メニュー
閉じる

日本の実質賃金プラス転換が消費を変えるか―2026年日本経済のメインシナリオとリスク要因を解説

第一生命経済研究所の永濱氏が読み解く、経済・市場展望の手がかりは
2025年12月16日
永濱 利廣 /  第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト

国内外を覆う不確実性によって景気や市場を見通すことは困難を極めています。そこで国内屈指の著名エコノミストである、第一生命経済研究所の経済調査部で首席エコノミストの永濱利廣氏に、経済・市場の今後を読み解く手がかりになるテーマについて解説していただきました。※本稿は、12月9日掲載の第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト、永濱 利廣氏のレポート「2026年の日本経済展望~注目は春闘&日銀、経済対策、トランプ政権~」を抜粋・再編集したものです。

要旨

〇2025年の日本経済は、「緩やかな回復の途上にあったものの、外需の不確実性と内需の力強さ不足が並存した一年」として総括される。トランプ政権の関税政策が輸出の重石となり、特に自動車などへの高関税が日本経済の成長を下押しする主要因の一つとなった。しかし、企業が価格調整を行うなどの対応策や、米国経済の予想外の底堅さから、関税による景気への影響は限定的であった。

〇2026年は、「実質所得の改善と内需の回復期待が高まるが、高市政権の経済政策と世界経済の動向が鍵を握る年」となることが予想される。特に、関税措置の影響が一服し、11月の米中間選挙に向けて米経済の持ち直しが見られれば、外需は回復に向かうことが期待される。賃上げ効果が実質所得に反映されやすくなることで、実質賃金がプラスに転じることが予想される。これにより、長く停滞していた個人消費が徐々に回復することが期待される。

〇こうした動きは日銀の追加利上げを促す可能性がある。26年は安定して実質賃金の伸びがプラスになることが展望されるため、物価と賃金の好循環が実現したとして、日銀は中立金利とされる1%に向けて1~2回の追加利上げに動く可能性がある。

〇経済対策のマクロ経済全体に対する効果(内閣府試算)として消費者物価を2~4月に▲0.7%、5~12月に▲0.3%押し下げ、実質GDPを年成長率換算で+1.4%押し上げると示されているが、25年度の補正後国債発行額は昨年度を下回る見込みで、一定の財政規律は維持されている。

〇26年は5月にパウエルFRB議長が任期満了となり、ハト派の議長が任命されることになれば、今以上にドル安圧力が強まることが予想される。トランプ減税の中でも特に法人減税の効果もあり、26年の米国経済は、前回のトランプ政権下で関税が発動された翌年と同様に堅調に推移する可能性がある。追加関税2年目の11月の中間選挙に向けて、トランプ氏はなりふり構わぬ姿勢で景気を支えることになる。

〇トランプ政権の関税動向や、地政学的なリスクが世界経済を下押しした場合、日本の景気回復シナリオは容易に崩れる可能性がある。また、「賃上げが中小企業まで十分に浸透しない」という構造的な問題が解決しない限り、持続的な経済好循環の実現は難しいと言える。

はじめに

日本は、少子化・人手不足の常態化、インフレの継続、そして賃上げが中小企業まで十分に浸透しない状況にあり、日本経済が抱える構造的な課題と短期的な変動要因が複雑に絡み合っている。加えて、トランプ政権の関税政策という海外からの大きな不確実性も加わっている。

そこで本稿では、これらの状況を踏まえ、2025年の総括と2026年の日本経済を展望する。

2025年の日本経済総括

2025年の日本経済は、「緩やかな回復の途上にあったものの、外需の不確実性と内需の力強さ不足が並存した一年」として総括される。実際、2025年の実質GDP成長率はIMF(10月)・OECD(12月)の予測でいずれも+1%を超え、0%台半ばとされる潜在成長率を上回るプラス成長が見込まれている。ただし、四半期ベースで見ると、アメリカの関税政策の影響や内需の弱さから7-9月期にマイナス成長となる局面が確認されている(図表1)。

一方、CPIコアインフレ率は+2%台半ば~3%台で推移し、日本銀行が目指す2%の物価目標を上回る状態が続いた。特に、食料品価格の上昇がCPIを押し上げたが、伸び率のピークアウトや原油安などにより、年後半にかけては徐々に上昇ペースが鈍化した。また2025年春闘では、構造的な人手不足も背景に+5%を超える高い賃上げ率となったが、物価高に実質賃金の上昇が追いつかない「実質賃金のマイナス」の状態が長く続き、個人消費の回復が妨げられた。賃上げが中小企業や非正規雇用まで十分に行き渡らなかったため、所得環境の改善が消費につながる好循環は限定的だった。

こうした中、トランプ政権の関税政策が輸出の重石となり、特に自動車などへの高関税が日本経済の成長を下押しする主要因の一つとなった。しかし、企業が価格調整を行うなどの対応策や、米国経済の予想外の底堅さから、関税による景気への影響は限定的であった。

2026年の日本経済展望

2026年は、「実質所得の改善と内需の回復期待が高まるが、高市政権の経済政策と世界経済の動向が鍵を握る年」となることが予想される。実質GDP成長率予測はIMFが+0.6%、OECDが+0.9%と緩やかな成長が続く見通しとなっている(図表2)。特に、関税措置の影響が一服し、11月の米中間選挙に向けて米経済の持ち直しが見られれば、外需は回復に向かうことが期待される。


一方、消費者物価上昇率は2026年度以降、日銀目標の2%を下回り、鈍化することが予測される(図表3)。これは、高市政権の物価高対策に加えて輸入物価によるコストプッシュ圧力が弱まるためである。このため、賃上げ効果が実質所得に反映されやすくなることで、実質賃金がプラスに転じることが予想される。これにより、長く停滞していた個人消費が徐々に回復することが期待される。

ただ、設備投資は人手不足への対応や、高市政権の政策で成長分野への投資は続くものの、金利上昇の影響や景気の不確実性から、慎重な姿勢が残る可能性がある。特に、物価目標の2%を下回る中でも金融政策の正常化が継続した場合、長期金利の高止まりと円高方向への是正が予想される。

春闘&日銀

26年の春闘賃上げ率は、トランプ関税等の影響を受けて前年は下回るものの、33年ぶりの賃上げ率となった24年並みの結果になることが期待される。そうなれば、26年のベースアップも引き続き3%を上回ることが予想される。賃上げ期待の背景には、①物価高による従業員の生活保障、②底堅い企業業績、③人手不足感の強まり、がある。また、連合が25年に引き続き賃上げに向けてのトーンを強める一方で、経営者側も優秀な人材確保に対応すべく前向きな姿勢を見せているため、賃上げ機運は26年も衰えないだろう。

そして、こうした動きは日銀の追加利上げを促す可能性があるだろう。日銀は植田体制になってから実質賃金がマイナスでも利上げ局面に入っているが、26年はインフレ率が鈍化する一方で、25年並みの名目賃金上昇が期待される(図表4)。

このため、26年は安定して実質賃金の伸びがプラスになることが展望されるため、そうなれば、物価と賃金の好循環が実現したとして、日銀は中立金利とされる1%に向けて1~2回の追加利上げに動く可能性があるだろう。

経済対策

総合経済対策もポイントだろう。25年度の補正予算で21.3兆円程度の規模となった。中でも今回の対策の柱となるのが物価高対策である。具体的には、ガソリン・軽油の暫定税率廃止に加え、子供一人当たり2万円給付や冬場の電気・ガス代補助金が盛り込まれた。また、重点支援地方交付金を活用し、地方自治体主導での物価高対策を実施する。なお、国民民主党が要求する年収の壁引き上げも期待されるが、引き上げ幅などはまだ流動的なため、今後の税制改正に向けた議論の行方が注目される。

また、「危機管理投資・成長投資による強い経済の実現」として経済安全保障の強化や食料安全保障の確立、健康医療安全保障の構築・人への投資の促進が盛り込まれている。しかし、こちらは人手不足などにより執行が遅れる可能性があることには注意が必要だろう。

その他注目される項目として、「賃上げ環境の整備」があげられる。しかし、石破前政権時に掲げられた2020年代に最低賃金1500円の目標は撤回されており、最低賃金の伸びは鈍化する可能性が高い。また、「防衛力の強化」として国家安全保障戦略に定める「対GDP比2%水準」について、補正予算と合わせて、2025年度中に前倒して措置される。

なお、マクロ経済全体に対する効果(内閣府試算)として消費者物価を2~4月に▲0.7%、5~12月に▲0.3%押し下げ、実質GDPを年成長率換算で+1.4%押し上げると示されているが、25年度の補正後国債発行額は昨年度を下回る見込みで、一定の財政規律は維持されている(図表5)。

トランプ政権

26年もトランプ政権の動向は景気を大きく左右するだろう。市場では、引き続きドル高けん制、シェール増産、追加関税に加えて、トランプ減税の効果が発出することがコンセンサスとなっている。

25年は、市場の想定を上回る高関税が打ち出されたことにより、直後が最大のドル安局面となり、その後のドルはやや持ち直した。26年は5月にパウエルFRB議長が任期満了となり、ハト派の議長が任命されることになれば、今以上にドル安圧力が強まることが予想される。

また、前回のトランプ政権(2017~21年)を振り返ると、トランプ関税発動二年目はインフレ率が低下した(図表6)。背景には、トランプ関税発出に伴う景気減速により原油価格が下落したことがある。となれば、既に景気減速の観測で落ち着いている原油価格が安定を続ければ、26年は米国のインフレ率も低下傾向がより明確になる可能性があるだろう。


そうなれば、FRBは利下げを進めやすくなり、政策委員の見通し中央値に近いペースで利下げが進むことになれば、27年にも米国の政策金利は中立金利とされる3%近くに収斂することになるだろう。となれば、トランプ減税の中でも特に法人減税の効果もあり、26年の米国経済は、前回のトランプ政権下で関税が発動された翌年と同様に堅調に推移する可能性がある。

一方、一期目のトランプ政権は追加関税を2年目に打ち出し、中間選挙のタイミングで景気が最悪になったが、今回は25年中に追加関税が打ち出されたため、追加関税2年目の11月の中間選挙に向けてトランプ氏はなりふり構わぬ姿勢で景気を支えることになるだろう(図表7)。

まとめ

なお、2026年も企業の採用難は継続し、人件費の上昇圧力は残ることが予想されるが、これは企業の利益を圧迫する要因にもなる。こうしたことから、2026年は成長の天井となる供給力の強化が、より喫緊の課題として浮上するだろう。そして、少なくとも高市総裁の公約通りに政策が進めば、日本経済における最大の課題である供給力の強化が進展することになろう。そうした意味では、高市政権の経済政策も初期段階では、いかに国民の暮らしと安全・安心を確保すべく、25年度補正予算に政策を総動員し、雇用と所得を増やし、消費マインドを改善し、税収が自然増に向かう「強い経済」を実現できるかにかかってこよう。

2026年にかけては、実質賃金のプラス転化とそれに伴う個人消費の持ち直しが、景気回復のメインシナリオとして期待される。しかし、トランプ政権の関税動向や、地政学的なリスクが世界経済を下押しした場合、日本の景気回復シナリオは容易に崩れる可能性がある。また、「賃上げが中小企業まで十分に浸透しない」という構造的な問題が解決しない限り、持続的な経済好循環の実現は難しいと言えるだろう。

永濱 利廣

 第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト

早稲田大学理工学部工業経営学科卒、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年第一生命保険入社。98年より日本経済研究センター出向。2000年より第一生命経済研究所経済調査部、16年4月より現職。国際公認投資アナリスト(CIIA)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)。景気循環学会常務理事、衆議院調査局内閣調査室客員調査員、跡見学園女子大学非常勤講師などを務める。景気循環学会中原奨励賞受賞。「30年ぶり賃上げでも増えなかったロスジェネ賃金~今年の賃上げ効果は中小企業よりロスジェネへの波及が重要~」など、就職氷河期に関する発信を多数行う。著書に『「エブリシング・バブル」リスクの深層 日本経済復活のシナリオ』(共著・講談社現代新書)、『経済危機はいつまで続くか――コロナ・ショックに揺れる世界と日本』(平凡社新書)、『日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか』(講談社現代新書)など多数。