はじめに
今回はポーランドを取り上げます。
日本では今、「貯蓄から投資へ」の旗印のもと、iDeCoやNISAの活用が推奨されています。確定拠出年金の加入者が年々増加し、少子高齢化と財政制約の中で、公的年金だけに頼らず、個人や企業による積立(確定拠出年金など)を組み合わせることが正解のように語られています。
しかし、制度設計や政治・財政環境によっては、積み立てた資産の「所有」と「ルール」が揺らぐことがあります。その象徴的な例の一つが、ポーランドです。ポーランドは先進的な年金改革を進め、1999年に確定拠出型の個人勘定制度を導入しました。ところが、その後の財政逼迫を背景に、2014年、国民が積み立ててきた年金資産の半分以上が強制的に国庫へ移管されるという大転換が起きます。この改革の経緯と問題点を見ていきましょう。
ポーランドの年金制度改革
改革前:社会主義から市場経済へ
それまでの年金は、現役世代の保険料で高齢者を支える「賦課方式」でした。国営企業による完全雇用が前提の社会では、この仕組みは安定して機能していました。
しかし、市場経済への移行は失業者の急増を招き、保険料を納める現役世代が減少。さらに急速な少子高齢化の波が押し寄せ、制度を維持することが困難になりました。
1999年:年金制度の大改革
こうした背景のもと、ポーランド政府は1999年に年金制度の大改革に踏み切り、世界銀行が推奨する「多層的な年金モデル」を導入しました。公的年金(第1階層)と、任意の私的年金(第3階層)の間に、改革の核となる第2階層「開放年金基金(OFE:Open Pension Funds)」を新設したのです。OFEは、民間運用会社が管理する確定拠出型の個人勘定です。国民が支払う保険料の一部がここへ強制的に振り分けられるため、実質的には「強制加入の確定拠出型年金制度」といえます。積立方式への移行によって人口構造の変化に強い制度を作ると同時に、国民の貯蓄を株式・債券市場へ流し込み、国の経済成長を加速させることが、期待されました。
制度運営中に生じた誤算
制度が動き出すと、当初は見えにくかった問題が次々と表面化しました。
・移行期の財政負担(移行コスト):現役世代の保険料を積立(OFE)に回してしまったため、現在の高齢者に支払う年金財源が不足しました。国は穴埋めのために借金を重ねることになり、「新しい積立」と「過去の清算」という二重の負担が財政を圧迫しました。
・高い手数料と運用成績の不調:OFEを運用する民間会社は寡占状態にあり、競争は限定的でした。そのため手数料は高止まりし、長期的な運用利回りを削る要因となります。株高局面ではこのコストの重さは目立ちませんでしたが、2008年のリーマンショックなどで市場が大きく下落すると、運用成績の不調と高コストが一気に意識され、加入者の不満が高まりました。
・金融教育の不足:市場経済に移行して間もないなか、金融・投資リテラシーが十分でなく、運用成績の変動やコストの意味が理解されにくかったことも、不信感の蓄積を招いたとみられます。
2011年以降の見直し・縮小
こうした問題を背景に、OFEは段階的に縮小されていきました。
・拠出率の引き下げ(2011年):それまで給与の7.3%だったOFEへの拠出率を、一気に2.3%へ引き下げました。削減分は国の年金財源(第1層)に回し、見かけ上の財政赤字を縮小させました。
・国債部分の強制移管(2014年):OFEが保有する資産のうち、国債で運用されていた部分(資産全体の約51.5%)を強制的に国へ移管・償却しました。公的債務の対GDP比は引き下げられましたが、加入者の側から見ると、「自分の資産」と信じていた国債部分が国庫へ取り込まれた形であり、制度への信頼を大きく損なう出来事となりました。
・OFEの大幅縮小(2014年):強制加入から任意加入へ変更され、意思表示がない場合は自動的に国の年金へ移される仕組みとなり、多くが離脱しました。あわせて、定年の10年前からOFE資産を段階的に公的年金へ移す仕組みも導入されました。
任意型年金制度「PPK(従業員資本計画)」の導入(2019年)
2019年に新たな確定拠出年金制度「PPK(従業員資本計画)」をスタートさせました。
これは従業員・雇用主・国(補助金)の三者で積み立てる仕組みで、OFEの失敗を教訓に慎重に設計されています。 具体的には、強制加入ではなく「自動加入(脱退は自由)」とし、かつて批判の種だった運用手数料には上限を設定。さらに加入インセンティブとして国からの補助金も手厚くしました。
一方で、過去に積立資産が大きく制度変更された記憶は根強く、PPKの加入率は伸び悩んでいるとされています。
日本への示唆
・年金制度における「信頼」の重み:ポーランドでは、政治判断によって制度の前提が大きく書き換えられました結果、不信感が強まり、後から導入されたPPKの加入率にも悪影響を及ぼしています。日本でもiDeCoやNISAの制度変更が議論されますが、長期的な予見可能性と政策の一貫性こそが、制度への信頼を守るうえで極めて重要だと言えます。
・ポーランドでは、制度移行に伴うコストが当初想定を大きく上回り、財政悪化の一因となりました。日本でも、確定拠出型年金の拡充を進めるほど、公的年金との役割分担や財源の整合性をどう確保するかが重要になります。移行期に、どのような負担が誰に、どの会計で発生するのかをあらかじめ明示することが、制度への信頼を維持するうえで欠かせません。