結果、財政悪化への懸念が和らぎ、円安期待が沈静化したものと思われます(スライド5)。

通貨オプション市場のリスクリバーサルを見てみましょう。これは上に行くほどドル高円安を見越したドルコールオプションの需要が高まっていることを示します。昨年の秋、高市政権が発足した後、リスクリバーサルは大きく上昇し、ドル高円安期待が高まったことが確認できます。

その後、レートチェックによって大きく低下した後、持ち直していましたが、衆議院選後に低下しています。特に、3カ月物に関しては、高市政権発足前の水準よりも低下しており、短期的にはドル円の下落を見込む動きになっています。

一方、1年ものはピーク時に比べて低下しているものの、高市政権発足前よりも高い水準を維持しています。このことから現在のマーケットは目先についてはドル安円高を見込んでいる一方、中期的にはまだドル高円安期待が残っていることがわかります(スライド6)。

投機筋のポジションを見ると比較的動きの速いヘッジファンドを含むレバレッジドファンド勢が年明け以降、高水準の円ショートポジションを持っていました。ドル円が162円台に迫った2024年の半ばと同程度です。

現在、こうした円ショートの解消に伴う円の買い戻しが活発に行われていると考えられます。ただ、2月3日時点で既に円ショートは縮小しています。また、今週も円の買い戻しが進んだとみられ、現時点での円ショートはそれほど残っていないと考えられます。

また、2024年の半ばには同じく巨額の円ショートポジションを構築していたアセットマネージャーズが円ロングです。従って、円の買い戻しによって2022年半ばのようにドル円が20円以上も下落することにはならないでしょう(スライド7)。

米国経済の行方

ここで11日に発表されたアメリカの雇用統計について見ておきましょう。年次改定によって雇用者数が大幅に下方修正されたものの、1月は12月実績および予想を上回る項目が並びました(表の赤字)。雇用者数の変化が大きく予想を上回ったほか前月比で見た平均時給の伸びも0.4%に上昇しています。仮にこのペースが続く場合、年間では5%に迫る賃金の上昇です。

また週平均労働時間も伸びており、それだけ仕事が忙しいということを表しています。労働参加率も上昇しています。これは仕事をしている人および求職者が労働人口に占める割合です。労働参加率の上昇は職を探せば見つかるといった環境を示唆しています。さらに、不完全雇用率も低下しました。これはフルタイムでの勤務を望んでいるもののパートでしか働くことができていない人を失業者としてカウントしたものです(スライド8)。

このほか、労働市場に関してはカンザスシティー地区連銀がLMCIという指標を発表しています。これは24種類の労働市場の関連指標から労働市場の現在の水準や勢いを示すものです。

具体的にはレベル(水準)は過去平均と比べた現在の労働市場を示しています。ゼロを上回っており、過去平均よりはいいもののその程度は縮小しています。モメンタム(勢い)がマイナス圏に位置している限り、労働市場が悪化していることを示しています。

ただし12月分はマイナス幅が縮小しており労働市場の悪化に歯止めがかかりつつあることが示されています。LMCIをみると、1月分の雇用統計が示す通り、労働市場に復調の兆しが見受けられることになります。このLMCIは通常であれば雇用統計が発表された2営業日後にアップデートされるため、最新の1月分に注目です(スライド9)。

2/16週のポイント

来週のポイントです。雇用統計の発表後、一旦154円台半ばまで上昇したもののドル円はすぐに反落しました。年次改定による大幅な下方修正が発表される前に下落に転じており、ドル円の地合いの悪さがうかがわれます。リスクリバーサルに見られる通り、短期的にはドル高円安期待が大幅に後退しており、引き続き円の買い戻しが先行しやすい状況でしょう。

仮に、152.10を下抜けした場合は、投機筋は円ショートの解消から円ロングの構築に転じる可能性もあり、その場合は150円割れも視界に入ってくるでしょう。ただ、今回の衆議院選挙では積極的な財政が国民の信を得たことになり、高市政権は今後も財政拡張路線を維持すると考えられます。従って、一定のインフレが続くと考えられます。

ドル円相場がこの程度の水準にとどまる限り、日銀が利上げを急ぐ必要性も低くなります。実質金利がマイナス圏にとどまる可能性が高く、国際収支面での需給に照らしても円高が定着する環境ではありません。基本的にドル高円安基調が続くと見ています。もっともこうした見方に対する最大のリスク要因は「日本買い」シナリオに転じる場合です。すなわち株高と円高が並走する展開です(スライド10)。

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「内田稔教授のマーケットトーク」はYouTubeからもご覧いただけます。

公式チャンネルと第69回公開分はこちらから

※ご質問はYoutubeチャンネルのコメント欄で受付中です!

内田 稔

 高千穂大学 教授/FDAlco 外国為替アナリスト

1993年慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、東京銀行(現、三菱UFJ銀行)入行。マーケット業務を歴任し、2007年より外国為替のリサーチを担当。2011年4月からチーフアナリストとしてハウスビューの策定を統括。J-Money誌(旧ユーロマネー誌日本語版)の東京外国為替市場調査では、2013年より9年連続アナリスト個人ランキング部門第1位。2022年4月より高千穂大学に転じ、国際金融論や専門ゼミを担当。また、株式会社FDAlcoの為替アナリストとして為替市場の調査や分析といった実務を継続する傍らロイターコラム「外国為替フォーラム」、テレビ東京「ニュースモーニングサテライト」、News Picks等でも情報発信中。そのほか公益財団法人国際通貨研究所客員研究員、証券アナリストジャーナル編集委員会委員も兼任。日本証券アナリスト協会検定会員、日本テクニカルアナリスト協会認定アナリスト、国際公認投資アナリスト、日本金融学会会員、日本ファイナンス学会会員、経済学修士(京都産業大学)