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【為替相場】日銀の隠れたメッセージは円安警戒へのシグナルか、中立金利再評価の真の狙いと今度のドル円は

「内田稔教授のマーケットトーク」をWeb記事で
2025年12月15日
内田 稔 /  高千穂大学 教授/FDAlco 外国為替アナリスト

当シリーズでは、高千穂大学の商学部教授で三菱UFJ銀行の外国為替のチーフアナリストを務めた内田稔氏に、為替を中心に金融市場の見通しや注目のニュースをウィークリーで解説してもらう。※この記事は12月12日に配信された「内田稔教授のマーケットトーク 第62回 FOMCの解釈と日銀の狙い」を再編集しています。ご質問はYoutubeチャンネルのコメント欄からお願い致します。

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今回は「FOMCの解釈と日銀の狙い」について解説します。

12月8日週の為替市場では、週半ばにかけて円安が進行し、ドル円相場も157円目前まで上昇しました。これは青森での地震を受けて利上げ観測が後退したためと考えられます。実際、8日時点における日銀の利上げの織り込みは100%を超えており、市場は0.25ポイントを上回る利上げを織り込んでいましたが、翌9日には9割程度まで低下しました。

日銀は、2024年も能登半島沖での地震を受け、1月とみられたマイナス金利解除が3月に先送りされました。市場はそれを連想したと考えられます。一方、週半ば以降はドル指数が低下しており、FOMC後にドル安が進んだことがわかります(スライド2)。

対ドル変化率を見ると今週は多くの通貨がドルに対して上昇しており、ドル安だったことがわかります。また、円はそのドルよりも弱く、今週はドル安と円安だったことがわかります。これはクロス円が上昇するパターンです。強い他通貨と弱い円の格差が広がるためです(スライド3)。

実際、年初を100として指数化したチャートによれば、今週もスウェーデンクローナ円が堅調に推移したほか、ユーロ円やスイスフラン円は依然として史上最高値圏です。ドル円のみ年初の水準にあと1%程度、届いていませんが総じて円安傾向が続いていることがわかります(スライド4)。

FOMCの振り返り

では、ドル安に繋がったFOMCを改めて振り返っておきます。

先週の動画では、利下げを決めるもののその後の利下げをデータ次第とする「タカ派的な利下げ」が高いこととその後、ドル高が進む可能性を示しました。実際、タカ派だった点がいくつも見られました。

例えば、声明文に今後の利上げの「程度や時期を検討するに際して」といった新たな文言が加わりました。これは、昨年12月にも利下げ打ち止めを宣言する際に用いられた表現です。パウエル議長も会見で示唆した通り、利下げはこれで一旦停止となりそうです。

また、利下げへの反対票が前回の一人から二人に増えています。さらに、ドットチャートによれば、据え置きを指示した参加者が6名もいたほか、2026年末の政策金利の水準も前回9月のドットチャートと同じ3.375%でした(スライド5)。

一方、ハト派的だった点もありました。パウエル議長が労働市場の悪化に度々言及したほか、インフレについても関税によるモノのインフレを除き、総じて楽観的な見方を示したのです。

加えて、今回は短期証券の買い入れの開始が宣言されました。これは、年末に向けての準備預金をある程度潤沢にするための措置であり、先月ニューヨーク連銀のウィリアムズ総裁も言及した通り、金融政策の方向を示唆するものではありません。

ただ、証券の買入れ自体が金融緩和と映ることから、FOMC後の株高と金利低下そしてドル安が進んだと考えられます。もっとも証券買い入れの開始が金融緩和を示すわけではないことから、FOMC後のドル安はしだいに和らぐと考えられます(スライド6)。

今後についてはパウエル議長の後任人事に注目です。今週、Politicoとのインタビューが公表され、その中でトランプ大統領は即座に利下げをすることが新しい議長を選ぶ上でのリトマス試験紙になるのか問われ、「そうだ」と答えています。

今回のドットチャートによれば2026年の利下げは1回でしたが、新議長の下で2回程度の利下げが行われる可能性も十分です。現在、市場は来年の利下げを約2.2回と織り込んでいることからその程度の利下げでドル安が進むとは考えにくい一方、利下げが3回、4回と広がる展開となれば、それはドル安圧力となりそうです(スライド7)。

日銀の金融政策の展望

次に、日銀の金融政策についてみておきましょう。

来週の金融政策決定会合では、日銀の利上げが確実視されています。日本の政策金利は1995年9月に1%から0.5%に引き下げられて以来、一度も0.5%を上回ったことがありません。0.75%への利上げはデフレ脱却の象徴と言えるでしょう。

ただし、9割以上の織り込みが進んでいることから利上げだけでは円高とはならないばかりか、材料の出尽くし感から円安に振れる可能性すらあります。そこで注目されるのが先週の動画でも詳しくお伝えした中立金利です。

現在、日本の中立金利は1%から2.5%程度と考えられており、市場は中立金利のレンジの下限である1%をそう大きく上回る利上げはないだろうと考えています。それだけに、来週の決定会合で中立金利の再評価が改めて言及される場合、中立金利の下限の引き上げが意識され、円高に作用する可能性があります(スライド8)。

中立金利を引き上げることにより、日銀には二つのメリットがあります。

一つは政府に対する説明のしやすさです。中立金利を引き上げれば、仮に1%まで利上げを進めても、まだ政策金利が中立金利の下限を下回る金融緩和的な状況であると説明することができます。これは日銀にとって政策の自由度UPにつながるでしょう。

また、市場に対しても潜在的な利上げののりしろを広く見せることによって、円安期待をある程度抑えることができるかも知れません(スライド9)。

12/12週のポイント

来週はアメリカの雇用統計と日銀の金融政策決定会合が注目されます。なお、ECB理事会では政策金利は据え置かれるでしょう(スライド10)。

来週のポイントです。

FOMC後のドル安は徐々に和らぎ、年末を控えた株高によるリスク選好もドル円を支えそうです。ただ、雇用統計の非農業部門雇用者数がマイナスとなった場合、ドル安となりそうです。日銀については利上げが見込まれていますが、ほぼ織り込み済みであるだけに、追加利上げに対する慎重なスタンスが目立った場合、材料の出尽くし感からドル円は上昇すると考えられます。

ただ、中立金利引き上げが意識されるようなメッセージが出てきた場合のドル円の下落に要注意です。来週は5円ほどの値幅を見ておく必要がありそうです。例えば、雇用統計が予想を上回った上、日銀から追加利上げのヒントや中立金利の議論が出てこなかった場合、ドル円は今週の高値である156円95銭を上抜けして157円台に達する可能性があるでしょう。

一方、雇用統計がマイナスを記録した上、日銀から中立金利引き上げの可能性が示された場合、ドル円は154円台を割り込む可能性もあるからです(スライド11)。

では、最後にアメリカの雇用統計の動きを見ておきましょう。ADP雇用報告によれば11月はマイナスを記録したほか、過去6カ月間で4度のマイナスを記録しています。雇用統計は10月分の未公表が確定しており、来週のデータは9月から1ヵ月空いた11月分です。現在の市場予想が5万人程度の増加を見込んでいるだけにマイナスとなった場合のドル安に要注意です(スライド12)。

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「内田稔教授のマーケットトーク」はYouTubeからもご覧いただけます。

公式チャンネルと第62回公開分はこちらから

※ご質問はYoutubeチャンネルのコメント欄で受付中です!

内田 稔

 高千穂大学 教授/FDAlco 外国為替アナリスト

1993年慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、東京銀行(現、三菱UFJ銀行)入行。マーケット業務を歴任し、2007年より外国為替のリサーチを担当。2011年4月からチーフアナリストとしてハウスビューの策定を統括。J-Money誌(旧ユーロマネー誌日本語版)の東京外国為替市場調査では、2013年より9年連続アナリスト個人ランキング部門第1位。2022年4月より高千穂大学に転じ、国際金融論や専門ゼミを担当。また、株式会社FDAlcoの為替アナリストとして為替市場の調査や分析といった実務を継続する傍らロイターコラム「外国為替フォーラム」、テレビ東京「ニュースモーニングサテライト」、News Picks等でも情報発信中。そのほか公益財団法人国際通貨研究所客員研究員、証券アナリストジャーナル編集委員会委員も兼任。日本証券アナリスト協会検定会員、日本テクニカルアナリスト協会認定アナリスト、国際公認投資アナリスト、日本金融学会会員、日本ファイナンス学会会員、経済学修士(京都産業大学)