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大和総研・塩村賢史フェローの調査レポート 
GPIFのESG指数投資削減に求められる説明責任

投資先企業の信任を失えば「市場の持続可能性向上」は実現不可能
2025年12月5日
塩村 賢史 /  大和総研 調査本部 フェロー兼エグゼクティブ・サステナビリティ・アドバイザー

要約

GPIFは2024年度業務概況書等で、ESG指数投資額の最適化に向けた取組を進めており、2025年3月末時点で国内株式の15.9%を占めるESG指数投資の割合を同年5月末までに約13%まで低下させたことを明らかにしている。これは、僅か2ヵ月間で、ESG株式指数に連動する運用を約9.8兆円から約8.4兆円(※1)に1.8兆円程度削減した可能性があることを意味する。

なぜ、短期間でESG指数投資を大幅に削減したのかについては、業務概況書のコラム「ESG指数投資額の最適化に向けた取組」で解説をしているが、そこからはその真意を読み解くことは難しい。

ESG指数投資は、企業のESG対応強化のインセンティブとなり、企業の行動変容を促すことで市場の持続可能性を高めるというベータ・アクティビズムの観点でも、市場平均収益率の確保という観点でも、ESG指数投資を始めた当初からの期待を大きく損なっているようには見えない。

GPIFの運用資金は、被保険者に対する高い説明責任を負っていることは言うまでもないことであるが、殊、ESG指数投資においては、企業にESGに関する取組の強化を促し、市場全体の持続可能性を高めるということも目的にしている。

GPIFによるESG投資への強いコミットメントが、日本企業のESG投資のスタンスを変えてきたことを考えれば、GPIFのスタンスの変化は、日本のサステナブルファイナンスの行方に大きな影響を及ぼす可能性がある。現在行われているESG指数・ESGファンドの選定とその後のGPIFのメッセージには注目したい。

※当記事は2025年10月16日に公開されたものです。

GPIFがコラムで示したESG指数投資削減の理由

GPIFは、2024年度業務概況書のコラム(※2)「ESG指数投資額の最適化に向けた取組」(図表1)(以下、コラム)で、ESG指数投資額の最適化に向けた取組を進めていることを明らかにしている。この取組は、2025年3月末時点で国内株式の15.9%を占めるESG指数投資の割合を同年5月末までに約13%まで低下させ、ESG株式指数に連動する運用を約9.8兆円から約8.4兆円に、僅か2ヵ月間で1.8兆円程度削減した可能性があることを意味している。

「基本ポートフォリオに即した運用を行うため」に削減?

コラムでは、「基本ポートフォリオに即した管理運用を将来的にも円滑に行っていく観点から、国内株式及び外国株式のESG指数投資をリバランスの対象としました」としている。確かに、株式の方が債券よりも収益率が高い状況下では、基本ポートフォリオのウエイト(国内株式25%、国内債券25%、外国株式25%、外国株式25%)からは、株式がオーバーウエイトになりやすく、基本ポートフォリオに近づけるために、株式を売って、債券を買うという売買行動が多くなりがちである。その場合、売却対象からESG指数投資を除外したままでは、ESG指数投資のウエイトが徐々に高まっていくことは事実であり、意図せざるESG指数投資のウエイト拡大を回避するという点において、ESG指数投資についてもリバランスの対象に含めることの合理性はある。

しかし、現状において、ESG指数投資のウエイトが高すぎることが障害となって、リバランスが円滑に行えない状況に陥っているとは考えにくい。4つのアセットクラスの価格変動に伴うリバランスの際には、機動性や流動性の観点から、株価指数先物があるTOPIXパッシブファンドを中心に売買が行われることが想定されるが、TOPIXパッシブファンドが国内株に占める割合は2025年3月末時点で約71.5%、金額にして約44兆円もある。仮に一気に国内株のウエイトを2%pt引き下げようとした場合、約5兆円の国内株式の売却が必要となるが、現在のTOPIXパッシブファンドの売りで十分に賄える規模である。むしろ、リバランスの際に制約となるのは、株式市場や株価指数先物市場の流動性であり、ESG指数投資が多すぎることやTOPIXパッシブが少なすぎることではないだろう。「基本ポートフォリオに即した運用を行うため」に、僅か2ヵ月間で約1.8兆円ものESG指数投資を削減する理由としては、納得感がない。

また、「国内株式ファンド残高比較」で各ESG指数パッシブファンドの残高と個々のアクティブファンドの残高の比較をグラフで示しているが、本来はリスク量で評価すべきものであり、低トラッキングエラーのパッシブファンドと高トラッキングエラーのアクティブファンドの残高を比較してもファンドのリスク管理の観点では特に重要な意味を持たない。

「ベストインクラス型」や「ティルト型」の特性を考慮して最適化?

また、コラムでは、ESG指数は、ESG 評価の優れた企業のみを選ぶ「ベストインクラス型」と、ESG 評価の優れた企業の構成比率を上げつつ、全ての親指数構成企業をESG 指数に含める「ティルト型」に大別されることを説明し、それぞれのメリット・デメリットを改めて示した上で、各指数への配分バランスを見直すことで、全体の残高の最適化を進めたとしている。しかし、その「ベストインクラス型」と「ティルト型」の相反する特徴については、GPIFは従前から同様の説明をしており、今般なぜ見直しにつながったのかはコラムから読み解くことはできない。そもそも、最適化は、問題意識と目的(目的関数)があって、初めて実行可能なものであるが、「企業への働きかけ効果」と「政策ベンチマークからの乖離リスク」という全く次元の異なる2つのものをどう評価したのかについての説明はない。

ESG指数投資による企業への働きかけの効果については、2023-2024年度にGPIFにおいて実施された効果測定プロジェクトの内の一つの分析テーマであった。今年3月末にGPIFが公表した「サステナビリティ投資に関する取組みについて」において「GPIFは、2024年度末までに、統計的因果推論の⼿法により、ESG指数への採⽤を意識した企業⾏動の変化が ESGパフォーマンスや企業価値の向上をもたらしたのかという点について、多様な指標を⽤いた検証(ESG指数投資の効果検証)を実施しました。投資開始から7年を経過した国内株式 ESG指数投資について、その検証結果を見ると、ESG指数への初めての組⼊タイミングの前後で『ESG指数組⼊銘柄』と『⾮組入銘柄』の間で、ESG評価のみならず、企業価値指標に差が⽣まれたことが⽰唆されるなど、ESG指数投資の効果が確認されました」と公表している。4つの効果検証プロジェクトの中で、このプロジェクトのみ最終結果が公表されていないことも謎であるが、GPIFは、ESG指数投資がポジティブな影響を示したと結論づけているなかで、何を目的に見直しを行ったのか、明らかではない。

ESG指数投資のパフォーマンスが冴えないからなのか?

2025年3月に定められた「サステナビリティ投資方針」では、ESG指数投資を含むサステナビリティ投資については、『サステナビリティに関するリスクの低減や市場の持続可能性の向上』と『市場平均収益率の確保』の両立を図ることで、GPIFのポートフォリオ全体の長期的なパフォーマンス向上に貢献することを目指します。」と示している。したがって、もしESG指数投資が市場平均収益率を確保できていないのであれば、見直しの対象となることは当然である。
しかし、運用開始来の国内株式ESG指数のパフォーマンスを見る限り、「市場平均収益率の確保」が出来ていないようには、開示されているデータからは見えない(図表2)。

超過収益の獲得を目指すアクティブファンドでも市場ベンチマーク(TOPIX)を上回るパフォーマンスを残すことが困難な状況下において、国内株のESG指数は6本中5本でTOPIX及び親指数をアウトパフォームしている。残りの1つのESG指数についても、ほぼTOPIX並みのパフォーマンスである。

ESG指数投資をまとめて、一つのポートフォリオとしてみたときのパフォーマンスについてもGPIFはベンチマーク効果とファンド効果に分解するかたちで開示している(図表3)。アクティブファンドの場合は、ファンドの銘柄選択能力などを評価する上では、ファンド効果に注目することが多いが、ESG指数投資では、ESG評価による銘柄選択能力などはESG指数とTOPIXとの乖離というかたちで示されるために、ESG指数を評価する上ではベンチマーク効果がより重要であり、その観点でも比較的良好なパフォーマンスを残している。また、実績トラッキングエラーについても徐々に低下しており、政策ベンチマークであるTOPIXからの乖離リスクは抑制されている。これらは、あくまで過去の実績であり、将来を見据えて投資を見直すことは全く否定されるものではないが、そのことについての説明はない。

「市場の持続可能性向上」を実現するためには、説明責任を尽くす必要

GPIFは、サステナビリティ投資(ESG指数投資)を拡大することで、企業のサステナビリティ対応強化のインセンティブを高め、企業のサステナビリティ評価向上を促してきた。GPIFのESG指数への組入れを意識して、企業がサステナビリティを重視した企業経営を行うようになることが、市場の持続可能性を高め、GPIFのポートフォリオ全体のリスク調整後のリターンの改善につながるという考え方である(図表4)。

GPIFのサステナビリティ投資(ESG指数投資)に対する強いコミットメントが、企業のサステナビリティ向上に向けた取組を後押ししてきたが、そのコミットメントが揺らぐのであれば、これまでの好循環が逆回転しかねない。それは、日本のサステナブルファイナンスの行方にも大きな影響を及ぼす可能性がある。そのコミットメントが揺らいでいないのであれば、GPIFは投資先企業の理解を得られるように丁寧に説明を尽くすことに加えて、投資態度でも示すことが必要であろう。現在行われているESG指数・ESGファンドの選定(※3)がそのきっかけとなるのか、注目したい。


※1 2025年5月末時点のGPIFの国内株ESG指数投資額8.4兆円≒(2025年3月末時点のGPIFの国内株投資額61.6兆円)×(TOPIXの2025年3月末から同年5月末の騰落率1.05)×(同年5月末時点の国内株式に占めるESG指数投資の割合13%)
※2 GPIF 2024年度サステナビリティ投資報告「ESG指数投資額の最適化と今後の展望」(P.25-26)でも、ほぼ同内容の記載がある。
※3 GPIF 国内及び外国株式ESG指数・ESGファンドの募集について(https://www.gpif.go.jp/esg-stw/esginvestments/esg/esg-indexes-and-funds.html

当記事は大和総研のホームページに掲載されている、同社の調査本部 フェロー兼エグゼクティブ・サステナビリティ・アドバイザーである塩村賢史氏のレポートを抜粋したものです。同氏の公開するレポートは下記リンクから閲覧できます。(大和総研のホームページへ遷移します。)
https://www.dir.co.jp/professionals/researcher/shiomurak.html

塩村 賢史

 大和総研 調査本部 フェロー兼エグゼクティブ・サステナビリティ・アドバイザー