大和総研・塩村賢史フェローの調査レポート 「インパクトを考慮した投資」は「インパクト投資」か?
要約
年金積立金管理運用独立行政法人(以下、GPIF)では、「インパクトを考慮した投資」に関する調査研究を開始したのではないか、という報道もあり、足許ではGPIFのインパクト投資に対する期待が高まっている。
GPIFは、中期計画やサステナビリティ投資方針などで、「インパクトを考慮した投資」について、検討を行うことを明らかにしているものの、報道とは異なり、「インパクト投資」の検討を行うとは一切記していない。
それは、金融庁の検討会が取りまとめた「インパクト投資(インパクトファイナンス)に関する基本的指針」の定義とGPIFや所管官庁である厚生労働省が考える「インパクトを考慮した投資」とでは、「目的」と「企図」に関して、明確な違いがあるからである。
ただし、「インパクトを考慮した投資」は社会・環境的効果(インパクト)を生まないわけでも、その効果が必ずしも「インパクト投資」に劣るものでもない。どういう定義に基づくかよりも、実際にどれだけの経済的リターンとインパクトを生み出すのかの方がはるかに重要であることを忘れてはいけない。
※当記事は2025年10月9日に公開されたものです。
1.注目される年金積立金管理運用独立行政法人(以下、GPIF)の動き
昨秋の社会保障審議会資金運用部会におけるGPIFのインパクト投資・インパクトを考慮した投資に関する議論や、今年3月末にGPIFがサステナビリティ投資方針を開示したタイミングなどで、盛り上がりを見せていたGPIFのインパクト投資に関連する報道が、足元で再び増え始めている。GPIFがインパクト投資に関する調査研究の調達プロセスを終えた(※1)と報じられている。また、多くの報道(※2)では、簡潔に伝えることを重視して、「インパクト投資」やGPIFがこれから検討を進める「インパクトを考慮した投資」について、明確に区別することなく、言葉が使われることが多く、読み手である市場関係者の間で誤解が生まれているようにも思われる。これまでも大和総研では、インパクト投資に関連したレポート(※3)で「インパクトを考慮した投資」に関して取り上げてきたが、未だ投資家の間で誤解も残っていると思われる「インパクトを考慮した投資」が、GPIFにおいてどのように位置付けられているのかについて、改めて整理を行いたい。GPIFは独立行政法人という国の行政機関であることから、GPIFに関係した法令や各種原則や方針等の中で、インパクトを考慮した投資を位置付けており、それは、これから実施される調査研究の結果で変わるものではない。やや気の早い話ではあるが、GPIFを取り巻く様々な制約の中で、どのような取り組みが考えられるのかについても、最後に考えてみたい。
2.GPIFのインパクトを考慮した投資とインパクト投資の違い
金融庁の「インパクト投資等に関する検討会」が取りまとめた「インパクト投資(インパクトファイナンス)に関する基本的指針」の概要で示されたインパクト投資の概念図(図表1)と、社会保障審議会資金運用部会で示されたインパクトを考慮した投資の概念図(図表2)を見比べると、両者に埋めがたい大きなギャップが存在していることは一目瞭然である。
金融庁の検討会で取りまとめられたインパクト投資の概念図では、投資家は「効果実現の意図」を持って投資先を選ぶこと、投資により実現を図る具体的効果を特定・コミットし、これを実現する技術革新等を進める企業に投資することなどが示されている。
一方、厚生労働大臣がGPIFに与える中期目標などを議論する厚生労働省の社会保障審議会資金運用部会で示されたインパクトを考慮した投資の概念図では、GPIFは運用受託機関に運用を委託し、運用受託機関の投資収益の確保の観点から、投資先企業を評価する際には、財務的要素に加えて、インパクトなどの非財務的要素についても考慮することが示されている。この図表では、最終投資家であるGPIFは、GPIFがこれまで行ってきた全ての株式投資と同様に、投資対象の選定から議決権行使まで全ての判断を運用受託機関に委ねる「投資一任契約」に基づくことが前提となっている。それは、既存のGPIF関連の法令の枠組みの中に、「インパクトを考慮した投資」も当然位置付けられているということである。金融庁の概念図は、そもそもGPIF向けに作られているわけではないものの、GPIFとしては、現行制度を前提にすれば実現不可能な、あまりに「高い球」であったといえよう。
3.「他事考慮に当たらない」の意味
次に、インパクトの実現を意図して、投資を行ってよいのかという点も議論が必要なポイントである。GPIFが運用する年金積立金の運用については、厚生年金保険法及び国民年金法により、「積立金(中略)の運用は、積立金が(中略)被保険者から徴収された保険料の一部であり、かつ、将来の給付(筆者注:厚生年金保険法では「保険給付」、国民年金法では「給付」)の貴重な財源であることに特に留意し、専ら(中略)被保険者の利益のために、長期的な観点から、安全かつ効率的に行うことにより、将来にわたつて、年金事業(筆者注:厚生年金保険法では「年金保険事業」、国民年金法では「国民年金事業」)の運営の安定に資することを目的として行う」(厚生年金保険法第79条の2、国民年金法第75条)ことが求められている。つまり「専ら被保険者の利益のために」運用を行うこと、裏を返せば、被保険者の利益以外のことを目的とした運用が禁じられている(これを「他事考慮の禁止」という)わけである。
一方、2024年6月に内閣官房の「新しい資本主義実現本部/新しい資本主義実現会議」が公表した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 2024年改訂版」では、インパクト投資は他事考慮に当たらないという整理がなされたと記憶している方も多いと思われる。そこでは、「…サステナビリティ投資は、持続可能な社会の実現とともに中長期的な投資収益の向上を図るものであり、GPIF・共済組合連合会等が、投資に当たり、中長期的な投資収益の向上につながるとの観点から、インパクトを含む非財務的要素を考慮することは、ESGの考慮と同様、『他事考慮』に当たらない。GPIF・共済組合連合会等において、こうした整理を踏まえた取組を行うことについて検討する」(下線は筆者、p.56)と記されている。
つまり、インパクトを目的とした投資(経済的リターンとインパクトの双方の追求を目的とする投資も含む)を行うことを「他事考慮」には当たらないと整理したわけではなく、投資収益(経済的リターン)を得るために、インパクトを含む非財務的要素を考慮することが必要な場合は、他の非財務的要素と同様に考慮してもよいというわけである。
したがって、インパクトそのものを追求することは、引き続き「他事考慮」であり、GPIFが2025年3月末に定めた「サステナビリティ投資方針」においても、「GPIFでは、『(積立金の運用は)専ら被保険者の利益のために、長期的な観点から、安全かつ効率的に行うことにより、将来にわたって、厚生年金保険(国民年金)事業の運営の安定に資すること』という厚生年金保険法・国民年金法の趣旨に基づいて、運用を行っており、サステナビリティに関するリスクの低減やインパクトの創出については、ポートフォリオ全体の長期的なパフォーマンス向上という目的を実現するための重要な手段と位置付けています。なお、GPIFでは、『専ら被保険者の利益のため』という目的を離れて、インパクトの創出そのものを目的にした投資は行いません」(下線は筆者)と明記している。
4.形の美しさより、経済的リターンとインパクトの実現の方が重要
ここまで、厳しく制約された中で、どのような投資手法であれば、「インパクトを考慮した投資」と整理できるのかについては、これから行う調査研究の中で、GPIFが明らかにしていくことになろうが、「霞ヶ関文学」と「虎ノ門文学」(※4)を多少嗜んだ経験を活かし、筆者なりに今後どのような流れで「インパクトを考慮した投資」を実践していくべきかについて、考察してみた。
GPIF自身がインパクト投資で実現を目指すインパクトの分野を特定することは、「他事考慮」に当たる可能性があるため、今から実施する調査研究で、一般にインパクト投資と分類される投資の中で、投資可能な市場規模があり、投資収益が期待される投資手法・投資対象を特定する。そこで挙がってきた分野については、市場規模や投資収益性という観点で選ばれたものであり、特定のインパクトの実現を目的にGPIFが設定したものではないことを明示し、インパクトファンドの公募を実施する。公募要件には、ファンド自身が投資により期待しているインパクト及びKPIを示すことを掲げる。応募されたファンドの中から、市場平均収益率と同等かそれ以上のパフォーマンスが期待できるファンドを選定する。「インパクトを考慮した投資」に分類されるファンド全体のインパクトを計測し、サステナビリティ投資報告等でその投資成果を開示する。
GPIF自身が特定のインパクトを企図しないこと自体で、『美しいインパクト投資』の世界からは少し外れてしまうかもしれないが、投資は美しさを競うものではなく、いかに経済的リターンとインパクトをともに獲得するかということの方がはるかに重要である。かつて中国の指導者、鄧小平氏は、目的を果たせるなら、形式などにとらわれるな、という趣旨で「白猫でも黒猫でもネズミを捕る猫はいい猫だ」と発言されたと伝えられているが、GPIFの「インパクトを考慮した投資」についても、「インパクト投資」の定義にあっていないというようなことで批判をすることなく、経済的リターンとインパクトをどのように実現していくのかという、本質から、取り組みを評価していくべきであろう。
※1 Responsible Investor “Stewardship assessments key focus amid backlash, says new GPIF ESG head” ,2025年10月2日
※2 Bloomberg「GPIFのインパクト投資検討、国内運用会社が期待-戦略見直しも」 ,2025年10月6日
※3 太田珠美「国内外で広がるインパクト投資:現状と課題」(大和総研レポート、2024年11月6日)など
※4 日本の官僚が使用する特有の言葉遣いや表現スタイルを指す「霞ヶ関文学」になぞらえて、GPIFの所在地である虎ノ門にちなみ、「虎ノ門文学」と表現した。
当記事は大和総研のホームページに掲載されている、同社の調査本部 フェロー兼エグゼクティブ・サステナビリティ・アドバイザーである塩村賢史氏のレポートを抜粋したものです。同氏の公開するレポートは下記リンクから閲覧できます。(大和総研のホームページへ遷移します。)
https://www.dir.co.jp/professionals/researcher/shiomurak.html

